43:金の剣
メメメスは私の部屋で眠っている。きっと眠ってなんかないけど。
「狂姫さん……」
「なにかしら?」
「死なないで……ください」
狂姫さんは答えなかった。
「おまえの武器はこれだ」
「剣? わたくしに騎士にでもなれっていうんですの? お得意の銃はないんですの?」
「スカーレットの炎は特殊だ。あれで溶けない金属は少ない、消耗品など用意できんよ。もっとも、こいつがもつ保証もないがね」
博士は私の背丈くらいある剣を、狂姫さんに渡す。
「こんな大きい剣を作るくらいなら銃弾にすればいいじゃないですの」
「問題は銃本体だ。おまえはどうせ近づいて戦うつもりだろう? そんな距離で耐えられる銃を用意する時間はない」
「近づかないと殺せませんもの。弾も近くの方が当たりますし」
「そんな理屈を言うやつが銃を欲しがるな」
剣の色は、私の腕と同じ落ち着いた金色だった。
「ああ、狂姫。おまえの武器はそれだけじゃない、安心したまえ」
「アーミーナイフ? 今度はランボーにでもなれと言う気かしら?」
「これはスカートの下にでも仕込んでおけ。剣がだめになったときのための奥の手だ」
「天才科学者ラヴクラインがこうも原始的な武器を用意するとは、全く先が思いやられますわね」
そう言いながら狂姫さんはスカートを捲りあげ、ナイフを太ももにベルトで固定する。
「原始的とは失礼だな。その金属は特別だぞ? いいだろう。それだけ文句を言うならこれもやろう」
「なんですの?」
「胃薬だ。ストレスにやられんように飲んでおけ」
「はいはい、いただきますわ。まったくあなたたちは和ませるのが下手ですわね」
狂姫さんが、笑う。
「ま、わたくしならこれでも充分勝てますわ」
黒い服、黒い髪に異様なほど似合う金色の剣……その刃に指を押しつけ走らせる。裂けた手袋、裂けた指。その傷は私が見てもありえないと思うくらい、すぐにふさがった。
「コード404はちゃんと解除されますわね?」
「ああ、チャンピオンシステムのタイマーはしっかり作動しているよ。まったくとんでもない代物だな、こんなところにつけられたら簡単に干渉できん」
「最悪でしたわよ、取りつけられる感触は」
チャンピオンシステム。コード404をキャンセルするためにAリーグチャンピオンの体内に取りつけられるもの。多分、これを無理やり外そうとすれば――――。
「本当に解除されますの?」
「なんだ不安なのか。なんなら私を殴ってみてもいいぞ」
「まだ解除されてませんわよ? ラヴクライン、不安なんですの?」
狂姫さんはまた、笑った。
「ソドム、しっかり守るんですのよ。わたくしが生きて帰ってきてもあなたたちがいなければ、カメラの話をする相手がいなくて困ってしまいますわ」
「うひひ、狂姫さん……私はカメラそんなに詳しくないよ」
泣いちゃだめだ。泣いても、泣いちゃだめだ。笑うんだ私。
「あら、ならわたくしが教えてさしあげますわ」
「うん、私狂姫さんにはもっとたくさんのことを教えてもらいたいよ。狂姫さんは変な人だけど、私けっこう嫌いじゃないっていうか、けっこう、ううん、すごくす――――」
その続きは言うことができなかった。家のドアを開けて、メイドさんが迎えに来てしまったから。




