1 悪役令嬢、ヒロインと共に王都を脱出する
アホギャグですが、ゾンビ物なのでグロテスクな表現が出てきます。
私は『愛と悲しみのプロムナード』、略して『愛プロ』の悪役令嬢レティシアに転生してしまった。
侯爵家の令嬢レティシアは皇太子アデラール・ド・ラ・トリュフォルド様の婚約者である。
聖女として宮廷に出仕してきた平民育ち少女クリスタを苛めるのだが、それをきっかけにアデラール様とクリスタは急接近し、結ばれる。
悪事がバレたレティシアは、僻地に追放されるのだ。
この他の攻略対象者とも、レティシアの苛めが原因で接近することになる。
レティシアはよくて追放、最悪は処刑である。
まあ、そんなことはどうでもいい。
問題はこの世界にいるはずのないゾンビがいることだ。
「お嬢様、王都はもう駄目です。村まで落ち延びましょう」
「ああ、ゾンビがどうして……」
「まさか、王宮からゾンビが発生するなんて……、この国はおしまいだ」
私は従者らに連れられて馬車に乗り王都を脱出した。
両親もすでにゾンビとなっている。我が家も壊滅状態だ。
「レティシア様、大丈夫ですか」
「大丈夫よ、クリスタさん」
ゾンビが大量発生した王宮から逃れる時にクリスタも我が家に避難してきた。ヒロインと仲良くなって断罪を回避するチャンスではあるが、今となっては無意味なことだ。
攻略対象者はアデラール様を筆頭に軒並みゾンビになってしまったのだから。
「クリスタさんこそ大丈夫ですか。あの、ご家族は……」
「お気遣いありがとうございます。私は孤児ですので、家族はおりません」
そうだった。クリスタは孤児として教会に預けられている時に聖女として目覚めたのだ。
ちなみに聖女というのは雪深い我が国に春をもたらす存在である。
ゾンビをなんとかする力は、多分、ない。
「両親が死んだ後、親族に花街に売られそうになったのです。それから隙を見て人買いから逃れて王都で路上生活をしていました。裏ギルドの依頼で教会の聖遺物を盗もうとして捕まったのですが、運良く聖女の力を発動することが出来たので、適当な行儀見習いをしてから王宮に売り払われました。正直、この世の誰にも未練はありませんよ」
クリスタは俯いたまま、うっすら微笑んでいる。
いや、いや、ちょっと待って。
設定、重っ!!
孤児以外の話はオリジナルにはなかったはずだが、もしかしたらゾンビ物になったためにいろいろ変わったのかもしれない。
「未練はないと思ったのですが、パニックの王宮でレティシア様は私に手を差し伸べて下さいました。あの時、生きてみようと思ったのです。あなた様のために」
クリスタの瞳が妖しく光る。
これは百合ルートに突入したのだろうか。
しかし、いきなり病みすぎである。
ガタリ。
馬車が派手に傾いて止まる。
溝にはまったようだ。
同乗している侍女ははずみで体を横に倒した。声もなく動かない。
「いけない! ゾンビになってる」
クリスタは私を連れて素早く馬車から飛び降りた。
さすがは裏ギルドの人間である。
いや、そもそも裏ギルドって何?
外に出ると馬のいななきが響く。
ゾンビになった御者が馬に喰らいついているのだ。
「馬も使えませんね。村まで走りましょう」
クリスタはあっさり馬を見捨てる。
いや、それしかないんだけどヒロインだし、なんかもっとこう……。
私の葛藤を無視してクリスタは走る。しっかりと私の手を握って。もはや主導権は完全にクリスタにあるようだ。
「レティシア様、隠れましょう」
夕闇が迫る中、いよいよ村が見えるという地点まで来た時、クリスタは近くの林に身を隠した。
「クリスタさん?」
「村の前に武装した男たちがいます。恐らく外部の者を入れないためでしょう」
「よく見えましたわね」
「ふふ、私、目がとてもよいのですよ」
「いくら何でもこの距離よ。私には何も見えませんわ」
「教会から王宮に送り込まれた私はスパイとしていくつかの特殊能力があるのです。強化視力はその一つです」
聞かなきゃよかった!!
「さすがに入れてはくれないでしょうね」
村は侯爵家が管理している。いわば私は彼らの主人であるのだが、王都にゾンビが蔓延している現状では領主一族の威光なぞ、ないに等しいだろう。
「迂回して森から入るしかありませんね」
クリスタと私は木々で身を隠しながら村に近づく。
森へ入って夜陰に紛れて村に侵入するつもりだが、森にはゾンビはいなくても野生動物がいる。本格的に暗くなれば明かりも必要になる。
果たして村に入ることが出来るのだろうか。
「来たぞ!」
「ゾンビだあっ」
村人たちが叫びながら一所に集まっているのが見えた。
先ほどゾンビと化した御者が馬車を操りながら村に突っ込んできたのだ。御者に喰われていた馬も無事(?)、ゾンビ馬として復活したようだ。馬車の中にはゾンビ侍女もいるのかもしれない。
「チャンスですね。今のうちに村に入りましょう」
私たちは混乱に乗じて村に入ることに成功したのだ。
村には小高い丘があり、そこに侯爵家の小さな邸宅がある。
祖父母がたまに来ては畑で作物を作って楽しんでいたが、彼らの死後は村人がたまに手入れをするくらいである。
多分、王宮を追放されたらここに来ることになるのだろう。
「埃っぽくなくて助かりましたね」
カンテラに明かりを灯して室内を見回しながら、クリスタが言う。
カンテラには油が入っているし、変な匂いもしない。管理を任されている村人がキチンと仕事をしていたのだろう。
「ここで二人の生活が始まるのですね」
クリスタが新婚さんみたいな台詞を吐く。
さすがはヒロイン、頭がお花畑仕様だ。
「始まるわけないでしょ。もしかしたら村人に叩き出されるかもしれないのよ」
「あら、レティシア様は彼らの主人ですよね?」
「あなた、馬鹿なの? この状況で主人も何もないでしよう?!」
私も大概アレな性格である。ここまでクリスタに助けられてきたのに馬鹿呼ばわりをしてしまった。前世の記憶が蘇っても傲慢令嬢仕草が抜けないのだ。
「うふ。『あなた馬鹿なの?』いただきましたあ」
「クリスタさん?!」
いや、これ、キャラが完全に崩壊してない?
「と、とにかく、日は落ちてしまいましたし、今日は明かり消して寝ましょう」
ゾンビは日の光を浴びると活動が鈍くなる。朝、しっかりとした姿を見せれば村人も私たちを受け入れてくれるかもしれない。
「見てくださいよ! これカボチャの種じゃないですか? カボチャ育てましょう。シチューとか作りましょうよ」
「話を聞きなさいっ」
とりあえずベッドもあったので交代で眠ることにした。
ベッドに入り、怒濤の一日を思い出す。
『ゾンビがどうして……』
私は混乱する人びとの嘆きの声を思い出していた。
このゲーム、『愛と悲しみのプロムナード』を私はプレイしていない。
『愛プレ』は妹が熱中していたゲームだ。
妹はファンブックやグッズを買うくらい熱心だった。
私にはゲームのキャラと恋愛する妹の熱量が理解できなかった。
そしてからかい、あざ笑った。
キャラの顎が細すぎるから「昭和」と言って馬鹿にし、画面を見入る妹の姿を笑った。
そしてファンブックの表紙の『愛と悲しみのプロムナード』の『プロムナード』の後に『とゾンビ』と書いたのだ。
なぜゾンビなのか、今となっては分からない。なんだかそんなタイトルの映画か何かがあったような気がする。
当たり前だが妹は烈火のごとく怒り狂った。私はそんな妹を笑いながら、「だるいゲームだからゾンビくらいだしとけよ」と言ったのだ。
ほんとは後悔していた。
人の大事な物に落書きするなんてどうかしているし、理解できない趣味だからって馬鹿にしていいわけじゃない。
許してもらえなくても、ちゃんと謝りたかったのに出来なかった。前世最大の後悔になってしまった。
だから、ここは『愛と悲しみのプロムナード』の世界ではない。『愛と悲しみのプロムナードとゾンビ』の世界なのだ。略して『愛ゾン』である。
(これは罰なのかしら。でもそれじゃあ、巻き込まれた人たちが浮かばれないわ)
この世界の友人、知人はほとんどゾンビになってしまった。
クリスタだって多分、性格改変であんなことになったのだ。
(私のせいね。みんなに申し訳ないことをしちゃったわ。起きたら全部夢でしたってことにならないかしら)
こんなことをつらつら考えながら私は眠りに落ちた。
調べたら、悪役令嬢×ゾンビはよくあるようですね。