273:眼球のお礼
バキン。いや、ヴァキンって感じかな。私の中で記憶が鳴った。うん、本当に記憶が鳴ったんだ。
「み……見えない?」
目の前が真っ暗になった。でも、眼球はある。私は思い出してしまったんだ、狂姫さんに、狂姫に当時片方しかなかった目を潰されて、暗闇に落とされたことを。
「何を言っているのかし――あっ」
「狂姫さん、私だってやり返すよ?」
目を開けて、踏み込んで、拳を叩き込む。(それは、とても、すごく、綺麗に入った。)
「げほっ、がはっ! はぁっ……わたくしとやり合うつもりですの?」
「気分的には眼球を抉り出してやりたいけど」
「ぐっ」
顔をつかもうと思ったけど私の手は小さいから、いまいちいい感じにはならない。だから口に親指をつっこんで、片頬を掴み上げた。簡単だった、さっきの一撃で膝をつかせていたから。
「なにひゅる……」
喋るのを途中でやめたのは、変な喋り方になってるのが恥ずかしいから?
「コヨーテのいる場所を、ちゃんと教えて。じゃないとこのままほっぺたちぎるよ。ああ、そうだ。教えてよ、私にはっきりしない話ばかり聞かせる理由をさ!」
「ぎっしゅっ」
あ、ちぎっちゃった……。
「はぁっ、はぁっ。教えて……さしあげますわ」
びちゃり吐き出される血液。私を見る視線が、ムカつく。どうしてそんなに余裕なの? 今のでわかったよね? もう、私のほうが、強い。
「暴力衝動の回帰、あなたの持つ底知れない……そして、我儘な暴力衝動を思い出させるためですわよ……ぎゃっ」
右目を突く。私は今、この人相手にどちらの目から奪おうか悩みながらそれを成功させる速度と力があった。
「もう片方の目も潰そうか?」
だめだ、止まらない。私の中の強い感情が止まらない。
「ええ、構いませんわよ。わたくしを殺しても。まさにそれが、それこそがわたくし達のねらいですもの」
ねぇ? 今煽るためにわざと「それこそが」ってつけ足したよね?
「はぁ。そういうことね。それでさ、私が相手を、暴力を向ける相手を求めて世界一位とバベルをぶっつぶすのを期待してるんだね! このっ! 他力本願の馬鹿っ!」
「があっ……痛いですわね…………」
後ろでずりずりと聞こえるのは、さっき私がボコボコにした白髪で赤目の女の子が這いずって逃げていく音。大丈夫だよ、あなたにはもう私の暴力を受け止めることはできないから。弱い人じゃ、すぐ壊れちゃうでしょ? だから逃げなくても、逃げなくてもいいじゃん。もうあなたには、手を出さないんだから!
「私ばっかりやらせて! どうして私ばっかり!」
「それはね、あなたが強くて、わたくしたちが弱いからですわ。強くなきゃ届かな――ごあっ」
「殺してなんてあげないから!」
「あっそう。なら……コヨーテに会いに行きなさい。また、なにか思い出すかもしれない……ま、ろくな結果にならないですわよ……」
どうして、どうしてそんなことになっているのか。私にはよくわからない。
「ねぇ、どうしてこんなことしないといけないの? どうして私がろくでもない結果にならないといけないの!」
だから聞いた。
「それはあなたが、そういう立場に作られたからですわ。人はね、そう簡単に運命に抗えない。特に強者はね、強者故に強い事象に巻き込まれるんですわよ……」
「勝手なことばっかり!」
「ええ。あなたもあなたの勝手で、私に手を上げたでしょう? 今」
「そうだね、私も勝手だね! だから、なんなの!」
私が弱ければ。私がこの怒りを、この衝動を他人にぶつけることができる力がなければ……こんなに嫌な気持ちにならなかったのだろうか? 弱ければ、他人を傷つける不快を味合わなくて済んだのだろうか? いや、それはきっと違う。私が弱ることなく最初からずっとずっと強ければ、こんな状況になんてならなかった。私が弱いときがあったせいで、たくさんの不快が生まれたんだ。つまり、弱さも強さも、人を傷つける罪のようなもの――――――――――――――――。
『問11 罪には罰が必要か。慈悲と容赦は人間性の向上につながるのか?』
うるさいよ、頭の中の声。この声、バベルと私がつながってるから聞こえてるんでしょ? 知ってるんだから。思い出してきてるんだから。




