184:Crow Fly Free
結果として狂姫さんは勝って、死なずに帰ってくることができた。
「あなたのせいで、死に損ないましたわ……」
「モラルタは、最終的にはパイロットを守るように設定しましたからねぇ。さて、いろいろ喋ってもらいますよぉ?」
「まったく、ボロボロの私を休ませてくれないなんて……悪魔ですわねあなた」
「私のソドムを皆殺しにしたくせに、なにを言ってるんですかぁ?」
その姿を見るのはつらい。体のあちこちが、ないから。ナノマシンが止まっちゃって……もうこの体を治してくれないんだって。
「さてソドム。尋問の時間ですよぉ、好きなだけ聞き出すといいですぅ」
「……ラヴちゃん、二人きりにしてもらっていい?」
「ええ、構いませんよぉ。ま、録音はさせてもらいますけどねぇ」
パタン。扉が閉じて、私達は二人になった。
「惨めですわね。悲願を達成できず、強さを求め無理をする。それで体と心を壊し、この様」
「ねぇ、狂姫さんはなんで博士についていったの?」
「ソドム。あなた、人の話を聞かずに質問してくる癖がありませんこと?」
確かに。
「ご、ごめんなさい」
「まぁいいですわ…………あの日、聞かされたんですの。私のラヴクラインの最期を。そしたら私の中のなにかが抑えきれなくなった。見ていて不快でしたわ、あの作り物のソドム達が。ふふ、さっきあの人に悪魔と言ったけど、わたくしのほうがよっぽど悪魔みたいですわね」
ごめんね狂姫さん。私、狂姫さんがなにを言いたいか全然わかんない。それってさ、質問の答えに……なってないよね?
「虐殺の愛はダメですわね。戦う意思を失っていますわ」
「ラヴちゃんは、最初から戦おうとしてなかったでしょ?」
「そうでもないと思いますわよ」
そうなのかな?
「彼女の連れているソドムは、全て後で作ったものですわ。結局あの人は、本物を失った寂しさを埋めたいだけなのでしょうね」
狂姫さんは壁を見つめる。悲しそうな、振り返るような瞳で。
「ねぇ、ソドムって……なんなの?」
首を横に振らないで……私もう、わかんないよ。
「ただ、これだけは言えますわ。ラヴクラインとソドムは二つで一つ。そのどちらかを失えば正常に機能しなくなる。だから、きっとあなたはまた博士に……会うことになりますわよ。良かったですわね」
「…………会いたくない」
「そんなこと言えるようになったなんて、成長しましたわね。さてワタクシは眠りますわ、さすがに疲れましたもの。それにもうこの喋りにくい口調は嫌――――」
「狂姫さん!」
私は思わず無残な体を隠しているシーツをめくり、残っている方の手を握る。狂姫さんはそれを軽く握り返して……それから静かになった。
「……良かった」
小さな呼吸、この人は生きている。
それから三日後、ドクターが自殺したと聞かされた。そのすぐ後に、リディアさんたちから「私達は無事だ」という連絡もあった。ナターシャさんもリューリーも。だから私は、都市Zで暮らすと伝えたんだ。
「ソドム、どこに行くんだ?」
「メメメス……」
こっそり抜け出そうとした夜。見つかる私。
「バベルだよ」
「ラヴちゃんに気づかれる前にか」
「うん、メメメスにもね」
メメメスはまるで長旅にでも出るかのような服装で、大きな荷物を担いでいた。
「狂姫さんが、渡してくれたの」
あの時握り返した手で、こっそり渡してくれた『555555733000:/YF』と書かれたメモ。
「なんだよそれ」
「私さ、何故か知ってるんだ。これがバベルの門の解除コードだって。不思議だね……」
「さあ行こうソドム」
「うん。ありがとうメメメス」
その時私のポケットの中で通信機が震えた。とりだしてみると――――相手はコヨーテだった。
「いいのか?」
「うん」
私はそれを置いて、メメメスとエレベータに乗る。
ああ、そうだ。私は今までずっとこうやって自分が歩きたい方へ行くために、いろいろ切り捨ててきたんだ。立ち止まって、向き合って、理解しようともせず。他人も、自分自身も。そうやって――――仕方ない、どうしようもない、そうするしかないと心の中で何度も言いながら、小さな選択肢をたくさん捨ててきたんだ。




