最終話:グッバイ、ソドム
耳が聞こえなくなって、それでも戦って、目が見えなくなって、それでも戦って、感触がなくなって、それでも戦った。だから私は、想像するしかなかった。私の勝利を。
「ふぅうっ……」
痛くもない、疲れてもない。ただ、もう自分が動いていないことは……なんとなく認識できる。そして、クロリナが私にもうなにもしてきていないことも。
「私、負けたのかな」
勝敗を確かめることもできない。でも私は、勝ったことにしたかった。だって、負けたら私は――。
『ソドム』
「え」
声が聞こえた。終わってしまった耳ではなく、私の中で。
『写真はどこへやった』
「写真?」
そうだ、博士の写真はどこに……。戦ってるうちに落としちゃったのかな?
「私、探せない……」
ごめんね、もうわかんないんだ。体が動いているのか、動いていないのかすら。
『安心したまえ、その腕はいつまでも動く。おまえが生きている限りな』
「……私……」
『おまえは勝てなかった』
そっか……ごめんなさい。
「でも、おまえは負けてはいない」
あれ? 今、耳で聴こえた?
「え……」
目が、少し……見える……。あ……。
「やあソドム、久しぶりだな」
「博士、ごめんね、負けちゃった……」
「いや、おまえは負けてもいない」
空が、青かった。(色づいた世界の中で、博士だけが白黒に見えた。)
「どうなったの?」
「バベルの目的は達成された」
そっか、じゃあ感情は……世界から消えてなくなって……あれ? じゃあなんで私、泣けてるの?
「この世界に残った感情は、おまえだけだソドム」
「どういうこと?」
「そのままだよ。さあ、立てソドム。世界の感情をなくさぬために」
足が震える……。体がきしむ。
「痛い……痛いよ」
「そうだ、生きているからな」
「痛いっ……」
「生きるというのはそういうことだ」
私は、生きてる?(生きている。)
「博士、私っ……あれ?」
博士はそこにいなかった。
「博士? 博士? ねぇ、どこなの?」
目も見える、耳も聞こえる、感触もある、そして世界にはなにも……ない。(つまり博士はいない
ということに、なりますか?)
「ねぇ……あ」
足元に見つけた、一枚の写真。私が撮った、博士の写真……。
「なにこれ? あれ?」
バベルもない。本当に、なにもない。あるのは延々と続く砂の大地。(これは砂なのでしょうか?)
「!」
一瞬遠くに見えたのは……誰?
「!」
また見えた。あの姿……私?(いや、違うあれはアリスだ。)
「こんにちは」
「あ……え?」
え、いつのまに目の前に……。
「ソドム! あなたも残っていたのね!」
「は?」
「見て、私自由になれたの!」
なに、言ってるの?
「うふふ、私ねずっとずっと、夢から醒めたかったの」
「ねぇアリス、世界は?」
「なくなったにきまってるじゃない。私がこうしてるんだも――あは、無駄よ?」
軽々と受け止められた、私の金属でできた拳。(でも私は見た、アリスが一瞬顔をしかめたのを。)
「アリス、私はあなたのことよく知らないけど、眠らせるよもう一度。だって私は、博士に――――」
「そう、なら私は逃げるわ。あなたが腐りきる前に、私を捕まえられるかしら? バイバイ、ソドム」
待って――――。
「私……腐るの?」
ほんとだ……私、臭いや……。
「これで終わっちゃうんだ」
がんばってきたのにな……わけもわからず……………………こんなことになるなら、なにもしなければよかったよ。
『ソドム、きこ、え、るかね?』
「博士?」
また、頭の中で……。
『正確には私は、おまえの中に住んでいる、nanomachineだ。理解、できないかも、しれないが、事実そうなのだから、仕方あるまい』
「えっと……博士が作った……」
『そうだ。私がこの世界で、あとどれくらい、私らしく、あれるかはわからない。いいか、ソドム。アリスを追いかけろ』
「えっと」
『理由など、気にして、いる、場合かね?』
また、よくわかんないことがはじまっちゃったな。でもいいよ、だって今は博士の声が聞こえるんだから。
「うひひ、綺麗」
それに私には、博士がくれた綺麗な金属製の――――この両腕がある。
『さぁ、ソドム。アリスの夢を、ぶち壊してやれ』
「うん、博士」
『おまえがそう呼びたいなら、そう呼べばいい。私はおまえの博士でいてやろう』
世界は、まだ終わらない。




