274:人は罪悪感で生きていている
選ばなかったこと、選べなかったこと。どちらにせよ不平不満を言っても仕方がない。
「あああああああああああああああああああああ」
私が今、狂姫さんを殺しちゃったことはどう嘆けばいい?
「あああああああああああああああああああああ、止めれなかった、止まれなかったの! ごめ……」
言いかけてやめる。謝って赦されることじゃないから、そうでしょう? 餓鬼め。
「何を泣いているのかしら? せっかく化物になったのに、ほんと子どもですわね」
「え?」
あれ? 私、狂姫さんの頭……ぐちゃぐちゃにしたはず……。
「コード404を利用した完全再生の均等化。これがこれからの世界ですわ。まぁわたくしは、いち早くダウンロードしましたから――――要するに、あなたが見ているのはこれからの世界の予告編というわけですのよ」
「あの……」
「世界はもうすぐ死ねなくなる。そして、死ねないまま感情を失う。それがどのくらい恐ろしいことか、馬鹿のあなたにも想像できますわよね?」
ゾンビ……みたいな世界。いや、世界そのものがゾンビになってしまうのだろうか?
「どうしてそんなことができちゃうの? 無茶苦茶だよ」
無茶苦茶すぎる。私達の選択肢はどこにあるんだ?
「この世はもう随分と前から、完全な支配をされているんですのよ。もうとっくに、世界はバベルのもの」
「じゃ、じゃあ私が、私達があがいている理由は」
理不尽。そんな言葉が頭をよぎる。
「生きているから、それだけですわ。生きているからあがいてしまう。死すら失われつつあるこの世界では、生きるしかないですもの」
「そんなんじゃ……罪悪感が消せないよ」
「ええ。まぁでも、人は罪悪感で生きていているようなものですし、変わらないと言えば変わらないですわね。で、あなたはどうするんですの? このままただ生き続けるか、それとも自分の意志で生きようとするか」
何この訳のわからない話。
「ねぇ、狂姫さん……」
「なにかしら?」
「私、大切な人がいたの」
「博士ですわね?」
多分、そう。いや、きっとそう。まだ完全に思い出せてはいないけど。
「その人はカメラが好きで」
「わたくしも好きですわ」
なんだ思い出せてるじゃん。
「私は、カメラに興味がなくて」
「ええ、そうでしたわね」
少しづつ、思い出す。過去の景色、風景、情景。
「もらったカメラをどっかやっちゃって……」
「あなたはそういう子ですもの。意外と人の気持ちがわからないというか、なんというか」
「感情が無くなったら、それを後悔することも謝ることも、また博士と、博士と暮らすこともできないんだよね?」
そうだ、私は……。
「ねぇ、狂姫さん教えて。博士はなんで、なにをしようとしてるの? 一人で、一人で一体なにをしようとしているの?」
「あの人は、世界を変えないために動いている。感情を守ろうと――――ね」
「どうして!」
狂姫さんが唐突に、優しく私の頭をなでた。
「きっと、カメラを楽しみたいのでしょうね。感情がなければ、写真は撮れない」
「私は……」
「さっきあなたは、博士は一人でと言ったけれどそれは違いますわ。あの人のプランには、あなたが入っている。つまりあなたが進まなければ、世界は救われない。最初から博士は、あなたと二人で世界を守るつもりだったんですのよ」
「……うひひ」
思わず笑ってしまった、なんだかすごく嬉しくて。
「私、生きてる意味あるじゃん」
「ええ。おおありですわ。よろしくたのみますわよ? わたくしだって、感情を失いたくないんですからね。大事な人もいますし」
私は確信した、いや、思い出した。私にとっていちばん大切なのは、唯一大切なのは博士だって。その博士が世界を救うヒーローになろうとしているなら、私もなろう。一緒に犠牲を積み上げてでも。
『おまえは不思議の国のアリスの代替品ではないのだよ、見てみろその両腕を。アリスにはないおまえだけの、私の腕だ』
うひひ、博士がなにをしているかは馬鹿な私にはわからないけど……私の役目はわかったよ。アリスを、ぶっ飛ばすんだ。




