254:試練症
ニカは気絶……してなかった。血だらけでゆらりと立ち上がるその姿は、体のずっと大きな中学年の人たちより――――。
「ふーっ! 待つにゃ! このうんこ上級生!」
「ああ? ぐあっ!」
速っ……なに今の……。
「おい! 大丈夫か――ぐおっ!」
一人一撃。簡単に上級生を倒していくニカ。まさか――これが、試練症……!
「おい、やべぇぞ! 逃げろ!」
「これだから試練症持ちはやっかいだぜ! くそっ!」
逃げ出した上級生を何人か捕まえて、ぶっとばす。
「二カ! 後ろー!」
「ぎゃっ!」
背後から石の塊でニカの頭を狙った上級生は、振り下ろす間もなく一回転して地面に叩きつけられる。
「にゃは、ソドム! ありがとにゃ!」
「え、う、うん」
笑顔。私はこの時なぜか、ニカのことを、可愛いと思ってしまった。
「ああ! しまったにゃ!」
「な、なに突然!」
「試練症出してしまったにゃ……! ソドム、頼むにゃ、先生に内緒にしといてくれにゃ……ってにゃああああ! ソドムに無駄に弱みを教えてしまったにゃああああ! にゃあああああ、これだから試練症は困るにゃ……」
「ひひ、うひっ」
しまった、ニカが突然取り乱したから思わず笑っちゃった! あれ、怒られない? あれ、あれ?
「ソドム! 交換条件を言えにゃ。内緒にしてもらう代わりに、おまえの願いを一つきいてやるにゃ!」
「えっと……その前にさ、上級生にバラされたら同じじゃない?」
「にゃ? おまえやっぱり面白いにゃあ! 安心するといいにゃ。軍学校では上級生が下級生に手を出すのは厳罰! だからあいつらから漏れることはないにゃ!」
「そっか」
って、そんなこと言ってる場合じゃない! これ、いじめを終わらせるチャンスだよね!
「あ、あのさ。私達へのいじめ、やめて――」
「だめにゃ」
うわ、この人ガチのいじめっ子だ!
「お願いは一つまでにゃ、おまらは四人。だからダメにゃ」
そ、そういうルールか……。
「じゃ、じゃあ……」
私へのいじめをやめて。その願いはなぜか、言葉にならなかった。
「リリールと……じゃなくて、私達の班と、六七班と勝負して! みんな一対一で! それで私達のほうが勝ちが多かったら、お願い四つに増やして!」
「なんにゃそのメチャクチャなお願いは」
た、確かに! でも…………なんか、こうしないとリリールの心が折れたままになってしまう気がしたから。うう、勝手にこんなこと言って、みんなに怒られるかな。ああもう! こんな状況じゃ冷静に考えれないよ!
「ま、面白そうだからやってやるにゃ」
「あ、あと待って! 勝負の日まで時間、時間ちょうだい! 一ヶ月、えっと二週間でいいから!」
「お願い事二つ目にゃ……」
わ、私わがまま!
「あ、あともし他のみんなが嫌って言ったら……この話はなしで……」
「三つ目にゃ……」
どうしちゃったの今日の私! でも――――――――――――――――なんだかんだ、ニカは私の話を全部聞き入れてくれた。
「ありがとうニカ……」
そして私は気づく、私が、聞き入れてもらえると思ってわがままをぶつけていたことに。
「さて、リリールに話にいくにゃ」
「え、その話は私が――」
「はぁ?」
怖い……。ニカの強く赤い瞳に、私はそれ以上わがままを言うことができなかった。




