2 悪役令嬢、ゾンビ化した婚約者に遭遇する
結局朝まで眠ってしまったようだ。
「おはようございます、レティシア様。ご覧下さい。昨日まいた種からカボチャが出来ましたよ!」
「あなた、何を馬鹿なことを言ってるの?!」
クリスタの非常識な台詞に起こされた私は、朝の挨拶も一人だけ眠ったことを詫びることなく、ツッコミをいれてしまった。
確かにテーブルの上には立派なカボチャがドンと置いてある。
「もしかして冗談なの? 最初から納屋にあったんでしょ」
「ふふ、窓から外を見てください」
言われたとおり、外を見ると畑にカボチャの葉っぱが見えた。
「レティシア様、ご存じでしたか? あれがカボチャの葉ですよ」
それくらい知っとるわっ! と言いたかったが、世間知らずの令嬢の記憶には確かにカボチャの知識はない。
「なぜ、畑があんなに整えられているの。ああ、分かったわ。夜だから見えなかったのね」
多分、管理している村人が畑も作っていたのだろう。
クリスタは私の質問には答えず、カボチャに夢中になっている。
「カボチャがあっても調味料がないんですよ。あと牛乳にバター、玉ネギも欲しいですね。そうだ、カボチャと物物交換しましょう」
納屋にあった小さな荷車にカボチャをのせて、私たちは邸の管理人を訪ねるため丘を降りた。村人たちは私たちに驚いたものの朝の日の光の中でしっかりと動いているのを見て警戒を解いてくれた。
「しかし、お嬢様、これからどうされるのですか」
管理人が訊ねると私の代わりにクリスタが答えた。
「丘の家で畑を作りながら二人で暮らします」
は? 何、引退した老夫婦みたいなこと言ってんの?!
「そうはいってもこの村もどうなるか分かりませんよ。おや、いいカボチャですね」
「はい、沢山出来たので差し上げます。代わりにバターや牛乳が欲しいんです」
私を無視して話は進められ、カボチャと交換して調味料、バター、牛乳、パスタ、ベーコン、野菜の種を手に入れた。
ゴトゴトと荷車の車輪が鳴らしながら、帰路につく。坂にかかったとこで私は後ろから荷車を支えた。
前にいたクリスタが違和感に気が付いたらしく後ろを振り返る。そして私が後ろから荷車を支えているのを見て微笑んだ。
「初めての共同作業ですね」
おかしなことは言ってないけどおかしい。
「私は野菜を切りますので、レティシア様はお湯を沸かして下さい」
家に帰り、早速食事作りにとりかかった。
この世界には生活魔法があり、コンロに火をつけるように炎を操ることが出来る。
火の操作は10歳前後で習得する技だが、貴族である私はこのような生活魔法を使うことはない。
練習以外で初めて火を操ったが、思いのほか上手くいった。
「わあ、レティシア様。炎を操るのがお上手ですね」
10歳前後で習得する技をクリスタは大袈裟に褒める。馬鹿にしているのかと文句を言おうとしたが、なんだか気持ち悪く喜ばれる気がしたのでやめた。
「これくらい出来て当たり前ですわ」
「はあぁん。子どもの技で得意になるレティシア様、幼稚で傲慢で素敵ぃっ」
何故そうなる!?
それから数日は平和だった。
クリスタが畑にまいた種は数時間後には収穫できた。
彼女は聖女の力だと言うが、詳しく聞く気になれない。
出来た野菜は村人と物物交換だ。
「塩がありませんのね」
「ああ、もう村にはほとんどなくてねえ」
ゆるふわファンタジーらしく、やたらと物資が豊富な村だが、やはり完全自給自足は無理みたいで、いろいろ足りない物が出てきたようだ。
「海沿いの町までいけば塩もあるが……」
「町だってどうなってるか分かったもんじゃないしなあ」
村人たちの話を聞く限りここでの生活も持たないかもしれない。
さらに数日たって、私とクリスタは海沿いの町に向かうことにした。
馬がひくタイプの荷車に野菜を積む。塩やらなんやらと物物交換するつもりだ。
朝日が顔を出すタイミングで私たちは出発した。
「ねえ、無謀じゃないかしら? やっぱり男の人にでも付いてきてもらったほうがよくない?」
「とんでもない。レティシア様との時間を邪魔されるのは嫌ですよ」
「………………」
道中、転々とする肉塊に遭遇したが、すぐに慣れてしまった。
私たちは昼過ぎには町に辿り着いた。
町はゾンビの被害に遭ってはいるものの対策は出来ているようだ。
人びとは昼だけ活動して夜は建物に籠もることでなんとか凌いでいるらしい。
「ゾンビってのは、まあ、死体ですからね。腐っちまうんですよ」
「あいつらに少しでも傷付けられたらゾンビになっちまうけどよお、本体は脆いもんさ。頭と手足がなけりゃ、ただの死肉だわいな」
しばらく用心して誰もゾンビにならなくなれば、いずれゾンビ騒動は収まる、というのが町の人びとの見解だ。
しかし、全てのゾンビが脆いわけではない。
ゾンビの強さは魔力と相関関係にあるらしい。生前魔力が強いほど、体は腐らず動きも速く、昼でも動ける。
魔力の強い王族や貴族、聖職者が集まる王都が真っ先に陥落したのもこれが理由のようだ。
(確かにアデラール様も最初は顔が青くなった以外は普通に見えたわ)
まだ彼らは元気に活動しているのかもしれない。
野菜は町で歓迎された。私たちは塩や海産物、その他と物物交換して、今日は町に泊まることになった。
私たちを泊めてくれたのは、ごく普通の民家だった。父親は夜の見張りをしているので、夜は母親と幼い娘で過ごしているという。
「あら、危険ではないのですか?」
「ええ、最初は大変でした。ただ最近はゾンビも弱くなりましたし、町に入ってくることもありません」
「まあ、それはようございま――」
カンカンカンカン。
私の声に被さるように鐘の音が鳴る。
「ゾンビが町に入ってきたわっ」
そういうと女性は立ち上がり、かんぬきを二重にかけた上に樽で入り口を塞ぐ。
「待って、パパは?」
「だめよ。こうしなきゃ、いけないの」
鐘がなったら戸締まりをして外からは誰であっても入らせないようにする決まりなのだ。
ドン。
誰かが扉を叩く。
「開けてくれっ」
「パパ!」
声の主はこの家の主人のようだ。
娘が閉めたばかりのドアに走り寄る。
だが、しかし……。
「パパだぁ……よ……。あげでぇ……お……ぐぅれぇ……」
その異様な声に母子が泣き叫びながら、互いに身を寄せ合う。
ゾンビには理性も感情もかつての記憶もないらしいが、その行動は生前のパターンをなぞるらしい。
家族がいれば家族の元に帰ろうとし、なにかに執着していれば執着するものに向かう。
バリンッ。
ドン、バギ。
「! 二階です」
何かが破壊される音がする。私が反応するより早く、クリスタは二階に駆け上がる。
私も後を追い、階段を登る。
二階の入口の床にはへの字に曲がったドアがあった。
ゾンビが二階の窓から入り、部屋のドアを壊したようだ。
クリスタは壊れたドアを利用してゾンビを押し戻そうとしていた。
恐いが逃げる訳にもいかない。私もクリスタを助けるために壊れたドアを持ってゾンビを押し戻そうとした。
「そんなっ」
そこにいたのは婚約者である皇太子アデラール様だった。
肌は青黒く、目には生気が無いが、姿は生前と代わりない。やはり魔力が強いと体が崩れにくいのだろう。
しかし、ああ。
アデラール様の肩まで伸びた美しい金髪は何ということだろう、頭頂部が抜け落ち、河童、金太郎、いや落ち武者状態になっていたのだ。
これではアデランス様である。
ドアの力で窓まで押し戻し、なんとかアデラール様を室内から追い出した。
ドスッと鈍い音がする。
クリスタは窓から顔を出し外を確認する。
「まあ、あれは……騎士団長のキース様……」
聞き覚えがある名前に驚いて私も窓から下を見る。
そこにはゾンビ化した攻略対象者たちが集まっていたのだ。