249:再生テスト
私にとってはあたりまえでも、リリール達にとってはあたりまえじゃないことは、どうやらたくさんあるらしい。いじめとして行われるほとんどが、そう。
「再生テストは遊びじゃないわ、ソドムを離しなさい!」
再生テスト。私達が年一回受ける、どのくらい早く傷が治るかを計るための試験。でも、今やられてることは違う。いじめとしての、再生テストごっこだ。今日まで何度もやられてきた、おなじみのごっこ遊び。リリールの目にはどう映っているのだろう。
「ソドムが受け入れてるのに横から文句を言うなんて、だめな班長だにゃあ!」
私はもう何回もカッターで肌を切られている。スカートをまくられ、丸見えになった太腿の。それを見ているのはクラスのみんな。そして、見せられているのは六七班の三人。
「もう休憩時間が終わるにゃ。おい、ベストリーカとカリアーカ! 床についたソドムの血を拭いとけにゃ」
ぱっくり開いた傷が、うにうにと動き塞がっていく。はぁ、痛いなぁ……。でも、じっとしてるのが一番楽なんだよね……。
「リリール、おまえは拭かなくていいにゃ、おまえがソドムにしてやれることなんて、なーんにもないにゃ」
今の一言、重いな。
「だめ班長はおしおきだにゃ! ニカがばーっちり酷い目に合わせてやるから楽しみにしておけにゃ!」
床を拭いた雑巾を洗いに行ったベストリーカとカリアーカは、教室に戻ってこなかった。
そして宣言通り、リリールは次の休憩時間に酷い目に合わされた。でもそれも――――私は経験済みのことだった。
「リリール、救護室いこ?」
「ううっ……。うぐっ……ぐずっ」
リリールは座り込んだままだ。捨てられたように置いていかれた、三階のトイレの床に。
「リリール、大丈夫?」
「ぐすっ……うぐっ、ごめんなさい……ソドム……私のせいでクラス中から……」
こんな弱々しい顔するんだね……。
「二カが出てきちゃったんだもん、仕方ないよ」
ニカはたった一日で、リリールをダメにした。同級生を的確に使った囲みと、徹底的な集団暴力。そして、我慢の限界ではなく自分の意志でおもらしさせるという、屈辱で。
「うう……臭いよね……」
「私もさせられたことあるから大丈夫」
させられたことあるから大丈夫。それは臭くないよっていうことには、つながってないかもしれない。おしっこだけだから、大したことはないけど。
「私……帰る」
「そっか」
また、私はひとりぼっちだ。あ、今はクラス全員が私をいじめてるのか……。耐えれるかな……。
「う、うぐっ」
でも、仕方ないよね。私みたいなグズにおもらしはお似合いだけど、リリールみたいなしっかりした子には……つらいだろうし。殴られすぎて怖くなって、あんなに短時間でみんなの前でしちゃったんだもん……。プライドもボロボロだよね。
「うわっ! リリールどうしたの!」
パァン! と、突然鳴った音は、リリールが自分の両頬を打った音。
「だめだだめだ! このままじゃ! ソドム、ごめんね。私、あきらめないわ!」
「り、リリール……?」
「やりかえそう」
「どうやって?」
だって、相手はクラス全員。先生も助けてくれない。
「考えるのよ! 行くわよソドム!」
「ど、どこに?」
「ベストリーカとカリアーカの家よ」
「でも、次逆らったら……」
ニカの放った「次文句言ったら、みんなの前で糞させるにゃあ」という言葉。あの言葉の圧力は、本当にすごい。同じ排泄物でも、おしっことうんちでは心への負担が違うから。あんなこと言われたら、経験したことないリリールの心だって崩れる……はずなのに……。
「私、学校辞めたくないのよ。お母さんと約束したし、私、トランプ持ちになりたいし! ソドム、あんただってそうなんでしょ? だからずっとずっと耐えて!」
「えっと……」
トランプ持ち。確かに憧れはあるけど、私は別に……メメメスさんに心配かけたくないだけで……。
「いじめって、こういうものなのね。危うく心が麻痺するところだったわ」
「えっと私は……」
「ありがとうソドム」
今なんで、お礼を言われたのだろう。




