音楽性の違いから勇者パーティを追放されたラッパー ~勇者「お前がいない。魔王に勝てない。戻ってこい」ラッパー「もうおせぇと言いたいが猛省次第でもう一回再開。魂のリリックを聞かせてみろメーン」
「いい加減にしろ! リック! 君は追放だ!」
勇者マイルが言い放った。
マイルは、世界を救わんと魔物退治を続けるパーティのリーダーである。
追放と言っても、別にリックが何もしていないように見えるだとか、マイルの恋路の邪魔になったとか、そういうことは一切ない。
ただ、マイルとリックの間の音楽性には、決定的な違いがあったのだ。
平凡な若者として育ち、ある日急に勇者として覚醒してしまった哀れなマイルは、好む音楽もまた、一般的に流行っているポップミュージックなのであった。
リックは歌い手としてパーティをサポートする役割である。
回復、バフ、デバフと、幅広く活躍しており、リックなしではここまで来ることができなかったとは、誰もが思っている。
それでも、マイルとリックの間には深い溝があった。
なぜなら、リックは、ヒップホップ生まれヒップホップ育ちの生粋のラッパーだったから……!
普通の歌い手は教会で教わった荘厳な讃美歌で回復をする。軍隊で士気を高揚させてきた雄大な応援歌でバフをかける。長年悲しみをいやしてきた歴史ある葬送のレクイエムで敵にデバフをかける。
リックはラッパーだから、回復は傷をディスる歌詞を即興で作り出して肉体を奮起させて治すし、道行くお嬢ちゃんには効かせられないようなリリックでバフをかけるし、敵の気にしている箇所を的確にディスってデバフをかける。
ラップ、ラップ、ヒップホップ、ラップ。
四六時中ラップを聞いていた勇者パーティは、慣れるどころか、ポップなミュージックに飢えるようになってしまったのだった。
ラップがつらくなってきたという告白、そして追放の宣言に、リックは自身のことよりもパーティの命運を心配した。
「ヘイ、メーン。俺を追放。ラップが苦しい同胞にとってそれは朗報。だがこの先どうすんだ。恐怖の大王どう倒すんだ?」
「君の歌い手としての才能は一流だ。君を追放したら、僕らは何にも成し遂げられないかもしれない。だが、戦闘のたびにラップを聞かせられる生活にはうんざりなんだ。すまない」
「音楽性の違いならそうさ、俺たちの溝は埋まらなそうさ。もはや割れたソーサー。それなら俺は去ろうや」
「納得してくれるのはいいんだけど、君、本当にそういうとこだぞ」
こうしてリックは勇者パーティを追放された。
「ラップの良さを伝えられない俺の力量。矮小。奴らが大勝するのを想像」
リックは近くの街でラップを披露する生活を送ることとなった。
ヒップホップ文化が育っていない地域だったため、物珍しさから、色々な酒場に呼ばれて、やがて有名になっていった。
一方、リックが心配した通り、勇者マイルのパーティは新しく神官、楽師、催眠術師、人形使い、地下アイドル、変態紳士、ケツドラム奏者といった職業を代わる代わる入れて新しい戦い方を模索したものの、うまくいかず、その評判はどんどん落ちていった。
「背に腹は代えられない。ラップが辛いとか言っていられない。リックを呼び戻そう」
「そうだな。それしかない」
勇者パーティは全員、リックを呼び戻すことに同意した。
***
リックと、勇者パーティが対峙している。
マイルが頭を下げ、こう言った。
「虫が良いのはわかっている。だが、リックなしでは僕たちは先に進めない。魔王を倒すために再び力を貸してくれないか?」
それを合図に次々と頭を下げていくパーティメンバー。
「お願いします!」
「すみませんでした!」
リックは、怒ることもなく、しばらく彼らを見つめていた。
「俺は甘いぜ。まるでチョコレートケーキだぜ。景気のいい話ならいつでも乗るぜ」
相変わらず、韻を踏まないと話せないリックであった。
だが。
「あー、つまりだな、俺は許すということだ。つっても、俺はラッパーだからな。俺をパーティに戻したければ、マイル、お前の魂のリリックを聞かせてみろ。ラップバトルで勝ったら戻ってやるぜメーン」
「……受けて立とうじゃないか」
BOO! WOO!
パーティメンバーたちが、いつのまにかストリート系ファッションに身を包み、ラップバトルを盛り上げていた。
世界の命運をかけたラップバトルが始まった。
FOOO!
「僕はマイル。僕から参る。何を言ってもラップに変わる、君の癖にはほとほと参る。でも僕らの旅には本当に要る、君に戻ってきてほしい」
「俺はリック。リリックの申し子。ワックで〇〇ックなただのラッパー。そんなんじゃ響かないぜ。勇者だろう、思いのたけを従者のように、愚者のように、ブシャっとぶちまけろ。メーン?」
「何が望みだ? 土下座か、上座か、いざこざか? リリックの申し子名乗るなら、僕らにノるよなラップを聞かせて、夜も昼も飽きないヒップホップを聞かせてくれよ? 戻ってきてくれよ? YO?」
「お前らのハート、ホットでヒートにできない、バッドな俺にも責任があると。そう言いてぇのか、神の使徒。使途も不明なラッパーなんぞに、しとしと、めそめそ、すがりついてんじゃねぇぞ。もはやお前はただの人」
「ただの人、それで結構。けっこう、僕たちはうまくやっている。月光、射さない新月のときに、素行の良くない君のリリック。即効、ウザさを感じたのは事実。だが反骨心、だけじゃないぜ、だんだんと癖になる執着心、着信待つよな乙女のような、今の僕らは君を求めてる」
「音楽性の違い。育ちの違い。この差は今後も埋まらねぇぜ。馬と鹿のバカ騒ぎだぜ。うまくいくとは思えねぇぜ。それでも俺を求めるのなら、悪魔のように、あくまで健全に、蹴りをつけるぜ。ラップバトルで飽くまでだぜ」
魂のラップで思いのたけを伝えあった二人は、肩で息をしながらも、互いに右手を差し出した。
がっしりと握り合い、やり取りを反芻する。
意訳すると、「何でもかんでもラップで話すのが辛かった」「俺にも責任があることはわかっている。悪かったよ」「音楽性の違いはどうしようもないが、たまに君のラップが恋しくなるんだ」「音楽性の違いはどうしようもないから、不満がたまったら定期的にラップバトルで解消しようぜ」的なやり取りであった。
「よし、それでいこう。リック」
「やるじゃねぇか、見直したぜ、マイル」
こうしてリックは勇者マイルと和解し、ワックでフ〇〇クなラッパーが世界を救う旅に再度合流した。
途中、何度か放流されることもあったかもしれないが、三年後、魔王を討伐した勇者パーティのかたわらでは、激闘、死闘、健闘を讃えるリリックが響いていたと、伝えられている。
完