266:強者と弱者
急いで急いで、急いで部屋に。こんなに急いでるのは、急ぎなさいって言われたから……かな。(私にそう言った兵隊さんは、戦いに行ってしまいました。)
「よしっ」
レンズを取り替えてよしだなんて、私、なんだか……。
「どこから撮れば……」
窓の外、被写体はすぐに見つかった。
「うわ、強っ」
強すぎて引く。それが率直な感想。顔以外露出のない、真っ黒な服。髪も、瞳も、なんだかすごく真っ黒な女の人は、兵隊さんたちを次々に――――。
「嘘みたい」
ぐちゃってなって、ぶしゃってなって、ばきっとなって。初めて見る人が死ぬということは、現実味がなかった。
「撮らなきゃ」
残り枚数は……あと五枚。しまった、新しいフィルム持ってこればよかった。っていうか、最初からデジタルのほうで撮れば良かったんじゃないかな!
「よしっ!」
一枚。今のはいい感じに撮れたはず。振り下ろされた剣を上手に躱して、顔に拳を叩き込んだ瞬間を激写! あと四枚……失敗できない。あれ? そもそもなんで写真なんて撮ってるんだろ――――。
「うわあっ!」
窓を突き破って飛んできたのは、首がネジ曲がった死体。
「あら、撮影中だったんですわね。綺麗に撮ってくれたかしら?」
「あ…………」
壊れた窓枠に、あの強い人。
「そのレンズじゃ、こんな近距離にピント合わないんじゃないかしら?」
「え? あ、あ、そうですね!」
ああ、そうだ。この望遠レンズって近く撮れないんだっけ。……っていうか私……なんで今、この人にカメラ向けちゃったんだろ……。びっくりしすぎて頭回ってないのかな。
「ほどよい距離に離れてあげるから、しっかり撮っておくといいですわ。反バベルの大物、黒き狂気兇器強姫をね」
「くろき……ええっ! 聞いたことある! 知ってる!」
ちょっとまって、なんで私そんなに盛り上がってるの?
「へぇ。知ってる。それはいつから?」
「だってあなた有名人だから。学校でも、他のところでもいろいろ」
「他って?」
「えっと……」
その会話が中断されたのは、黒き狂気兇器強姫さんに向かって矢がたくさん放たれたから。そしてその矢が私に当たらなかったのは……。
「あ、ありがとうございます……」
「上手に撮るのよ?」
体に刺さった矢を抜いて、敵との距離を一気に詰める。あ、違う違う、敵は黒き狂気兇器強姫さんのほうだよ。
「私を守ってくれたのかな。なんでだろ……カメラが好きとか……かな? あ、そんな事より撮らないと!」
三枚続けて撮影。しまった、焦って撮りすぎた…………現像したら絶対、ピンぼけ……。
「ぁ…………」
私は最後の一枚の被写体に、黒き狂気兇器強姫さんを選ばなかった。廊下を少し歩いて離れて――――ピントが合う距離まで離れて――――さっき窓を突き破ってきた、兵隊さんの写真を。




