diary:countDOWN1、或いは赤の女王仮説の話
眠れアリスよ目覚めるな、不思議の国は夢の中だけでいい。
「ねぇ、ソドムはたくさんソドムを殺したの?」
「いや、自分は何人殺そうが一人だ」
「どうしてそれを教えてあげなかったの?」
「大半の人間が語る恐怖症は、ただの苦手症だ。それをいちいち広げていては、聞かされる方の心がもたないのだよ」
いつもより珈琲が苦く感じるのは、アリスが起きているせいか。
「ねぇ赤の女王、あなたはなにがしたいの?」
「いや、私は赤の女王ではない」
「知っているわ。あなたは――――」
唐突に眠る。この睡眠が普通ではないと物語るかのように。
「ご機嫌斜めだな、博士」
「どこへ行っていたオリジナル? アリスの子守はおまえの役目だろう」
私と同じ顔の女。それに対し特別な感情はない。
「私はそろそろここを出ていくよ。ここには欲しくなるカメラもないのでね」
好きなものに触れないつらさは、おまえにはわからないだろう。
「博士、おまえは一体誰だ?」
「おまえのクローンだよ。オリジナル」
「歩きでいくつもりか?」
「ああ、私のソドムも歩いてのぼってきたのでね」
バベルの中央にあいた穴の壁面を這う、階段。私が地上にたどり着くまで、何年かかるだろうか。
「冗談だ、エレベータを使わせてもらうよ。クリスマスまでには帰りたいのでね」
「そうか、好きにすればいい。あとはしっかりやっておく」
「そうしてもらいたいものだな。私はもうこんなところへは来たくない。空が宇宙に見える距離は、好きではないのだよ。それに私は、赤の女王仮説には興味がない。今を生きることが、趣味なのでね」
過去だの未来だの、私達は忙しい。
「よくしゃべるじゃないか」
「ああ、当分おまえと話す気はないのでね。せいぜいがんばりたまえ、私のオリジナル」
「赤の女王、不思議の国のアリス、猫、悪魔、箱……。科学はメルヘンとそう大差ない、そう思わないかね?」
「哲学じみた面倒事は、妄想の中にだけある現実だけにしてくると助かるのだが」
妄想の中にだけある現実。ラヴクラインの連携システム。コード404など比較にならない性能を持つこれは、その性能故に不安定のようだ。情報量が多すぎるのだろう。
「おまえと話していると実に楽しいのだよ。まるで他人だ。己をゾンビ化させ、その回復法をナノマシンに学習させる。自らを危険に晒す選択は、私にはできないのでね」
「そうか。なら妄想の中にだけある現実から外れた二人とでも、話してみればいい。私より他人を感じられるだろう」
月が天体だと気がついた時、人類は恐怖した者と興味を抱いた者にわかれた。ただそれだけのことだ。




