44:開催前夜
夕飯の時間。メメメスはもう、泣いていなかった。(無理して笑おうとする姿が見ていて苦しい。)
「なぁソドム、死ぬんだな誰でも」
「うん」
「私さ、死にたくねぇよ」
「うん」
ボソリと呟いた小さな声。それはきっと、本音。
「さて、二人共。生き残るための作戦を立てよう」
博士がコンピュータに、スカーレットの姿を再生する。炎に包まれた、赤い悪魔のような姿を。
「この炎は炎より熱い。だが、魔法ではない。これは、周囲に散布したナノマシンそのものを異常発熱させているのだ。いわば溶岩の砂嵐……まったく、無駄遣いの度が過ぎる」
「えっと、それはつまり炎を出させ続ければいつかできなくなるってことっすか?」
「そうだメメメス、そのとおりだ。だがそれは狂姫の役目だ」
メメメスは博士の答えを聞くと、小さく深呼吸した。いつもどおりの顔をしようとして、無理をしているのだろうか。
「ごちそうさまでした。さて、私はそろそろ行くっす。ラヴクラインさん、ソドム……お互い生き残ってまた――――」
「何を言っている。おまえも一緒に生き残れ」
「私は足手まといっす。ソドムみたいな回復はないし……ソドムはラヴクラインさんを守ることに集中するべき――痛ぁ! なにすんだソドム!」
私はメメメスの手を握った。(思いっきり力を入れて。)
「馬鹿言わないで! メメメスは強いでしょ! 私と協力して博士を守ってよ!」
「だから私は足手まといだって――!」
「メメメスおまえは確かに足手まといだ。だが安心しろ、私にはおまえを足手まといにしない準備がある」
博士、それ何? 注射?
「中身はナノマシンだ。まぁ、ソドムのような回復作用を持つものではないがね。だが、これならおまえの戦闘スタイルによくあっているはずだ」
「そ、それどんな……ものっすか?」
「処理速度向上剤、頭を酷使するのが好きで好きで仕方ないマッドサイエンティスト御用達のヤバイやつをよりヤバイ方向に改良した品だ。構わないかね?」
「お願いするっす」
博士はメメメスの首筋に、なれた手つきで注射する。メメメス、ありがとう。博士を信頼してくれて。
「ラヴクラインさん、注射上手いっすね。全然痛くなかったっす」
「ああ、注射はよく打っていたのでね。ああそうだ、あと三分くらいするとそれなりに頭が痛むぞ? まぁ、一時間程度で収まるが……そうだな、吐瀉物で汚れたくなければ便所の近くで待機しているといい」
「それ注射する前に言うやつっすよ。できれば夕飯前に」
メメメスが笑った。さっきより無理のない顔で。
「そういえば博士、私達は何と戦うの? スカーレットとは狂姫さんが戦うんだよね?」
「良い質問だソドム。私達の敵はハンターだ。Sリーグ開催時は意図的にハンターがゴモラシティに送られるらしいのでね。気をつけろ、人間味が残りすぎているせいでコード404が出るやつがいるかもしれん」
博士は腰に何本もマガジンの取り付けられたベルトをして、二つ拳銃を持つ。
「おまえたちは私を中心に置いて戦え。メメメスはクロックアップして、コード404が出そうなやつを見抜いて私に教えろ。そしてソドム、おまえは私の盾になってくれるか?」
「うひひ、おまかせあれ!」
「本当に心苦しい、心苦しいが、よろしくたのむ」
私はこの夜、眠ることができなかった。




