215:悪党
列車に戻って早々、車掌さんに「二人用の個室に三人はだめです」と言われたはずのリューリーが一緒にいるのは、脅したから。乾きかけた血でバリバリになった顔で「殺すぞ」と。(注意した車掌さんは、意外と度胸ある人なのかもしれない。いや、お仕事だから仕方なくかな?)
「なぁリューリー、もう少し大人しくやってくれねぇか」
メメメスがつぶやいた。座っている位置がおかしいのは、まだ走り出して間もない列車が穴から出ていないため。
「きゃははは! 観光旅行をしているわけじゃないのになにを言ってるのだ!」
「関係ない人を無駄に巻き込むな」
「どういう理屈なのだそれは? そもそもこの旅自体が迷惑すぎる自分探し旅なのだ!」
「うるせぇ、自分探しなら自由に意見言ってもいいだろうがよ」
「聞く価値のない意見は言うだけ無駄なのだ」
言い合いはそこで終わり、二人は無言になった。ねぇ、わざわざ列車が無茶な角度で走ってる時に、こんな風にならなくてもよくない? 座る位置変えたりしなきゃいけないのに、みんな無言だからすっごく気まずいんだけど。ほら! 電車の角度急になるよ! みんなでそっちに移動……はい! リューリーさん、わざとメメメスの足を踏まない! はい! メメメスさんもしかめっ面でため息つかない! はい! 間に私を挟むように座らない! はい! 両側から舌打ち聞こえるのつらい! はぁ……。
『まもなく当列車は地上に上がります。皆様、どうぞ右手をご覧ください』
「あ! 見て二人とも、夕日がすっごく綺麗だよ! 右! 右ね! 右……はぁ」
穴から抜けた列車が、西からの光を浴びる。ねぇ、みんななんか喋ろうよ。ほら、ベッドからずり落ちた布団私一人でなおしてるよ? これね、ベッドは床に固定されてるんだよ? わーすごーい、穴駅対策だね! さぁ、みんなでこの電車を堪能しつつ仲直りしませんかー?
「いいこと思いついたのだ! ソドム、メメメスは素人すぎて邪魔なのだ! だから私に乗り換えて、ここでバイバイするのだ」
喋ったと思ったら暴言!
「それは、できないよ」
うん、できないのわかるよね?
「なんでなのだ? おまえ、あの優秀なラヴクラインに会いに行くつもりじゃないのか? それ相応な旅になることがわかってるはずなのに、足手まといを連れてくって頭おかしいのだ?」
言い返せない……。
「多分ゴールはバベルの上のほうなのだ。リューリーちゃんでも上がったことのない、オリジナルの領域におまえは行こうとしてるのだ! だから、やることやれないやつは――」
「リューリーはバベルに行ったことないの?」
ごめんねメメメス、今は話題を変えないと私の気持ちがもたない。
「あるけどないのだ」
「どういうこと?」
「ある程度の階までは誰でも行けるのだ。Sリーグ選手ならもう少し上まで。でも上に行けば行くほど、行ったことのある人は減るのだ」
博士はどのくらいの場所にいるんだろう。
「ちょっと待って、リューリーさっきあの優秀なラヴクラインって言ったよね? それって博士――」
「ああ、その博士のことなのだ」
「会ったの!?」
「いや、オリジナルから、今一緒にいるって聞いただけなのだ。そしてそれは、すごいことなのだ! オリジナルの部屋に行ったことあるやつなんて、アリス以外に聞いたことないのだ!」
アリ……ス?
「おまえ本当になにも知らないのだ? ならリューリーちゃんが教えてやってもいいけど……そうだ、メメメスに帰れって言ったら教えてやるのだ!」
「そ……それは……」
「重大な秘密なのだ! オリジナルのお気に入りのリューリーちゃんだからこそ知ってるすごい秘密なのだ! 聞きたくないのだ?」
「いいぜ。私は次の駅で降りる」
メメメスは、部屋の扉に手をかけた。全く振り向かず。
「メメメス」
「いいんだソドム。おまえは博士に会いたいんだろ」
「うん、会いたいよ」
でも、メメメスを切り捨てるだなんて。
「ねぇ、メメメスはもう私と旅したくない? だったらいいんだけど……」
なんて聞き方するの私……。もしメメメスが気を使って「したくない」って言ったらどうするつもりなの?
「いや、おまえといたいぜ。でもな……」
「そっか」
ありがとうメメメス。そう言ってくれて。これで心置きなく――――。




