210:発作
メメメスとリューリーは会話をしていたせいで、私の異変に気がつくのが遅れた。そのせいで、あの男の子が視界から消えた。
「あああああああああああああ痛いっっっっ痛いいいいいいいいいい!」
頭が割れそう。ああ、息するだけで、響く。
「ソドムっ! ソドムっ! 大丈夫か?」
心臓の音が頭を割る。だからお願い、響くから名前を呼ばないで。
「いいい痛いっ、痛いよっ痛いよぉおお!」
すごく痛い、痛い。でもダメだ、これ以上っ、これ以上暴れたらっ……。
「はぁっ! はぁっ! メメメス、リューリー! 私を、止めて! 殺していいから!」
本当は、痛いから……痛いから殺してほしいくらい痛いから。違う、殺してほしくはない、そう、でも。
「そんなことはできねぇ」
ありがとうメメメス、そう言ってもらえると信じてた。(じゃあ何故殺してと言った? 甘えたいのか?)
「リューリーちゃんがやってやるのだ! ぐあっ!」
あれ? リューリーを殴っちゃった。ひひ、うひ。だめ、笑うな、心の中でも笑うな。感情にのまれるぞ。(感情は消えない、崩壊するものである。だが、それも拒絶スべきである。)
「ああっ! ダメっ! 私から離れてぇええええ! 殺したいっ、殺したいの! 誰でもいいから殺したいっ」
叫べ、叫べ私。できるだけ自分の中の衝動を吐き出せ。ああ、目がチカチカする。なんでだろ、光で削れて見えないところがある。どうして、私の世界は点滅してるの?
「ソドム!」
「メメメス、離れてっ、私っ、耐えれるから! うええっ! おえっ! おげえっ!」
吐き出せ、私の中のドロドロを。吐き出して、吐き出して正常に戻るんだ。
「げほっ……あ……」
頭の中で声がする。博士の怒鳴り声が。怒鳴られたことなんて一回もないはずなのに。どうして、よく知ってるみたいに鳴り響くの。(聞き取れない内容に警戒と敬意を。)
『増殖はいいけど繁殖はやめてほしいわ、気持ち悪いもの。似てる言葉遊びで騙そうとしてもだめよ』
この声は……私? 私の声?
『ナノマシンの雌雄化は――――なんだ、君はまたヘルマプロディートスの理論をもちだすつもりかね? あの話は昨日終わっただろう』
これは……博士の声? それとも……。
『だって可哀想じゃない』
誰が、可哀想なのかな? 可哀想なら助けてあげないと――――。
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・・
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・・・・・・☓☓☓
次に目覚めた時、私は――――。
「大丈夫か?」
「え、あれ」
私に水を渡してくれたのは、さっき殺してしまったはずの男の子。
「友達はあっちで大人が看病してる。二人とも、大怪我はないから大丈夫だってさ」
「なにが……あったの?」
「おまえが俺に殴りかかってきたんだけど……」
そう、私はそれでこの子を殺したはず。
「ギリギリでおまえが止まって、右目を抉って友達に叫んだんだ。止めてって」
「私……そんなことしたの?」
ほんとだ、右側が狭いや。
「友達と殴り合うおまえは怖かったけどよ……俺、気がついたんだ。おまえはどうしようもない気持ちに勝手に体を動かされてるみたいになってて、でもそれを我慢して俺を殺さないようにがんばってくれたんだって」
「……う、う……でもっ」
「だってさ、戦いながらすっげぇ我慢してただろ? 殴ること。それで友達に頼んで殴らせて……すげぇよ」
なにもすごくないよ。
「ありがとな」
「なんでっ、ありがとうなんて言うのっ!」
ああ、ここで泣いていいのは私じゃない。怖がらせた、私のせいで怖い思いをしたこの子だ。
「俺もさ、母ちゃんにひどいこと言っちゃう時があるんだ、俺たちのためにがんばってくれてるのに……なんで生んだんだ……とかってさ」
「うん……」
「でも母ちゃんはさ、ゆるしてくれるんだよ。そういう時もあるって」
「うん……」
でも私は――。
「おまえもそうだろ? 力が強いみたいだからさ、すごいことになっちゃうけど……ほんとはあんなことしたくないんだろ?」
「う、うん。したく、ないよぉ……」
また泣き出した私を黙って見てくれている、この、名前も知らない男の子を……殺さなくて、殺してなくて、本当に良かった。




