205:望み望まれカリカチュア
「私はここで死ぬためにたくさんのお金を払ったの! だからっ、邪魔するなら殺してやる!」
その叫びにみんな拍手した。ああ、よかった。メメメスは拍手してない。いつでも動き出せるように、周囲を警戒してくれてるだけだ。
「本当に?」
私は「本当に死ぬためにお金を払ったの?」と聞きたかったのか、それとも「縛られた状態で本当に私のこと殺すって言ってるの?」と聞きたかったのか、どちらだろう。
「本当よ……私は死にたいの」
「少し、お話聞かせて?」
なんでそんなこと言ったんだろ私。この子から、なにを聞き出したいのだろう?
「い……いいけど……」
正直、断ってくれたほうが良かった気がする。(私の脳は、考えていなかった質問を急いで考える。)
「えっと、なんで死にたいの?」
「私はゾンビになる確率が高いって……だから、綺麗なまま死んでいきたいの! カリカチュアなんかになりたくないの!」
綺麗なまま死にたいと言ったその顔は、別に綺麗な顔じゃなかった。でもわかる。その綺麗は、そういう意味じゃないってこと。(そしてそれに気がついた時、その子の顔がとても綺麗に見えたこと。瞳以外は。)ん? カリカリチュアってなんだろ? ま、いっか。聞くと長くなりそうだし、そんなことより会話を続けなきゃ。
「でもさ、ならないかもしれないでしょ? あ! 私の知ってる人は、お腹だけ腐るようにしてゾンビにならないように――――」
博士もラヴちゃんも、ゾンビ化をなんとかしてた。でもあの二人はラヴクライン、普通の人に同じことができるのかな――――そう思った時、私の言葉は止まった。
「私はなるのが嫌なんじゃない、なるかもしれないのが嫌なの。そんな不安を抱えて生きていくのが、もう嫌なの! どんな方法が見つかったって、世界は腐ってしまうかもしれない! そんな不安がある世界は嫌なの!」
「不安は……嫌だね」
私もここに座り続けていたら、この子と一緒に光が焼き尽くしてくれるのだろうか?
「そろそろ、どっかいってくれない?」
「うん。ごめんね邪魔して」
「別に、これから死ぬんだし」
なんか、余計なことしちゃったな。
「ねぇ、死ぬの怖くないの?」
その質問に、答えはなかった。
「またね」
全く意味の通らない挨拶をして台から下りる時、私が階段を使わなかったのは――――ここに続く一本道を「あけろ」と武装した人達が叫んでいたから……なんか気まずくて。(偉い人でも、来るのかな?)
「ごめんねメメメス!」
「まったく、おまえは唐突に無茶をするな」
「おい! 処刑台から離れろ! ああ、そこじゃない端だ! 端によけろ! そこは光の通り道だ! おい、そっちに行くな! 処刑台の裏は立ち入り禁止エリアだ!」
私達はそのへんにいた人ごと、道のすみっこに追いやられる。うわ……そんなに押さないで……私、押し返す力を加減しないと、みんな大変なことになっちゃうんだから。
「あああああ! 嫌だ! 死にたくない! 死にたくないぃいいいいいいい!」
穴の中が段々と明るくなってきて――――女の子が叫びだした。そして私の脳に反響する「ねぇ、死ぬの怖くないの?」という、自分が自分の口から吐いた、答えをもらえなかった質問。(私がそんな質問をしなければ、あの子はこんなに早く取り乱すことはなかったのではないか?)
「ソドム、行くなよ。行ったらお前も焼かれる」
「うん」
太陽が、穴が切り取った空に侵入してくる。(あれは太陽そのものか、太陽から発せられた光の、本体に近い部分なのか? 少なくともそれは眩しく、私は目を細め、目をそらす。)
「おお、光だ……」
「浄化の光だ!」
見学者達が振り向いたのは、集まった光が処刑台からだいぶ離れた穴の壁面の高いところに現れ、ゆっくり降りてきていたから。うーん、浄化って言うほどかな? ただの日だまりみたいだよ。
「やだ! やだぁあああ! 助けて! 助けてぇえええええ! やめます! やっぱりやめます! お金返さなくていいから助けてぇええええええええええ!」
光は段々と地下の地上に近づきながら、その直径を縮めていく。
「来ないで! こっちに来ないで! 光を止めてぇええええ」
ああそっか。道をあけたのは、この光の丸が通るからか。
「ごめんねメメメス」
「私こそ動けなくてごめん」
その場から動けないのは、メメメスのせいじゃない。たくさんいた人ごと、まとめて道の隅に追いやられたせいだ。きっと今、道の真ん中に出てしまったら、誰かを殺さないとここには戻れない。
「熱そうだな」
「うん」
道に降り立ち、じわじわと近づいてくる光の丸は熱を帯びているのだろう。(それを証明するかのように、照らされた小さな水たまりは、蒸発して消えた。)
「うわっ! 熱いっ!」
「おい押すな!」
「きゃあっ!」
私達から少し離れた場所で軽い騒ぎが起きて、何人かが道に倒れこんだ。
「うああああ! 光がっ!」
「死ぬ! 死ぬぅうう! どいてくれ! 俺をっ、どけぇええ!」
そして、倒れた人たちの上を光が通り過ぎる。
「安心しろソドム、あのくらいの光じゃまだ人は焼けないはずだ」
「そっか……」
「ん……? 光が動いてるだと? え、なんだこれ? どういうことだ?」
メメメスが急に考え出す。
「ねぇ、どうしたの? なんか変なの?」
「なんで一枚レンズなのに、こんな軌道で光が移動してくるんだ……? まさか!」
「ん?」
メメメスにつられて見上げると、レンズはキラキラキラキラと――――まるで中に泉をしまってあるかのように輝いていた。うわ、すっごい綺麗だな。なんか虹みたいな色も見える。(虹みたいな色とは、多色である。)
「電的に光の屈折を変化させてるのか? 複雑なプリズム加工? いや、違うな。光の動きに融通が効きすぎてる――――」
メメメスは真剣に考え、私は綺麗だなとただ見つめている。うん……この差……ね。(私ってもしかして、考え方が馬鹿なのかな。)
「おいおい、マジかよ。あれ……あのサイズで流変レンズだっていうのか? いや、間違いねぇ。そうじゃなきゃ、こんなことできるはずがねぇ」
「りゅーへーレンズ? それってすごいの?」
聞いたことあるような、聞いたことないような……レンズの話は博士から散々聞かされたから、よくわかんないな……。
「ああ、あのレンズを一枚でも使ったカメラ用レンズは、とんでもねぇ値段になる。ようは作るのが難しいってことだ。グラムあたりの価値が高すぎる。それをあんなサイズで作ったら……いったいいくらかかるかわかんねぇぜ。街が買えるんじゃねぇか?」
「街が? 処刑のためだけに超いっぱいお金使ったってこと?」
「異常だぜ……」
私達がそんな話をしていると、さっき光が通り過ぎたあたりで「目が見えねぇ」という喚き声が聴こえた。
「そろそろ私達の前を通るぜ」
「うん」
光の丸はだいぶ小さくなっていた。(もうすぐ人一人分になるだろう。)そしてそれが向かう先は――――うなだれてブツブツとつぶやいてるだけになってしまった、女の子のところ。




