それはいつかの誰かの役目
「ねー、知ってる?三人組の話。一人ではいけない、二人でもいけない、三人でなくはいけないって。」
「あー、何か聞いたことある。予言されたら殺されて死体も見つからないってやつでしょ。」
「そうそう、三人それぞれが役割分担してるって。まぁ都市伝説だけどね。」
「でも日本では年間約8万人が行方不明になっているから、少しは三人組の仕業かもよ。」
「アハハハ、怖いなぁ。」
うわぁっ。
思わず声を上げてしまう。
慌てて両手で口を押さえ辺りを見渡す。人は誰もいない事にほっと胸を撫で下ろす。
ふー、何回見ても慣れないな、この光景は。
私はそう思いながら、腹部に包丁が刺さったままの死体に近づく。
夕方6時とはいえ2月であり、辺りはもうすっかり暗くなっている。
昼間も人通りが少ない寂れた商店街の、店と店の間の路地に死体はあった。
とりあえずそれを人目につかない奥まで引きづる。その場に捨ててあった雑誌や段ボールを死体に被せて一旦帰宅、ジャージに着替えてビニールシートとガムテープを持って車で現場に戻った。
今回は身なりが良い小柄な老女だった。蹲りながら死んだのだろう、そのためシートに巻きやすかったから本当に助かった。いつもこうなら良いのに。
前々回の時は身長は180cmはあったであろう成人男性、横幅もあり私の力では捨てる場所まで運ぶのは無理だった。
そのため一晩かけてその場で死体を切断、そのまま部位ごとに崖から海に捨てた。なんで旅行に来てまでこんな事をと、秋の夜長に大汗を流しながら誰も聞いていない愚痴をこぼした。次の日から図った様に連日の大雨が降り続き、そのまま大型の台風も上陸、切断した死体はこれまで通り見つかっていない。
そんな事を思い出しながら、死体を巻き終えて頭から車のトランクに乗せる。
そのまま車を走らせて30分、目的地の橋に到着して車を止める。川を眺め連日降った大雨により増水しているのを確認してから、トランクを開け死体を橋から落とす。夜のためよく見えないが、それは沈みながら流されていく。
近くに川があり、前日から大雨が降っていてくれて本当に良かった。穴を掘ったり埋めたり、死体を切断したりするのは本当に疲れるのだ。まだシートに巻き、海や川に捨てるほうが楽だ。
始まりは10年前だった。中学1年時の学校帰りの夕方、閉鎖された工場跡地の敷地で死体を見つけた。
それはただ捨ててあった。犯人は初めから計画や隠蔽など頭になくただ殺し、そして遺棄を任せたと言わんばかりだった。何の変哲もない保健室登校の私に。
それから約1年に1人の割合で死体を遺棄をしてきた。
ただ私から死体を探すわけではなく、いつも突然見つける。
死体は特定の殺されかたはされておらず、頭が潰されていたり、窒息していたり、腹部にナイフが刺さったままだったり。容姿も老若男女様々で、つながりは私が知る限りなさそうだった。
一体誰の仕業なんだろう?
何故か警察に連絡なんて少しも考えなかったが、死体のどこかに、犯人に繋がる手掛かりがあるかもしれないと警察のマネごとをやった事もあった。ただそれも途中で諦めた。おそらく手掛かりはない。いや、あったとしても私はその人にはたどり着けないという、確信に近いものを感じた。
私は死体を片付ける、犯人にはたどり着けない、これだけだ。
「何なんですか!そんなにうちの加奈を悪者にしたいんですか!」
昼下がりの校長室で、中川加奈の母親が隣の職員室まで聞こえる声で叫んでいる。
「加奈はただ皆で仲良くやっていきたいんですよ。中学2年生、14歳の女の子達は多感で本当に難しい時期なんてこと、先生方は十分ご理解されているでしょ?クラス替えがあっても誰も孤立しないよう、皆仲良く出来る様にあの子は一生懸命やっていたのに!」
「えー、はい、そうですね。分かります、中川さん、分かります、分かります。」
校長が小さな体を更に縮こませながら答える。
「あの子はただ本当に皆と仲良く・・・、ううう」
とうとう背の割には横幅がある巨体を揺らしながら泣き出した。このブタ。
こんな親に育てられたのならあんな子供になるのは仕方ない。
その子ではなく親が悪かった、とはよく言ったものだ。
クラスの全女子が仲良くするため、自らの誕生日パーティーを強制参加とし、自ら悲しいことがあれば取り囲んで必死に慰めさせ、自らのSNS投稿には必ず返信、評価をつけさせた。
その“掟”である誕生日パーティーへ参加しなかったため、転校を余儀なくされたのが田口洋子だった。
彼女はいわば中川加奈の側近の1人だったが、当日母親の田舎にいる祖父の容態が悪化したためそちらに向かった。わざわざパーティー前にプレゼントを渡してから出発までしたが、女王様は許しはしなかった。
ーーーおじいちゃん死んだわけじゃなかったのにーーー。
ーーー親友だと思っていたのにーーー。
ーーー裏切られたーーー。
そしてクラスで田口洋子は孤立した。
あからさまな態度ではなかったが、彼女と話そうとする女子は誰もいなかった。
男子は特に気にする様子はなかったが、この状態で男子と話せばそれがまた中川加奈にとって面白くないのだ。陰で色目だのビッチだの言われたらしい。彼女は何とか立場を取り戻そうと必死に努力をした。
中川加奈の機嫌を取ろうと一生懸命話しかけ、喜怒哀楽には大袈裟な程に共感し、男子とは一切話さなかった。それでも掟破りは重罪であり立場は取り戻せなかった。彼女は許されず、不登校になり転校することとなった。不登校時に担任が家庭訪問すると、あの時お祖父ちゃんが死んでくれれば、そう涙をため歯を食いしばりながら呟いたそうだ。
そんな田口洋子の親は黙っていなかった。転校はさせるが中川加奈に謝罪を要求した。
そして学年主任、担任が中川加奈に事情を聞いた次の日、娘が泣きながら帰宅して夕食も食べなかったと母親が乗り込んできたのだ。
とにかくうんざりしたその日の帰り道、繁華街でやけ酒でもしようかと思っていたら、2人組の酔っ払いに絡まれた。
「おねーちゃん、おじちゃん達と飲もうよ。」
「ちょっと、止めなよ、ひろしちゃん。」
2人が笑いながら言い合っている。
いいじゃんよ、ねーおねぇちゃん。ダメだって、アハハハ、ごめんね、おねぇちゃん。
その時、突然イラつきも含め全ての感情が無くなった様な感覚に襲われ、その言葉が出た。
「死んじゃいますよ。」
自分達の笑い声や周囲の喧騒により聞こえなかっただろう。ただ私は確かにその内の一人、ひろしちゃんと呼ばれている男に伝えた。
死んじゃいますよ、と。
一瞬自分が何を言っているのかは分からなかった。だからあせったけど、誰にも聞こえなかったようで安心する。2人組の酔っ払いはただ茫然としている私に興味が無くなったのか、次はどこだ、ダメだって、と大声を上げながら千鳥足で去って行く。
きっと疲れているのだと、やけ酒をせずに帰宅する。あの言葉は自分への忠告だったかもしれない、ストレスをため込むのはよくない。大人になったら、取るに足らない下らない学生時代の人間関係に必死なガキ共と、その馬鹿な親の相手。やっぱり、教師は止めておけば良かったかなと思いながらシャワーを浴びる。
それから1週間後、職員会議で中川加奈の父親が行方不明になったと伝えられた。
3日前、会社から帰宅する途中で消息が途絶えたらしい。
顔写真が配られ何か分かればすぐに警察に伝える様に、中川加奈の様子に注意する様にとのことだったが写真を見た瞬間、背筋が凍った。
それは1週間前、酔っ払いながら私に絡んできた男だった。中川博、私が死んじゃいますよと言ったのは、中川加奈の父親だった。ただの偶然だと思った。当然だ、私が死ぬと言ったから何だと言うのだ。
そう思っていたが、モヤモヤとしたものは常に付きまとった。結局中川博の消息は何の手掛かりもないままだった。
それから約1年後、突然、見知らぬ若い女性に向けてあの言葉が出た。向こうは何も聞こえておらず、私と目を合わせることもなかった。今度はその人を尾行、自宅を突き止め経過に注意した。後日、やはりというか行方不明となった。
恐怖を感じながら3回目の“予言”後も尾行し、その人が行方不明になった事を確認した時は、もう諦め受け入れた。
私は何故かは分からないが約1年に1度、意思とは関係なしにその人の死を予言してしまうのだ。
善人悪人老若男女問わず。
あなたは死ぬと。
死亡は確認されておらず行方不明となるが、まず生きてはいないだろう。
初めての予言から10年、転勤もありながら私はまだ変わらず中学校の教師を続けている。
これまでに10人に予言したが、卒業生も含めて、救えないクソガキ共には一度も予言出来ていない。
それが本当に口惜しい。
一目惚れ?いやいやいや俺は同性愛者じゃないよ。
大体惚れるなら大事にして殺そうとしないだろう。サイコパスじゃないんだから。
そもそも何で殺そうとしてるんだよ、あんな知らないおっさん。
残暑が厳しくて頭がおかしくなったか?
勉強も運動も出来て、背も高く顔も良い、そんな中学校一の人気者の俺が見ず知らずのおっさんの後をつけている。理由は殺すため。
頭ではおかしい、止まれといっているのに、体が拒絶している。
どうなってんだよ、下校途中、おのおっさんを見た瞬間、殺そう、殺さなきゃと思った。
止めてくれよ、そんな人通りの少なくなる場所に行くなよ。
だんだん俺とおっさんの距離が短くなる、周りは閉鎖された工場跡地、日も暮れてきて人はいない。
自然と落ちていたレンガを握り、走りながらためらわずおっさんの頭部を殴りつけた。
そのまま倒れたおっさんの頭に上からタオルを被せ、同じ様にグシャグシャグシャと嫌な感触を3回ほど味わいながら、殴りつけた。
「あと、宜しく。」血まみれのレンガとタオルをそのままにつぶやく。
そして走ることなく、早歩きでその場を離れる。
何故か後の事は誰かが始末してくれると思った。
責任転嫁や投げやりではなく、後始末は俺ではない別の誰かの役目だと疑わなかった。
帰宅してからいつもと変わらず過ごした。そう努めたのではなく、努めようとしたのでもなく、自然と振舞えた。何のとりとめもない家族との会話、俺はほんの3時間前、人を殺したのに。
テレビを見てニュースを確認するも、すぐに毎週見ているバラエティー番組に変える。
問題ない、別の誰かが片付けている。
そしてそれは見つからない、絶対に。
中学校のチャイムが鳴り、それぞれが次の目的地に向かう。
預言者は職員室に戻るため1階と2階の踊り場を通る。
殺し屋は次の授業のため1階と2階の踊り場を通る。
片付人は保健室に行くため1階と2階の踊り場を通る。
三人が唯一すれ違った午前10時半の1階と2階の踊り場。
目も合わさず、言葉も発さず、何も思わずそれぞれに目的地を目指す。
そしてこの日の夜、預言者は初めてその言葉を発する。