240:Alice:DOWN
黒い私は、返り血をどれだけあびても黒いままだ。それに赤は、時間が経てば黒くなる。
「やあソドム、待っていたぞ」
キラキラキラキラ、星の輝く天井。ああ、月が眩しい……ここがバベルの頂上か。
「博士」
「のぼりきるのに約三年。よくがんばったじゃないか」
「博士」
私の口から出る言葉は「博士」だけ。ちょっと疲れちゃったのかな。あれ、カメラはどこにあるの? あんなに大好きだったのに、ここには一つもないんだね。
「紹介しよう、そこにいるのがアリス。おまえにも彼女の意思が逆流したことが、何度かあるはずだ」
「博士」
たくさんの金属製の管がつながったベッドに眠る、一人の少女。
「彼女の夢は意思の濾過槽だ。だが最近は、悪夢が多くてね」
「博士」
私はこの子のために、戦わされたりしてたの?
「その雑な説明はなんだ? 功労者に対してあまりにも冷たいのではないかね?」
こっちは博士じゃない。オリジナル。
「代わりに私が説明しよう。全人類の意思を管理する装置、それがバベルだ。だがどうしても不具合が出る。それを調整するための無垢なる存在がアリスというわけだ」
「おまえの説明もなかなかわかりにくいな。私にかわれ、それは私のソドムだ。それに、今ここで全てを話す必要はないだろう?」
博士。
「簡単に説明しようソドム。アリスは今傷んでいる。その影響で起きた現象が人類のゾンビ化、私はそれを止めねばならん。進化の方向としては概ね正しいが、問題が多い」
「博士」
意味が、わからないよ?
「要は世界を救うために、身体修復を極めたデータが必要というわけなのだよ」
え、あれ……お腹が、痛い。
「さて、出したまえ。私のナノマシンを」
「ふぎっ! ぎあっ!」
裂けっ……なにこれ……痛い……。
「どうしたそんな声を出して。今までおまえが味わってきた苦痛に比べれば、軽いものだろう。それとも感慨深いのかね? 出産という行為が」
「ぎっ! んんんぎいいいいいいいいいいいっ!」
足の間からなにか……。
「ぎああっ!」
出た……。
「いい子だソドム。素晴らしいプレゼントをありがとう。ふむ、やはり自己圧縮をさせた塊は小さくて扱いやすい。これは良い排出プログラムだ」
「博士…………」
「ん? ああ、今日はクリスマスではないな。まぁ仕方ない、だができればクリスマスであってくれたら良かったとは思っているよ。人間とはそういうものだ」
クリスマス……。
「やはりおまえには金髪と青い目がよく似合う。ん? なるほど、おまえが大切にしたのはカメラではなくそれか」
ナノマシンの服が消えちゃったから、ポケットにしまってあった博士の写真が、落ちて。ああ、ごめんなさい博士。私、博士がくれたカメラは今持っていません。
「さて、さよならだソドム」
「あ……」
博士が私を抱きかかえてくれて……………………。 博士の腕……。温かいはずだけど――。
「アリスは穴に落ちるものだろう」
え――――――あれ、これ私がのぼってきた穴。
「おまえのおかげでAlice:DOWNは成功した。感謝するよ」
待って、落とさないで。こんなところから落とされたら……バベルの頂上から落とされたら……。
「ああ、少し間違えたな。アリスは穴に落とされたわけではない」
よかった……。でももう少し、だっこしていてほしかったな。
「アリスはね、自らの意思で穴に落ちたのだよ」
え、身体が勝手に……。
「心配するな、その穴には底がある。永遠に落ち続けるわけではない」
「うひひ、そうだね博士」
そっか、穴に飛び込まないといけないんだね。飛び込めば私はアリスになって博士と一緒に――――あれ? 博士、カメラ持ってたの? ポケットに入れてたのかな? それで私を撮――――――――――――。




