92:博士
そこにいたのは、本物の博士だった。
「博士! 博士! 博士!」
「おまえの中で作られた薬は本当によく効いてくれているよ。おまえがこの街にくる選択をしてくれたおかげだ。ありがとう、ソドム」
ギュッと私を抱きしめてくれるその体からは、少しだけ腐敗臭がする。でも、それももうしばらくしたら消えるって、ラヴちゃんがここにつく前に言ってた。これでもう、大丈夫なんだ。大丈夫なんだね。(両腕のない私は博士を抱きしめかえすことができないけれど。)
「博士、狂姫さんは?」
「メメメスにリドルゴの遺品を届けている」
「そっか……。狂姫さんにたくさんお礼を言わないとね。博士を守ってくれてありが――――」
「ああ、だが残念ながらそうはいかないのだよ」
バチン、嫌な感触がした。あ、これ知ってる。電気だ。
「また似たような経験をさせて……すまない、ソドム」
博士の手の中にあったのは、ラヴちゃんが踏み潰したはずの……リューリーの持っていたあの小さな機械二つ。
「Sリーグ選手の水準の高さの理由の一つ、それがこの装置だ。機能は身体の異常強化、シンプルでいいだろう」
機械から足が生えて、博士の腕をのぼる。虫みたいに。
「は……博士……危ないよ……」
「安心しろ、おまえも同じ目に遭う」
しびれて動けない私の口を……指で開いて、もう一つの機械を……。
「んぐっ! あっああああ」
喉がっ……熱い……体の中に……虫が……。
「あっあ! あああっ あ ああっ!」
なにこれ……体の中になんかっ、線がいっぱい、いっぱいひろがって……。
「あれぇ? そこのお方はどうしてソドム-Yが持ち帰る前にその薬を使えたんですかねぇ!」
扉が開く音と銃声、博士の口に入ろうとしていた虫が弾き飛ぶ。あれ……ほんとだ、私、博士に薬……渡してない。うあ、だめだ、体の中が変……。
「オリジナルの作る機械は頑丈ですぅ。撃っても踏んでも壊れないなんて! さて博士、これで形勢逆転ですよぉ」
「そう思うかね? おい、いつまで隠れているつもりだ」
部屋のベッドの影から、立ち上がりその機械を拾ったのは……。
「はぁ、わたくし史上最低の登場の仕方ですわね。ま、いいですわ。いただきます」
狂姫さんが、私が飲まされた機械と同じ機械を……飲み込んで……一瞬苦しそうな顔をしてから、微笑んだ。私はこんなに苦しいのに……そっか……狂姫さんって痛いのに強いんだっけ。すごく。
「あららぁ、メメメスと一緒に歩いていった黒いのはぁ、ハリボテのクローンでしたかぁ。やりますねぇ、やりますねぇ。つまりあなたが踏み潰した機械を持ち去り先回り、私が精製したソドム-Yの薬の予備を勝手に研究室から持ち出した……というわけですねぇ!」
「げほっ、はぁ、人が飲んでる時にやかましいですわよ」
ラヴちゃ……私……。
「さぁソドム、私と一緒にこのヤバイ部屋から一時離脱しますよぉ。二人がなにを仕込んでるかわかったもんじゃありませんからぁ」
「同じラヴクラインのくせに随分と違うものだな。さて、ソドム。おまえはどちらを信じる」
信じる……。
「お二人さん、いい加減しょうもない演技はやめませんこと? ソドム、メメメスはここですわ」
「え?」
ベッドの影から蹴り出され、ゴロンと転がるピンクの頭。
「な……なんで?」
「はぁ、もう少し熱演したかったですぅ! ソドム-Y、いやいやソドム、あなたは乗せられたんですよぉ私達の遊びに」
「遊びではない、誤解を生むような言い方をするな」
ねぇ、なにこれ……。私は、今まで何をしてきたの……。




