91:大切な人
その瓶に入っていたのは、私の血液から作った博士のゾンビ化を解決する薬だった。
「あなたの博士は大した人ですよぉ、まさかこんなネタを仕込んでおくなんてぇ」
「博士が……」
「ソドム-Yに自身の血液を飲ませ、もともと仕込んでおいたナノマシンを使いゾンビ化に対抗する薬の元を作り上げる。そしてそれを私に抽出させ精製させる。はぁ、まったく、策士ですねぇ! 私こんなの見つけちゃったら研究したくなっちゃいますからぁ! 性格悪すぎですぅ!」
つまり……これを持ち帰れば……。
「よかったじゃねぇかソドム。帰ろうぜ私達の街に」
「うん、リドルゴさんのお墓を作ろう」
「……ありがとな」
私はメメメスを抱きしめ……る腕がなかったから、体を寄せた。ありがとう、メメメス。あなたのおかげで、私は大切な人を失わないですんだ。
「じゃあこの装置は私がもらっておきますねぇ! 助けてあげたんだからいいですよねぇ! うふふ、ようやく手に入れましたよぉ!」
リューリーから受け取った二つの小さな機械を、ラヴちゃんは嬉しそうに眺める。
「リューリーのおつかいを邪魔したのは君かね。まったく、好き勝手するのも大概にしたまえ」
「博士……じゃない!」
私の本能が「この突然現れた博士は、博士じゃない別の誰か」だと告げる。博士と、ラヴちゃんと同じ顔……でもこの人は二人とは違う――――。
「オリジナル、お久しぶりですぅ! こんなとこまでおりてきてなんの用ですかぁ!」
「虐殺の愛、おまえは私にその二人を渡さないつもりか?」
「はい! 渡しませんよぉ! こんなものつけて戦い続けるなんて、この子達に似合わないですぅ!」
ラヴちゃんは機械を二つとも地面に落とすと、力強く踏んでグリグリと潰す。見せつけるように。あんなに嬉しそうに見てたのに……ありがとうラヴちゃん。
「そうか。おまえがそういうつもりなら妄想の中にだけある現実は再発させてもらうが、構わないかね?」
「んん~! 仕方ないですよねぇ。あ、みんなのために書いてる小説はぁ、盗まないでくださいよぉ!」
「さぁな、完成度による。ああ、そうだ。そこの二人、Sリーグに出たくはないかね? 出るのであれば願いを――」
「この二人は行かないですよぉ。というより、もう巻き込まないであげてほしいですぅ。ただ願いを叶えたかっただけの、いい子たちなんですからぁ」
笑ってるけど、目が笑ってないねラヴちゃん。本当は妄想の中にだけある現実が嫌なんだよね。
「なるほど、君たちの意思は固いらしいな。そうそう、虐殺の愛の家に、ゴモラ67の私とその連れを輸送しておいた。まぁあとは、本人たちに話を聞きたまえ。私はバベルに戻り、メギドで67を焼き尽くすのを観察したいのでね」
「……リドルゴ」
その話を聞いて、メメメスが小さくつぶやいた。そしてオリジナルは、私の耳元に口を近づけて――――。
「身内さえ救えれば、街が焼き尽くされてもいいか。おまえの精神汚染はずいぶんと進んでいるのだな」
私にだけ聞こえるように、そう言った。そして私は――――それ以上、この時はそれ以上、この話について考えることはできなかった。
「はぁ、やっと帰ってくれましたねぇ。私嫌いなんですよオリジナルのこと。まったく、強者は自分に都合の良い展開を作っちゃうから嫌ですよねぇ」
「あの、ラヴちゃん」
「ああ、大丈夫ですよぉ。妄想の中にだけある現実をぶっちぎる方法をまた考えるだけですからぁ! いやいや、これを機に研究をやめて小説に集中するのもいいですねぇ。みんなに苦労かけてきましたからぁ」
ラヴちゃんの目はもう笑っていた。
「さて、帰りますよぉ。あなたの大切な人が待っていますからねぇ」
「ソドム、よかったな。ラヴクラインさんと狂姫さんに私も早く会いたいぜ」
私は、私が思っている以上に優しい人達に囲まれているのかもしれない。




