竜として人として【2】
色とりどりの鮮やかな花々が一面に咲く地下庭園。人工的ながら昼下がりの日差しのような穏やかで温かな光の射す花園の中心、柱に巻き付いて伸びる蔦にドーム状の白い屋根を緑色で蝕まれた東屋。
丸い天板を挟んで向かい合うは膝の上の使い魔を撫で恍惚の表情を浮かべる魔女とマカロンを口いっぱいに頬張る小さな邪竜。
俺は今、ロゼと彼女の使い魔ニュイと共にアフタヌーンティーを嗜んでいる。
生前はこういった文化には疎かったがロゼと出会ってから、彼女に誘われる形で度々ティータイムにお邪魔する習慣が出来た。
尤も大概の場合、彼女お手製の菓子がお目当てなのだが。
上段のマカロンを駆逐し、ティースタンド中段のスコーンに標的を変える。
この小竜形態ならば茶請けの小さなスイーツも口いっぱいに頬張れるので大変お得だ。
そんなことを考えながらスコーンとジャムに舌鼓を打ちつつ、下段のケーキに手を伸ばす。
口内で溶けゆくクリームの甘味とスポンジから香る芳醇な小麦の匂い。そして時折現れるベリーの酸味が甘味への欲求を加速させる。
一つ、また一つとショートケーキを口に放り込む。
そして最後の一つを食べ終えたとき、俺は本来の目的を思い出したのだった。
口に残るクリームの甘い香りを紅茶で流し込む。
確かにスイーツタイムも目的ではあったが、本来の目的は今後についての報告会である。
邪竜からも理性を奪う魔女のスイーツ恐るべし。
「…はぁ。相変わらずせわしない奴だな、キミは」
こちらがひと段落したのを見計らいロゼが顔を上げる。
「まぁ、その食べっぷりは作り手としてありがたくはあるけどね」
「今日の菓子も美味かったぜ」
「だろうね。特に今日のケーキは会心の出来だぜ」
そう言って一度ティーカップを口へ運んでからロゼは真剣な面持ちでこちらに向き直る。
「それじゃ、今日の本題に入ろうか。あれから何か具体的な方針は決まったかい?」
「うーん…具体的な方針はまだなんだが、やりたいことは整理できたぞ」
「それは上々。是非聞かせてもらおうか」
ロゼはミルクをカップに注ぎ再び紅茶を口にする。
「いろいろ考えたが結局の所、俺のやりたいことはシンプルだ。俺は戦いたい」
「ほう?戦いたい、ね…」
「俺にできることは多分…戦えない人に代わって脅威と戦うこと。全ての人は救えなくても、俺の手の届く範囲の人たちを確実に守る。そして少しづつでも手の届く範囲を広げていく。それが一先ずの俺のやりたいことだ」
そう、今の俺にできることは決して多くない。不老不死ではあるが誰かを治療する術は持たないし、地上最強の肉体はあれど知能は並の人間レベルだ。
そんな俺にしかできないこと。それが『戦うこと』だと俺は結論づけた。
「ふむ。確かにキミらしい答えだね。そして同時にキミが次にするべき事も見えてくるわけだ」
「何か考えが?」
暫しの静寂。ロゼはカップを静かに机に戻し、話を続けた。
「……キミは『冒険者』というものを知っているかい?」
──冒険者。その名称を聞いたことがないと言えば嘘になる。
ただし、聞いたのはこの世界とは異なる生前の世界。それも物語に登場する架空の職業ないし概念だった。
同名なだけで中身は全くの別物という事もあるだろう。だが、この世界でこの流れでその名が上がるということは恐らくそういう事なのだろう。
「…詳しく聞かせてくれ」
「了解だ。説明に先立って幾つかキミの認識を共有させてもらうよ。まず、キミはこの国に関してどのくらい知っているかい?」
「…俺ってばこの国の名前すら知らねーわ……」
「うーん、清々しいほどの無知だね!」
「はいはい、俺は四百年近く住んでる国の名前すら知らないおバカですよー」
「まぁ、いじけないでくれたまえ。逆に説明が楽になるというものさ」
ウン、社会を離れて数百年も隠居してたからネ。ショウガナイヨネ。
「ではでは説明を始めようか。我々の住むこの国はビギン王国。ここ西方大陸最大の国家さ」
「ビギン王国…西方大陸……」
忘れているだけかとも思ったが、まるで聴きなじみのない感じ本当に知らないようだ。
がんばれ、俺!
「今よりうーんと大昔。世界全土を巻き込んだ神々と邪竜の大戦争があったんだ。まぁ、ここについてはほとんど情報が残ってないし、私も詳しくは知らないから飛ばすとして」
「ん?それ重要なのでは?俺が当事者のやつでは!?」
「だいじょーぶ!キミが覚えていないなら限りなくどうでもいい話さ」
俺の過去に繋がるかもしれない情報に後ろ髪を引かれるが説明は続く。
「んでんで、その大戦で神々が敗北し滅亡したんだけど、その痕跡や残滓が遺物や遺跡として残留していてね。そんな神秘の残骸がこの西方大陸には多く存在しているわけだ。その結果、この大陸は神秘の残骸の強大な魔力によって大量かつ強大な魔物が跋扈する危険地帯になったというわけさ」
「……ここってそんなヤバい土地だったのか!?」
「うん。世界有数の危険地帯だよ」
マジですか。
正直、邪竜からすれば魔物も野獣も人間も等しく弱者なのだが…人間側に立って見るととんだ魔境なわけだ。
「まあ、そんなヤバい土地で無策に暮らす人間じゃない。人間は魔物除けの結界を発明し、これで集落を守ることで少しづつその生活圏を広めていった」
なるほど魔物除けの結界か……アレ?
「…その結界って今でも使われてます?」
「もちろん!この結界こそが冒険者の存在意義に深く関わるものだからね」
「…以前、迷子の子供を送り届けたときに人間の村の中におもっきし侵入しているんですが…大丈夫ですかね…」
もし、俺が迂闊に侵入したばかりに結界の機能を故障させてしまっていたら実に不味い事態だ。もし、それが原因で魔物に侵入でもされたら俺は正真正銘の邪竜になっちまう。
「うーん…結界にもいろんな種類があるからなー…大きな町ならともかく、村レベルの結界なら大丈夫だと思うけど。一応後で見ておこう」
「誠に有難うございます…!」
ひとしきり頭を下げまくったところで説明再開。
「さて少し脱線したが話を戻そう。人々は結界によって安全圏を築き上げこの王国は大きく成長していった。だが、社会生活の全てを結界内でこなせるわけじゃない。鉱石然り、植物然り、結界外の資材なくして結界内の人間は生活できない。さーてお待たせしました!そこで誕生したのが『冒険者』というわけさ!」
「おー!ようやく出てきた!」
「冒険者達は人々の依頼を受けて結界の外に赴き、資材の採取やら魔物の討伐やらを生業とする。王国においても超重要な職業なわけ!」
「なるほどねぇ…困ってる人の依頼を受けて危険と戦う職業か」
「どう?キミにぴったりだと思うんだけどなー?」
確かに仕事の成功が誰かを助ける事に直結する魅力的な仕事だ。仕事の内容的にも俺の能力を十分に活かせるだろう。ただ一つの問題点を除けば。
「あー…すごいやりたい。すごいやりたいんだが……それ人間の仕事でしょ?」
ただ一つにして最大の問題点。それは種族の違いだ。まぁ、ロゼの使い魔だと誤魔化せば不可能では無いかもしれないが、それでも長期的な活動は難しいだろう。怪しすぎるし。
この問題がある限り、やはり人知れず人間の生活圏を守るような活動が妥当だろ──
「なれるよ、人間に」
「……はい?」
思わず耳を疑う。
「フッフーン!天才魔女である私にかかれば邪竜の人間化なんてお茶の子さいさいだとも!」
そう言って椅子の上でふんぞり返るロゼ。
「マジかよ!いやでも、人間化するってことは邪竜の超絶的能力も失われるわけか……」
「うっ…それはどうしてもね。飛行能力や吐息のような邪竜特有の体器官に依存した能力の喪失は避けられない。ただ、魔力量や再生力等は少しの弱体化で済むはずさ」
先程の得意げな態度から一転、ロゼはバツが悪そうに小声で呟いた。
確かに飛行能力とブレスが使えなくなるのは痛い。
同時に、人間化し大幅に能力を削られて尚超人的な破格の能力が残っている辺り邪竜という生物が如何に常軌を逸した存在であるかが伺い知れる。
全ての能力が喪失されないだけでも十分有り難いが…。
「そんなに難しく考える必要はないさ。私がいる限り簡単に、とはいかないが元の体に戻る事はできる」
「そうなのか?」
「うん、だからちょっとした人生経験、もとい竜生経験だと思ってくれたまえ」
邪竜の能力の一部と冒険者としての生活。
かつての俺ならともかく、今の俺にこの好奇心を抑えることは難しかった。
「……決まりだ。俺を人間にしてくれ、ロゼ」
「…そうか。フフッ、キミならそうすると思ったよ」
ロゼの言葉には心なしか安心の色が見えた。
「よければその選択の訳を教えてくれないかい?」
「冒険者の生活が気になった」
冒険者という職業とこの世界で生きる人々の在り方を見てみたくなった。そんな単純な好奇心も理由の一つではある。
しかし、それ以上に俺は───
「……ってのもあるんだが、一番の理由はロゼと一緒に人間の街で暮らすのも楽しそうだなって」
そう打ち明けると、ロゼは思いがけない言葉を聞いたように目を丸くして固まった。
「どうした?お前も見てみたいんだろ、人間の世界」
冒険者について瞳を輝かせながら語り、まるで人間化を推奨するような説明の仕方。どちらも普段の飄々としたロゼからは考えられない事だった。
それ故に彼女が人間の世界に興味を惹かれているのを察するのは難しくなかった。
そもそも冒険者も人間化も提案してきたのはロゼの方からだったし。
「───なる程なる程…キミには全てお見通しだったという訳か……しかし、キミに口説かれる日が来るとはねぇ」
ロゼの嬉しげとも愉しげともとれる言葉に、遅れて恥ずかしさが込み上げて来た。
「くどッ…!?い、いやそういう意味で言ったんじゃ無くてだな!!」
「アハハ!理解しているとも。初心だなぁキミ」
「う、うっせー!……まぁ、これからも頼りにしてるぜ相棒」
「おうとも!この天才、『赤薔薇の魔女』に任せたまえ」
そう言うとロゼはえっへん、と誇らしげに胸を張ってみせた。
……それから数分後。
「さて、実験を始めようか」
「ちょっと待てぇーー!!」
困惑と悲痛な叫びが魔女の工房に響き渡った。
◆◆◆
地下庭園でのティータイムの後、後片付けを終えた所で準備が出来たとロゼに呼ばれ、俺は彼女の工房を訪れたのだが……。
「こらこら、暴れないでくれたまえ。キミの馬鹿力で暴れられては机が滅茶苦茶になってしまうだろう?」
「だったらせめて説明をしろお!こちらとしては机に縛り付けられて実験されそうになっている気がするんだが!?」
工房に入室したとたん俺の体は謎の黒い帯に捕縛され、さながら実験台に縛られた実験動物のように脚や翼、尾までもガッチリ固定されてしまっていた。
「実に素晴らしい現状把握能力だ。そしてキミの認識の通り、キミにはこれから実験を受けてもらう」
「イーヤーでーすー!…クソッ!この拘束、なかなか千切れない!」
「ちなみに、その帯は私が研究を重ねてきた特殊繊維製でね。その繊維は以前分けてもらったキミの鱗を参考に開発している。つまり小竜形態のキミでは引きちぎるのは一苦労のはずさ」
そういえば以前、再生力の実験として体の一部を切断した際に発生した牙やら角やら鱗やら俺の肉体の一部を素材としてロゼに引き取ってもらった事があったが…まさかこんな形で牙を剥いてくるとは。
「……俺は人間化の準備が出来たと呼ばれて此処に来たんだが」
「そうとも。この実験こそキミを人間に変身させる人化魔術、その最終実験だとも」
ロゼは不敵な笑みをこぼす。
「実験って…実証された方法じゃなかったのかよ…」
「そういえば説明していなかったね。この魔術は本来、竜人族や巨人族が人間になる時に使用される身体変化の魔術だ。但し今回は対象が邪竜であるキミということもあって少々独自に改変を行っている。という事で実験段階の術式な訳さ。まぁ、殆ど実用段階だから安全性は保証しよう……多分」
「おい今、多分って言ったぞ」
「とーにーかーくー!ご理解頂けるかな?」
ロゼは実に圧を感じる笑みをこちらに差し向ける。
一抹の不安はあるものの、彼女を信じて実験を受ける事にした。
「……ハァ、実験内容は把握した。じゃ、拘束を解いてくれ」
「それは出来ない」
「出来ないって、なんで?」
その質問を無視するようにロゼは実験の準備に取り掛かり始めた。
もう誤解は解けたはず。であれば何故、ロゼは拘束を解かないのか。
いやな予感がしてきた。
「……そういや、今日の散歩がまだだったなあ!急いで行かないとお!」
「ではでは~実験開始だ!」
「オイ待て!絶対ヤバいやつだろコレえぇー!」
俺の必死の制止も届かず、ロゼによって実験が開始された。
俺を拘束する机の前に立てられたブックスタンド。そこに置かれた魔導書の頁をロゼが捲り、呪文を唱え始めた。
ロゼが詠唱を始めると呼応するように床と天井に描かれた魔術陣が発光し、工房内の空気がうねり、突風となって周囲に積まれた本や実験器具をなぎ倒していく。
変化は俺にもあった。
「……ポカポカする」
風が強まるのに合わせて段々と俺の体内に熱が蓄積していく。同時に体の末端部から徐々に感覚が無くなっていくのを感じた。
「第一工程、完了。続けて第二工程を開始する」
ロゼが詠唱を再開すると魔術陣がさらに強く発光を始め、突風はもはや暴風と呼べる状態となっていた。
俺の方も体内の熱は明確に熱いという感覚に変わり、強くなる体内の感覚と相反し末端はおろか首から下の感覚は完全に消失していた。頭部も眠気にも似た強烈な脱力感に侵食されてゆき、抵抗むなしく瞼が重力に引かれていく。
「第二工程も完了だ。さて、これから第三工程なんだが……ちょっとくすぐったいけど我慢してね」
「くしゅぐったいって…どうゅぅ…ことぉだよぉ……」
疑問を声に出そうにも、既に俺の声帯はその機能を失いつつあった。
「麻酔術式が効いているようだね。それでは第三工程を進めようか」
再び詠唱が開始される。
しかし、この段階の俺の意識は千切れかけのロープの様だった。
もはや外の景色は確認できず、聴覚と体内の感覚を残して俺の感覚は途絶していた。
殆どの感覚が途切れ、僅かに残された蜘蛛糸程の感覚で確かに感じたのは体内の熱だった。
体内に感じるのは太陽でも飲み込んだのかと思うほどの異常な高温。
やがて最後に残った聴覚も音がぼやけて聞こえ始めた。
水の中に潜った様に鼓膜の振動が段々とくぐもってゆく。
(ヤバい…意識が…途絶える……。)
そう思った時だった。
「──────『人化術式・邪竜式』!!────」
それが俺の聴覚が最後に捉えた言葉だった。
直後、とても『ちょっとくすぐったい』では収まらない程の激痛が体内を駆け巡り、急激な刺激に耐えきれず俺の意識は完全に切断され、暗転した。
◆◆◆
「──い、──イス──き─える──い」
「───うぅん…?」
「─おーい、聞こえているかい?」
ペシペシと頬を何か、温かくて柔らかいモノが叩いている感覚で目が覚める。
ゆっくりと瞼を開くと、眼前に広がっていたのは暗黒……の様に真っ黒なニュイだった。
飼い主の魔女曰く、目が小さくて口も小さい只の仔猫であるニュイは気付けといわんばかりにビンタを続けている。
「Nyaa」
時折尻尾が三つに見えるのも、目と口どころか鼻や耳の孔すら無い様に見えるのも、鳴き声の発音がいいのも、先程の麻酔の影響だろう。そうに違いない。
「やあ、おはようヴァイス。ざっと十分程の睡眠だ」
両手でニュイを持ち上げ顔から退かすと前方から心なしか軽快な声をかけられる。
見れば、本の塔を両手で持ち運びながら魔女がこちらに微笑んでいた。
辺りを見回すと実験器具や魔導書、何かの設計図などが散乱し、ただでさえ整頓の逆位置にあった一室がより無残な状態となっていた。
魔女は一見踏み場のない床を器用に足場を見付ながら跳ねるようにこちらに近寄る。
「お目覚め早々、キミに報告だ。今回の実験は……大ッ成功さ!」
「実験……そうだ、実験!」
視線を下ろすとそこには新鮮ながら馴染みのある景色があった。
逸る心を抑えながら慎重に床を進み、なんとか姿見に辿り着く。
恐る恐る覗き込んだ鏡面には白銀の邪竜はいなかった。
「おぉ……!マジか、夢じゃない…よな…!?」
頬を抓る……痛い。どうやら現実で間違いないらしい。
今、俺は確かに人間となっている。
その事実を確かめる様に全身を見つめる。
未だ冷めやらぬ興奮と、にわかに信じ難い事実を視覚、触覚、聴覚、嗅覚、味覚、とにかく全身の感覚でそれが現実であると脳に焼き付ける。
「人間になった…いや、キミの場合戻った感想はあるかい?」
「──最高…!アンド天才…!」
確かにかつての俺は人間だった。
とはいえ最早邪竜として過ごした時間の方が人間として生きた時間より何十倍も長くなった俺にはこの感覚は懐かしさ以上に新鮮なものだった。
そして何より新鮮なのは──
「──俺、イケメンじゃね?」
生前のお世辞にも冴えていたとは言えない生涯にて収集され、脳に刻まれた数少ない美男美女の顔面イメージ。
そのどれと比較しても、どう考えても俺の顔は美形なのである。
具体的には中性的な凛々しい顔立ちで、長い睫毛に柔らかくも鋭い目元。
力強さと靭やかさを感じさせる細身で筋肉質な肉体。
色素の薄い肌と銀色の髪も相まって、さながら石英の彫刻の様な容姿であった。
「……今ならナルキッソスの気持ちも分かる気がする」
「なるきっそす…?誰だい、それ?」
「向こうの世界の話でな、自分に恋して命を落とした憐れな男さ…」
中央の神話でそんなの聞いたことあるな、と呆れながらロゼが呟いた。
「では、私とニュイは一旦退室するからそれに着替えてくれたまえ」
ロゼはそう言っていつの間にか用意されていた衣服を指差す。
そこで初めて俺は、自身が一糸まとわぬ姿を彼女に見せ続けていた事に気付く。
「───ちょわぁッ!!」
慌てて手で隠すも、ロゼは全く気に留めずニュイを抱えて部屋の外へ。
「では、何かあったら呼んでくれ」
そうして扉は閉じられた。
ロゼに見られた恥ずかしさと無反応だった悲しさに苛まれながら、衣服に袖を通す。
赤と青の装飾が施された白い外套が特徴的な一式は構造こそシンプルな物だが、肌触りや通気性はさながら向こうの化学繊維にも引けを取らないものと言えた。
適当に動いて着心地を確認する。
驚きなのはその軽さ。
長袖のインナーと長パンツの上にやや厚地の外套を着込んでいるにも関わらず、全て羽毛で出来ているのかと思う程軽量。
そのうえ素材の伸縮性もあって四肢の曲げ伸ばしも阻害されずに軽快に動ける。
通気性は高いが、かと言って寒すぎたり暑すぎることも無い。
間違いなく機能性は極めて優秀と言える。機能性だけは…。
黒い薔薇の刺繍が施された深紅のローブ。日頃からロゼが着用するそれに代表されるように、ロゼのデザインセンスはかなり前衛的だ。
この衣服にもそんなデザインセンスが遺憾なく発揮されている。
雲のような純白のコートとビビットな赤青の装飾。
「派手なんだよなぁ……」
そう、派手なのだ。
具体的には数百メートル上空から人混みを探しても一瞬で見つかる位には派手だと言えよう。
俺には服飾デザインの良し悪しは判断できないが、ロゼのデザインする衣服が派手なのは間違いないのだ。
そんな事を考えていると、コンコンとドアがノックされる。
「おーい、そろそろ終わったかーい」
返事を返すと、ロゼは何やら大きな木箱を携えて現れた。
「ほう!似合ってるじゃないか!」
木箱を抱えたまま目を輝かせて俺を周るロゼ。
「落ち着けって!」
肩を掴み凄まじい力で引かれつつ、無理やりロゼを停止させる。
「ちぇー。もうちょっと見せてくれよ」
「ダメです」
ロゼは唇を尖らせつつも、ようやく落ち着いた。
「さてさて、私の傑作『血潮白雲』の感想は?」
「ぶる…なんだって?」
「だからー!『血潮白雲』だよ」
「呼びにくい。そして派手過ぎ」
「派手過ぎだってぇー!?そこが良いんじゃないか!」
ロゼが机をダンダンと叩く。
「雲の様な純白に映える鮮やかな赤と青。動脈の滾りと静脈の鎮まりを表現した至高のデザインだろう!?」
「この赤青、血管イメージだったの!?」
衝撃の事実。
邪竜の俺が言うのもアレだが、やっぱコイツぶっ飛んでるわ。
「はぁ…で、その箱は何なの?」
「おっと忘れてた。はい、これは私からの細やかな贈り物さ」
差し出された木箱を受け取る。箱自体の重さを加味しても中身はそれなりに重量がある。
「開けても?」
「どうぞ〜」
包装の赤いリボンを解き、蓋を開ける。
そこに収められていたのは一振りの『剣』だった。
「剣…?」
「名は『白竜魔刃』。美しいだろう」
「白竜魔刃……」
白銀の長剣を手に取る。
刃は薄っすらと緑がかった光沢を放ち、峰から鍔にかけては眩い白鱗に覆われていた。
「なぁロゼ…これってもしや…」
「ご明察!キミの素材で拵えた、この魔女工房製の魔剣だぜい」
「やっぱ俺のかよ!」
ま、それなら手に持った時の馴染み具合が半端無いのも納得がいく。
手に馴染むどころか自分の体の一部の様に、どう扱えばいいのかが直感で理解できる。実際、俺の体の一部ではあるんだが。
「ち・な・み・に!血潮白雲もキミの素材、というかキミの素材を元にした素材で作ってあるよ。ほら、さっきの特殊繊維。あれあれ」
「あぁ!あの黒帯と同じなのか」
小型化していたとはいえ邪竜の膂力を持ってしても破れなかった特殊繊維。
つまるところこの血潮白雲は外套であり、鋼より硬い鎧でもあるという訳だ。
「このこの〜!凄いぞ天才め〜!」
ロゼのこめかみをグリグリと拳で挟む。
「アハハッ、やめたまえやめたまえ〜!……あの、ヴァイスさん?何故止めないんです?」
「いや〜そういえば『ちょっとくすぐったい』のお礼がまだだったなぁって」
全てを察知したロゼの顔が見る見る青ざめてゆく。
「そ、それはほら!血潮白雲に白竜魔刃だってプレゼントしただろ!?第一、実験は成功したんだし過去の事は水に流そうじゃないか、ね!」
「それはそれ、これはこれ」
「ま、待ちたまえ!やめろ、やめ、って──ギャアアア!!」
洞窟中に響き渡る魔女の断末魔。
悶絶する主人を他所に呑気に欠伸をする黒猫。
いつも通りだがいつもと違う馴染みの光景。
こうして俺の新たな人生が幕を開けたのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
突然ですが私の諸事情により次話投稿が少し先になってしまうかもしれません。申し訳ありません。
ですが制作自体は低速ながら進めております。モチベーション低下などでもありません。
ですので少々長くはなってしまうと思いますがお待ち頂けると幸いです。