197:正常
メメメスは私を、強く強く抱きしめていた。
「ふうっ、ふうっふうっふうっ」
「大丈夫だぜソドム。大丈夫だ」
メメメスを傷つけるのが怖くて、無理して加減してたら私の気持ちは落ち着くと、おかしくを繰り返した。そして私の心は、ある程度まともになって、自分がしたことを理解して、おかしくなった。
「なんで? なんで私こんなことしてるの? ねぇ、ねぇねぇええええええ! ねぇえええええええええええええええええええええ!」
感情の爆発より先に、自分を守るための大声を出してしまうから――――嘘くさくなる。そしてその嘘くささは、引きずる。ああ、いっそそんなことも理解できないくらい壊れてしまえば、私は私を赦せるのだろうか?(或いは、一時的な逃避的赦しか?)
「いいから、いいから今は考えるな!」
「教えてよぉおおおおおお! いやだよ、嫌だよ、恥ずかしいよ、恥ずかしいよ生きてるのが恥ずかしいよ! ねぇ、そうでしょ! そうでしょ私! 私はぁあああああああああああ」
また性懲りもなく悪夢を見て目覚め、心配してくれたメメメスを殴りつけ、わけのわからないことを喚き、嫌われるためにという名目でもっと心配してもらうために下着の中にわざと排泄し、抱きしめて落ち着けてもらってなお喚く、この醜い生き物はなんだ。(メメメスならそんなことで嫌わないって知ってたよね私、知った上でだよね私、私はわたしで私で知った上で行動している。暴走とは、止められない意図的なものなのだ。心の奥底の意図が浮上し私を操作する。つまり、暴走の罪は、私にある。そう、暴走したからと言って、赦されるものではないのだ。たとえ、意思では止められないとしても。本気で苦痛に感じていたとしても、暴れるものは暴れ疲れて眠り、やがて赦されたような気になるだけで、それは忘れているだけなのだ。)
「死にたい」
最低だ。今の私は死にたいと嘆く価値があると後頭部が認識している。
「ダメだ」
否定されることもわかった上で。
「死にたいいいいいいいいいいいいぃいいいいい、死なせてっ! 死なせ死なせ!」
では何故私はその優しさに反逆する?
「うあっ!」
またメメメスをつきとばしちゃった……。あ? え? メメメスをつきとばしたの? なんで? あれ? あれ? 私っ……なにしてたんだろ……。
「ご、ごごごごめめね? ごめめめねねめめめす?」
「大丈夫だ、大丈夫だから」
「わたししぬ、ねしぬんねねね」
「やめろっ!」
おねがいメメメス、私は、脳みそ引きずり出すくらいやらないと治っちゃうはず、だ、から死な、な、い。死にたい死にたくない死にたいから。壊せない、私を殴って私は私を殴って殺したいのに、手加減してしまう! ああああ、死ねない! 私を殺せない! 脳みそを引きずり出す、出したいのに、頭をかきむしってるだけじゃないか! しかもなんだこの弱々しい力は! 私は強い! じゃあなんで、ちょっと髪の毛がちぎれる程度に抑えている! この、☓☓☓がぁああああああああああああああああ・あ? あああ? ああ? あ?
「あ、ああああっああああああああつぃいいいいいいいいいあああああああああ」
「どうした! どうしたソドム」
スカーレットが来た、あああああああ、スカーレットの炎が私を焼く。そっかスカーレットは死にたくなかった、だから狂姫さんも私に怒ってた。私に、死ね、私は、死ぬべきだ。
「熱いよっあっっっっっっついぃいいいいいいいいいい。背中が熱いいいいい」
「くそっ、どうしたらいいんだ」
ごめめめめんねメメメス、悩む、悩むよね……。でもね私はここで燃えカスになるの、燃えた、残骸に。あの街みたいに。
「ひぃっ! やだっ怖い怖い怖い」
なに? なになになに? なに今の音! 外から、撃たれてる? え? 嘘? え? なんで? え?
「撃つな! ただの発作だ! ただの発作なんだ! おまえたちに危害は加えねぇ! だから撃つのをやめろ!」
「ひいいいいいいいいいいっっいいいいい」
なに? なんで銃声? なんでなんで? え? 博士? 博士が私を撃ってるの? 博士? ごめんなさい、私を殺しに来てくれたの? やだ、死にたくない、死にたくないけど、あえ?(わかってる、撃ってるのは博士じゃない、博士はこんなところにいない。)
「くそっ! てめぇら! いい加減にしねぇか! 私達には勝てないってわかってんだろ!」
「なんでなんでなんでなんで撃つのっ! なんで私が、私がなにをしたのあおおおおおおおおああああ」
私がなにをしたかって? 思ってくれる人たちを傷つけ、私が生きているせいで傷ついてしまった人を傷つけ、汚れ、浅ましく、生きてる。そう、私は生きてるから悪い。
「おい! やめろソドム! 立つな、弾が当たる!」
「だってメメメスに当たったじゃん。私も当たらないと」
メメメス、血が、ちょっと出てる。(それを見て唐突に落ち着いた私の心は、血を好んでいるのだろうか?)
「いいんだ私は。おまえみたいに治らねぇけどこのくらいなら許容範囲だ!」
「許容?」
「だから頭を出すな! ベッドの影に隠れろ! 無駄に当たるぞ!」
「痛っ! いたいぃぃい!」
撃たれた、殺す。
「だめだソドムっ! 今殺したら引きずるぞ! お前のトラウマが増えちまう!」
引きずる? なにを引きずる? あはは、あは、いくらなんでも撃ちすぎだよね? バンバンバーンバンバンバン! バキューンバキューンどっぴんしゃん! ずいずいずっころばしごまみそずい。うひひ、どっぴんしゃんってすごい音だね、音なのかな? 鳴き声かな? あれ? そもそもなんだっけこの歌? あ、そうだ。私、撃たれたんだ、外から撃ってきた卑怯者の弾が当たったんだ。そうだ、私達は見られている。
「だって! 撃たれたし! 見られた! おもらしした私を見られたの! ねぇ、だから殺さなきゃ!」
「恥ずかしいのか」
「うん……恥ずかしいよ……恥ずかしいよぉ……」
「大丈夫だ、ここから逃げよう」
メメメス……。
「おい、嘘だろ? 到着はまだ先のはずだぜ」
ガタンゴトンガタンゴトン、なにかが遠くから近づいてる。え、なに? なにがくるの? なにが私を殺しに来るの?
「怖い! 聞いたことない! きいたことないいいいい、聞いたことない音が私を殺しに来る! 私を殺しにっ! 音が、音が怖いいいいいいいいいいいいいい消して! 音を消してえええええ!」
「大丈夫だ! 今のは汽笛だ! いいぞソドム、鉄道だ! この街から離れれるぞ!」
「へ、あ? え?」
メメメスは私を抱えて、窓を突き破る。ああ、ここ二階だっけ。(銃弾の中を駆け抜けて、私はリディアさんたちと戦った日々を思い出す。あれはもう、過去。)




