276:あなたはそれを地獄だと言うだろうか
コヨーテのいる場所までは、鉄道で。ずっと続く線路、駅は一つもない。いや、あるのかもしれない。でもこの列車は止まらない。
「ああ、思い出すな」
前、列車の中で戦ったな。あの時、痛かったのかな私は。
「…………」
私は眠った。誰もいない列車の中で。でも、それは嘘。眠れなかったからずっと目を瞑っていただけ。
「そういうことか」
もうどれくらい目を閉じていただろう。目を閉じていたから嗅覚が敏感になっていたのだろう。
「コヨーテ……」
きっとこの列車の行き先には生者はいない。鼻をつく腐敗臭がそう教える。
『次は……バベルの麓……お、降りの…………555555733000:/YFは……さっさと降りて……』
壊れたスピーカーがたどたどしく言う。だから私は、列車から飛び降りた。
「ああああああああああ!」
空が飛べたら、良かったな。このゾンビの群れを突き抜けなくて済んだだろうから。
ゾンビは私の敵ではない。強いて言うなら、崩れやすい障害物。
「はぁっ! はぁっ!」
臭いには慣れた、感触にも慣れた。
「う……あああ!」
今の人、コヨーテに似ていた気がする。でも私と出会った頃からだいぶ成長しているだろうし、見間違いかな。
「うあああ!」
今のはリリールに似ていた。
「はぁっ! はぁっ!」
今のピンクい髪のゾンビは――――いや、あれはきっと違う。
「!」
なにか来る。向こう側からゾンビをぐちゃぐちゃにしながら。
「ダダドゥディエダガドダダディス!」
「あ……」
覚えてる。あの顔……。
「あなたが、最後の壁だね」
「ンガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! グビュグギュグジュジュ」
「あはは! 頭おかしくなっちゃった? ちゃんと喋ってよ! 最後なんだからさ!」
バベルの番犬、不死者クロリナ・クロリーナだっけ? どうでもいいや。私の邪魔をするなら!
「倒す!」
「ダドガヅゥダッダアアアアア!」
派手な音がして、肩に痛みが走った。でもその痛みはすぐに消える、めり込んだ金属の腕を押し戻しながら。
「ダダドゥディエダガドダダディス!」
「クロリナ、こんな弱かったっけ?」
圧勝…………というわけでもない。もしかすると私のほうが弱いかもしれない。でも、私は勝てる気がした。全力でぶつかれば、クロリナを倒しきれる気がした。
「私はっ……ソドムだっ!」
どうして私は、自分の名前を叫んだのだろう。きっとその答えは一生わからない。




