diary「黒い狂気」
わたくしを死なせなかったのは、妙に演技がかった口調で話すラヴクラインでしたの。はぁ、わたくしとか言っちゃってる私も……大概ですわね。
「義手に義足、まるでソドムみたいですわ。こうまでして生かしてくれなくて良かったのに」
「ラヴちゃんと呼んでくださいねぇ!」
「はいはい」
さすがに、今から死んでやろうという気は起きない。でも、それはそれだけの話だ。
「どうですかぁ? ナノマシンの入ってない体は」
「力が入らなくて不安ですわね」
私はあの戦いで、体内のナノマシンをすべて消耗した。いや、高い技術力で消耗させられたと言うべきか。この、ラヴクラインに。
「まぁいいじゃないですかぁ! おかげで普通の生活ができるんですからねぇ! これからよろしくお願いしますぅ、ソドム-Y」
「なんですの、その名前は?」
「欠番が出たのでぇ。あなたにあげようかと思いましてぇ!」
この女と暮らしていくのは、正直頭が痛い。でも、力を失った私には生きていく場所が必要だ。生きていく、つもりならば。
「そうそう。あなたを博士が利用しようとした……ってのは嘘でしょう? あのラヴクラインのソドムへの固執は異常。バックアッププランなんて、走らせるわけがないですからぁ」
「そうかもしれない……ですわね。ああ、そういえば、わたくしのラヴクラインも異常でしたわよ? あなたもどう見ても異常ですし。つまりラヴクラインはみんな、異常者――――」
「あなたのラヴクラインは、虐待なんてしてないですよぉ。手を上げたことは一度も――」
「適当なことを言わないで! 私はあの人に何度も、何度も!」
ああ、ナノマシンの入っていない体はこんなにも非力なのか。
「その手、離してくださいます? あなたに抑えられるとピクリとも動けませんの」
「そりゃそうですよぉ。私、超強いですからぁ。そもそもぉ私が強くなろうと思ったのは、あなたみたいな弱虫の屁理屈じゃなくて――――」
Sリーグ選手、虐殺の愛。なぜ、そうなろうと思ったのか。ラヴクラインがそうなる必要は、あったのだろうか。
「ごたくはいいから、さっさと離してほしいですわ」
「あなたはソドムというより、アリスに近い性質を持ってしまったのかもしれませんねぇ」
「言いたいことがあるならはっきり言って!」
「だめですよぉ! ですわですわって喋ってくれなきゃ可愛くないですぅ! まぁ、なんでもいいじゃないですか。私達はもう、あの塔には届かないんですからぁ」
髪も金色、痛みもない。あるのは、弱々しい全力すら出せない、弱さだけ。ああ、こんなの、こんなのわたくしじゃない。
「あなたのナノマシンは、進化方面へのアップグレードなんてされてませんでしたよぉ? あったものは、ナノマシンを一箇所に集合させるプログラムの追加。おかげで私でも簡単に対処できましたぁ! 博士に感謝ですねぇ、あのままナノマシンを入れ続けていたら、今頃バラバラですよぉ! ナノレベルで!」
「私は……なんなの…………」
「さあ。なんでしょうねぇ。その答えは、あの塔にのぼったものだけが知れるんでしょうねぇ」
そっか。私の戦いはもう終わったんだ……。
「あなたの体内にあったナノマシンは、バベルが用意したもの。そして、そのナノマシンの改良に失敗したラヴクラインがいた。だからあなたは暴走した…………つまり、全部全部あなたのせいじゃないんですねぇ! まぁ、これも全部全部、ぜーんぶ、私の適当な憶測ですけどねぇ……全部、全部……全部憶測…………はいっ!」
「なっ、なにをするんですの?」
おでこになんか貼られた……。
「うんちシールです! これを貼られたら強制的にお休み! いいじゃないですかぁ、あなたはもうがんばった、もうたくさんがんばったんですからぁ。もうがんばらなくていいんですよぉ、もう」
抱きしめられたその腕に私は――――懐かしさを感じていた。まるで、ずっとそうしてほしかったかのような、乾いた花のような懐かしさを。
「あたたかいでしょう?」
「不快ですわ。あと息が臭いですの」
そうだ、そうだそうだ……間違いない、私はこの鬱陶しい体温を知っている。胃でも悪いのかと尋ねたくなる、酸っぱい匂いの息も知っている。
「ひどいですねぇ」
「ええ、ひどく臭いですわ。でも――――」
ええ、思い出しましたわ……きっと全部ではないけど……思い出したよ、私……。
「もうしばらく……このままでいて」
「はい、わかりましたぁ」
やっぱり近くで呼吸されると、臭い。ほんと、いつもそうだった。それでもこの人は、いつもいつも私を抱きしめてきた。私が、どんなに嫌な顔を見せても。
「おかえりなさい、ソドム」
「ただいま」
そっか。あの傷は私が…………この人がくれたものだと思いこんでいたから、消えなかったのか。




