54:リングで殴れ
私のテストマッチの相手は、背の高い人だった。誰もいない観客席に囲まれた私達の間に、会話はない。
『10・9・8……』
巨大なモニターに表示されるカウントダウン。会場はとても広いのにリングのサイズは……私が今まで戦ってきた会場よりだいぶ小さい。ここで上手く戦うためには…………。
『3・2・1 START』
一歩踏み込めば相手の顔に手が届く!
「!」
しまった、リーチが違いすぎる。
「なっ!」
ニヤけた顔で、私の服を引きちぎる。(博士がくれたアリス服ではない。だがラヴさんが、それを模して用意したものだからちょっと苛立ちはあった。でも冷静さもある。)
「はぁ」
くだらない相手だ。殴れるチャンスを捨てて服を破って辱めて、戦意を喪失させようってことだよね……。見たければ見ればいい、私の体はヘヴィメタルだ。
「うわっ!」
と、かっこつけたせいか、私は破れた服に足をとられすっ転ぶ。
「ぎゃふ!」
そして顔面に膝をいただく。痛い。
「はぁ、もう!」
服を破り捨て(破れてたけど。)私はボロアリスから下着姿に変わる。はぁ、戦いに集中できない……なんか余計なこと考えちゃうな。別に相手もそんなに弱いわけじゃないんだけど――――。
「痛っ! 痛っ!」
長い手を鞭みたいにしならせて、ペチペチと殴ってくる鬱陶しさ。近づけば距離をとられてまた殴られる。
「…………」
でもなんか、なんかなぁ。
「…………」
でもなんか、なんかなぁ。
「…………」
でもなんか、なんかなぁ。
「ねぇ、あなた本当に私に勝つつもりなんだよね?」
そう、あなたは全然怖くない。
「ねぇ、スポーツでもやってるつもり?」
踏み込めば殴られる。なら姿勢を低くして打たれる面積を減らせばいい。殴られながら、あと一歩大きく踏み込めばいい。
「もう逃げれないよね」
気がつけば背中にロープ。もちろん私の背中じゃなくて相手の背中に。リングって結構便利かもしれない。
「加減、しとくよ」
深く突き刺すような、金属の拳。私の綺麗な金色が、お腹に突き刺さったせいで吹き出す中身。うえ、試合前にこんなもの食べないでよ……。
『WINNER ソドム-Y』
ああ、そっか。私はソドム-Yなんだよね。というわけで、私のテストマッチは勝利です。
そして翌日、メメメスも勝った。なんの苦戦もせず。やっぱり、強いんだねメメメスは。(その様子を私はラヴちゃんとモニターで見ている。メメメスも私の試合を見ていたのだろうか?)
「二人とも嫌な経験しているだけあって強いですぅ」
「ありがと、ラヴさん」
「ラヴちゃんって呼んでくださいよぉ」
「うん、ラヴちゃん」
戦うことは、今の私にいろいろな意味で必要なのかもしれない。腹の立つこの人についても「ああ、この人は私に危害を加えたことは一度もない。むしろ絶望していた私に道を示してくれている人なんだ」ってちゃんと思えたから。
「ソドム-Yはいい目をしてますねぇ。大事な人を失いそうな焦りでしょうかぁ? あ、メメメスは大事な人を失っちゃったんでしたっけ?」
「いい加減にしてよラヴちゃん。わざと煽ってるよね? あとそれ、メメメスの前では絶対に言わないでね」
「仕方ないですねぇ、いいですよぉ」
やっぱり好きになれないな、この人のことは。




