優しい嘘。
この小説は、見方によって解釈が変わります。
そのため、様々なキーワードが設定されています。
気になった方は、ぜひ何度も読み返して、二人の想いを考えていただけると嬉しいです。
では、どうぞごゆっくりお楽しみください……
────優しい嘘なら、許されますか……?
この日は朝からいつもと同じだった。
「おはよ〜! 優里~!」
この子は木佐 紗夜音。幼少期からの幼なじみである。毎日、私は紗夜音と一緒に登下校している。
「おはよ」
「出た。『おはよ。』だなんて言っちゃって〜。相変わらずクールぶってるわね〜。そんな態度とってるから、『冷徹の女王・茅田 優里』な〜んて変なあだ名つけられちゃうのよ〜」
紗夜音にニヤニヤしながらそう言われた。
確かに、いつも周りに冷たいって紗夜音から耳にタコができるほど言われている。しかも幼少期から。
直せたら苦労なんてしない、と私は毎回思う。
「優里って昔から変わらないよね〜。容姿いいんだから、『素直になりなよ』って、私何日言ってんだろ……まったく……」
この言い方も言うことも、昔から変わらない。お互い様である。
でも、この変わらないやり取りが好きだった。
街の風景も、自分の置かれてる環境も、勉強内容も、全て変わっていく。
だけど唯一、何一つ変わらないこのやり取りが、私は好きだった。
これからもずっと、これだけは変わらない。
そう思っていた。
でも、それは私の過信だった。
それに気づいたのは、ある日の帰り道。
いつものように、話しながら歩いているときであった。
「もうそろそろさ、ツンデレお嬢様卒業したら?」
一瞬、時が止まったのかと思った。言葉のニュアンス的には冗談めいているのだが、紗夜音の真剣でまっすぐな声のトーンは、冗談とは思えないものであった。私は言葉を失い、何も言うことができなかった。
「……どうしたの。急に」
この時、私が頑張って捻り出した言葉は、いつになく冷徹で冷ややかだったろう。
紗夜音はしばらく、何も言わなかった。
……今まで何も言ってなかったのに。
私はあまりにも謎で、でも急にそんなこと言ってくる紗夜音の意図がわからなくて、ただ、足元を見ながら歩くことしかできなかった。
「……私さ」
ようやく、紗夜音は口を開いた。
「私さ、……好きな人できたんだ」
そのまま歩き続ける紗夜音とは裏腹に、私の足はピタリと止まった。思わず肩にかけていた鞄をぎゅっと握りしめる。
「そんでさ、明日からその人と一緒に登下校できることになったんだ! だからこれからは別々にしたいんだけど、……どうかな?」
唐突すぎて、何が何だかわからなかった。
夢……? これは……夢……??
「あまりにも急で一方的すぎるのはわかってる。けど私、ずっと彼氏作るのがちょっとした夢だったんだ。今回、それが叶った。ようやくできた好きな人なんだ」
紗夜音は立ち止まってそう言うと、くるりと振り返り、私に頭を下げて言った。
「ごめん! とっても自分勝手だってわかってていってる……!」
「…………」
私はなんて言ったらいいのか、わからなかった。
「私、いいタイミングだと思うの。これからはそれぞれ、新しい道を歩まない?」
私は何も言葉が出てこなかった。何にしろ、情報が多すぎて整理がつかなかった。さっきから、初めて聞いたことばかり。
でも最初によぎった答えは、『友達として、応援する』だった。大親友以上の関係にある紗夜音には幸せになってほしい。そう願うのは、自然である。だから、友達として応援してあげたいと思う。
けど…………。
私はしばらく黙ってしまった。
ずっと考えても答えが出なかった。
だから私は、私に嘘をついた。
それは優しい嘘だと自分に言い聞かせながら。
「……わかった。紗夜音の気持ち、充分に伝わったよ」
私は紗夜音に近づいた。
そして、ぎゅっと抱きしめた。
「今までありがとう……。幸せにね」
私の頬には、太陽の光を反射させた一筋の雫がキラキラと輝いていた。
数日後。
私は私にまた嘘をついた。
大親友以上の関係にある紗夜音にまた嘘をついた。
「やっぱり、ずっと一緒にいたい」だなんて、本当は言わないつもりだった。