55:逆再生のアリス
ラヴさん……じゃなくてラヴちゃんの行う実験は、意味がわからないものだけではなかった。延々と不思議の国のアリスを逆さまに読ませている六つの猫の生首という、本気で意味がわからないものを見ながらそんなこと思うのもなんだけど……。
「これはぁ、読ませているだけじゃないですよぉ。ちゃんとぉ、小説を書かせるんです。不思議の国と鏡の国の後のアリスをですねぇ。でも残念なことにルイス・キャロルらしくならないんですよぉ。紡ぎ出されるのはルイス・キャロルに憧れた別の作者が書いたような続編ばかり……。あ、読んでみたいです? ちゃんと小説にはなってますよぉ」
「あの、その話じゃなくて……」
「ああ、ああ。ああ。こっちですねぇ」
研究室のさらに奥の部屋。ここの存在をメメメスは知らない。(はず。)
「あぁあ……ぁあ…………こん……にちは……はじ……はじめ……ま……て」
「こ、こんにちは。はじめまして、私ソドムっていいます」
しゃべるゾンビ。私の返答は理解しているだろうか?
「あ、ソドム-Y、もしかして期待しちゃいましたぁ? Sリーグ選手にならなくてもあのラヴクラインを救えるかもって。でも残念なんですぅ。残念。これはとても難しい問題なんですぅ。解けないんですぅ」
「うん、見ててわかる気がする。でもいいんだ、可能性は多いほうが」
「あれぇ、殴り合い選手のくせに科学者みたいなこと言いますねぇ」
Sリーグ選手になれば、願いを叶えてもらえる。それだって本当かわからない。でも私は進むしかないんだ。
「まぁ頑張ってみましょうかぁ。大事なソドム-Yの願いですからぁ」
「え。ラヴちゃんありがとう」
「どういたしましてぇ。あ、ソドム-Y、あなたもしかして私を悪人だと思ってたんじゃないですかぁ?」
う……だって口悪いし……。
「大間違い。私は悪党じゃないですよぉ。ただの真面目な科学者、探求者。好んで誰かを貶めることはありません。ただ結果を求める過程で殺しちゃったり、無茶しちゃったりするだけでぇ、本質的には……あれ、これでは悪党ですかぁ?」
えっと、聞かれても。
「それにしてもソドム-Y。あなたはいいですねぇ、気が合いますぅ。他人をあなたと呼ぶところもぉ」
「そ、そうなの?」
「ええ。目的のために手段を選ばない、自分を通すためにいろいろ無視できる。そんな匂いがしますねぇその目は」
あれ、私「あなた」って言葉、ラヴちゃんの前で使ったことあるっけ?
「ただそれぇ、ナノマシンの異常暴走による精神汚染のせいですよねぇ。治療したいですぅ?」
「え……」
「ま、簡単にはいかないですけどねぇ。ナノマシンは私の専門外なのでぇ。まぁ一応手伝ってあげますよぉ、あなた、想像以上に進んでますからぁ、精神汚染」
そう言ってラヴちゃんは突然ゲラゲラと笑いだし、むせて、ちょっと吐いた。ああ、そういえばこないだのテストマッチ……頭からかぶっちゃったな……相手のゲロ。




