昔の話をしてみようか
初めて書いてみようと思ったのが、私の事で恥ずかしいですが、懐かしいなとかバカだなとか思って笑って頂けたらうれしいです。
私が産まれたのは約半世紀前の事で、子供のころの記憶はほぼ無いに等しいですが、その中でも強烈に覚えていることをいくつか書いてみます。
子供ころの家族構成は父、母、兄、私
今の家族構成は旦那、私、長男、次男
私の育った町には私が勝手に魔女と呼んでいた人がいて、今で言うところの美魔女なんですが、子供の私には歳をとらないその人は魔女でした。
魔女は喫茶店とスナックのママをしていて、たまに母親がモーニングを食べに行く時にくっついて行って、一緒に食べたりしました。普通のモーニングなんですけど、珍しかったのでとても美味しかったな。
高校を卒業後、家族で引っ越したので、その後は知らないですけど、もしまだご健在なら80歳くらいかな?
真っ赤な口紅を今もつけていたらカッコイイだろうな。
幼稚園の頃、筒状の巨大ダンボールの中で四つん這いになって進むキャタピラーが流行っていて、丁度家のお隣さんが布団店だったので、大きなダンボールを貰ってお店の前の歩道で幼なじみと遊んでいました。
少しして大人たちの慌てる声がするので何事か聞くと「今あなたたちの上を自転車が通ったのよ」と…。全然気が付かなかったな、そんなに平べったかったのか。今思えばゾッとしますけどね。
その当時の私はご多分に漏れずピンク・レディーが大好きで、特にミーちゃんが大好きでした。よく幼なじみとマネをして踊っていましたよ。いろいろな物がピンク・レディーだった頃、私はアデノイドを手術をして初めての入院生活をしたんです。寂しいだろうと母親がピンク・レディーの人形を買ってきてくれました。人形はウォンテッドの黒い衣装を着ていましたが、その時の私は「これはミーちゃんじゃない」と怒りすねてしまいました。今はネットでいろいろ見られる時代、それであれは本当はどっちだったんだろうと検索してみたところ、ウォンテッドの黒い衣装はミーちゃんでした。私の勘違いでした。もう他界していないけれど、怒ってごめんね、お母さん。わざわざ買ってきてくれてありがとう。
拙い文書ですが、少しずつ書いていけたらいいなと思っています。よろしくお願いいたします。