233:パイナップル・ジュース
駅にじっとしていても仕方ない。とりあえずバベルに近づいてみようと歩き出してすぐ、私は道に迷った。道が複雑すぎてまっすぐ進めない……。もうこれ、迷路だよね。
「うーん……」
かといって、人の家ぶちぬいて進むわけにもいかないし……。
「あれ? あれっ……」
そして私は気づく。博士への憎悪が消えていることに。
「だめだだめだ! 私はっ! あんなことをした博士を許せないんだ!」
いっそ家を壊して突き進めば、意思を持続できるだろうか。
「おい、そこの黒いの」
「え、私?」
「お前以外に黒いのがどこにおる。この、まっくろけっけ」
確かに黒いけど……そんな言い方なくない?
「喉乾いてないか?」
「うーん」
おじいさんにいきなり差し出された、お茶……かな?
「飲んでみろ」
「え……ちょっと遠慮しときます……」
「人を疑うのか!」
毒とか入ってたら嫌だもん。
「どうだ、これでもか!」
ごくごくと飲んで見せるおじいさん。そして私に差し出された残りは、ほんのわずか。な、なんなのこの人。
「い、いただきます」
仕方ない、飲むか……これ以上変なこと言われたら困るし。
「あれ、なんか甘い匂いがする!」
「パイナップルジュースを飲んだ後のコップに、お茶を入れたからな。どうだ、いい匂いだろう! わたがしみたいな匂いだろう!」
確かにいい匂い……いや、だからなに?
「ああ、おじいさん! また知らない人に飲みかけのお茶出して! すいませんね。うちのおじいさん、脳が腐りはじめてて……」
「あ、えっと。いえ」
そう言っておじいさんを連れて返ったお姉さんは、酷い匂いだった。きっと、服で見えないところが腐ってる。
「ここ……まさか」
視界に入る人たちは、体の部位がどこかなかったり、補っていたり、腐っていたり。そして、いくつも出ている看板には『ふはいしたからだとりかえます』だとか『義手専門店」だとか……。
「ゾンビ……」
「ちょっとあんた! 私たちをゾンビと一緒にするなんて、いったいどういうつもりだい?」
うわ、知らないおばさんに怒られた!
「ご、ごめんなさい」
「この罰当たりめ! はぁ、バベル様に失礼だと思わないのかねぇ?」
「あの、私来たばっかなので……」
おばさんは大きなため息をついて、私にいろいろと教えはじめる。なんか腹立つけど聞いとこうかな、重要なこと言うかもしれないし。
「わかったかい? ここは、バベル様の力で腐っても最期まで人間であれる唯一の街なんだよ! ありがたやありがたや! あんたもそう思うだろ!」
「は、はい」
反論すると、また怒られそうだな。
「私、バベルに行きたいんですけど。どっからいけますか?」
「ああ? あんたなんてこと言うんだい! おおいみんな! ちょっときてちょーだい! 罰当たりなよそ者がいるんだよ!」
え、えっと……ええええええ! なんかめっちゃ人出てきたんだけど!




