94:蝿
あれからどれくらいたったのだろう。私はここで、何日寝転がっていたのだろう。ああ、蝿が飛んでる。部屋に戻らなきゃ、メメメスの頭に卵を産まれちゃうよ……。
「うう、あ」
腕がないと起き上がり方が違う。でも、力があふれているから、簡単に起きれる。ああそっか、あの飲み込まされた虫みたいな機械って、強くなる機械だっけ……。
「メメメス、どこ?」
メメメスの首がない。どこにもない。
「メメメス! どこ! どこなの!」
つまづく。転ぶ。体を支える腕はない。
「おいソドム、大丈夫かよ」
「メメメス? 生きてた……の?」
「ああ、ギリギリで逃げ出してやったよ。まさか狂姫さんたちが……裏切るなんてな…………。つらかっただろソドム。でも安心してくれ、私がいる」
「メメメス! メメメス!」
メメメスの優しい笑顔、頬に添えてくれた、右手の体温。
「なぁソドム、もう全て忘れて二人で生きようぜ。私達はもうじゅうぶんがんばっただろ」
「うん、そうだね、そうだね……私達がんばったもんね」
それから私とメメメスは、並んで壁に寄りかかった。
「ソドム。変な話だけどよ、私おまえが好きだぜ」
「うひひ、それどういう意味で?」
「恋みてぇな……気もするぜ」
顔を赤くした、ピンクの髪の女の子。その顔は私から見ても、とても可愛い、そしてなんだか安心する。
「うひひ、私、そういうのあんまりわかんないや」
「ああ、今こんなこと言うのもおかしいしな」
「それはおかしくないと思うよ。私達、すごい時間を一緒にすごしてたもん」
「そっか」
メメメスは私を右手で抱き寄せた。その指が私の、肩の腕の無くなっちゃったとこにあたる。くすぐったい。
「まぁ恋ってのは言いすぎたかもしれねぇ。でも私はおまえを守ってくよ。腕をつけてくれる人を探すまでは、私が腕に――」
私はメメメスの瞳を見る。こんな綺麗な目をしていたんだね。
「メメメス、信じてるよ」
「ありがとう、ソドム」
ああ、私いつまでこんなことしてるんだろう。本当はね、わかってる。メメメスは死んだし、殺したのは狂姫さんだし、私はもうひとりぼっちだ。それにメメメスの生首はなくなってなんかない。今も私の目の前に、転がっていて――――――暗くなった目に蝿が一匹とまってる。
「そっか、腕……ラヴちゃんが研究室に置いとくって言ってたっけ」
私は立ち上がる。もう倒れていたいのに。なんで? なんで? よくわからないけど……私は、立ち上がった。そして、歩いた。




