62:腐ってて臭くて草
ラヴちゃんは正確にはゾンビ化はしていないらしい。ゾンビ化症状が起きる前に強制的に発症させ、腹部に凝縮……内臓に腐敗を集中させて摘出、その間に人間判定を外れてどうのこうの。うん……よくわからないけど、この人はいろいろやった結果ゾンビにはならず、ただただお腹が腐り続ける日々をおくっているらしい。
「脳をやられるのが一番困りますのでぇ、お腹は仕方ないですねぇ」
「は、博士は大丈夫なの!」
「安心してください。私の計算によると、最短でSリーグ選手になれば脳は余裕で守れますよぉ」
私の計算……なんだか信頼できる。
「あの、ごめんなさい」
「なにがですかぁ?」
「……ラヴちゃんも苦しいのに……それに自分から聞いたくせに……私、自分の話ばっかりで」
「あーそうですねぇ。この流れは失礼ですねぇ」
その言葉は何故か、ラヴちゃんの気遣いのように感じた。
「まぁ、私は腐った内臓を取り替えるだけでいいですからぁ、あなたの博士よりは気楽ですしぃ。いろいろあれがこれで機械化できないのがちょっと困りものですけどねぇ。腐敗ひどくなると息が臭いますしぃ」
「…………」
「あ、今お腹の臭いはどうなのって思いましたねぇ? 大丈夫! お腹は私の開発した肌着で臭いをカットしてるんですよぉ! 脱ぐと臭いですけどねぇ! ほら、今も近づくとちょっと臭いですよぉ? 嗅ぎます? 腐ってて臭くて草ぁ! ってなるかもしれませんよぉ」
そんなこと……思ってないです。あと、嗅がないです。あと草ぁ! ってならないです。
「まぁ、腐って臭いくらい気にしてはダメですよぉ。ソドム-Yもさっき寝ながら垂れ流したように、人は生きていれば臭いものを排泄する。臭いことを拒絶していてはぁ、生きることを受け入れないのと同じですからぁ。私は科学者ですからねぇ、臭いだのなんだので区別しても差別してられないんですよぉ」
「ラヴちゃんって……いい人なんだね」
「あはは、そんなわけ! そんなわけないですぅ! だってぇ、自殺者の夢を飲ませるように言ったのは私ですからぁ! でもまさか漏らしちゃうほどとは! ソドム-Xがちょっと盛りすぎたんですねぇ! あはは、あの子ならやりそうですぅ!」
全然いい人じゃなかったーーーー!
「でもおかげで、高く売れそうですぅ」
「だ、誰に売るの?」
「そういう趣味の人ですけどぉ、紹介しましょうかぁ? その人の前であれ飲めばお金くれると思いますよぉ」
「遠慮しときます」
遠慮しときます。
「あ、でも今日の分のお金は渡しますね」
「え?」
「ソドム-Xの見物料ですぅ。すっごく見たがってたので、特別に許可しましたぁ」
許可しないでよ! いや、その前に変なもの飲まさないでよ!
「でもぉ、おかげで少し気持ちが安定したんじゃないですぅ?」
「へ?」
「自殺者の夢は精神状態の異常を夢に肩代わりさせて消費することで、症状を抑えるものですからぁ。ま、完治はむりですけどねぇ。ある種の発作止めみたいなものですねぇ!」
よくわかんないけど、あの薬は私のために……?
「まぁ、あなたの精神汚染は単純じゃないんですぅ。暴力衝動なら楽なんですけどぉ、それだけじゃない。感情の起伏、微妙な不安定さ。一番怖いのはぁ、わかりやすい症状じゃなくて自覚しづらいちょっとしたほころびなんですよぉ。今の自分は普通じゃないかもしれないと疑心暗鬼になっても見落とすようなほころびが」
「あ、ありがとう。いろいろ考えてくれて……よくわかんないけど」
ラヴちゃん……やっぱりすごくいい人なのかな。よくわかんないけど。(よくわかんないけど。)




