183:空戦
手を戻したいのにっ、戻せな――。あれ、なんだろあの遠くに見える、黒い大きいエイみたいなの……まさか……。(この時私は博士の話を思い出す、図鑑で見たエイを魚だって言われて信じれなかったこと。だって、空を飛びそうな形でしょ?)
『ソドム! それ以上いくな!』
「う、あ」
『体を傾ければ曲がれる! いいか! 曲がりたい方に体を傾けろソドム!』
そうだ、さっきからずっとそうやって言われてた! 体重を、体重のかけかたを考えて! 試合と同じだよっ! きっと! だめだ……戦ってる時みたいに動けないっ……体が怖がっちゃって……。
『わかったソドム、もう考えなくていい! いいかソドム、目を閉じて、目を閉じて私の言うとおりにしろ! いいか、私を信じて目を閉じろソドム!』
「え……うん!」
『よし、そのままだそのまま、そのまま! よし、いいぞソドム! 体をゆっくり左に傾けるんだソドム!』
メメメスを信じて目を閉じる。そのおかげで私はなんとか、戻ることに成功した。(この時素直に、すぐ目を閉じれたのはメメメスの声だったからだろうか? それとも、何度も名前を呼んでくれたからだろうか?)
足が浮いていないということは、こんなにも落ち着くことなのか。はぁ、怖かったよ。
「誤算でしたぁ。高いところがダメだなんて」
「う、ごめんなさい。モラルタぶつけちゃったよね?」
「あの程度では無傷ですよぉ。硬く作ってあるのでぇ」
「無傷……良かった……」
帰ってきた時、私はうまく止まれず派手に転がった。よかった、壊してなくて……。
「下の住人は災難でしたねぇ。雨だと思ったらおしっこなんですからぁ」
「え、私漏らしてたの!」
「はい。ガッツリ漏らしてましたよぉ!」
「うう……」
飛んでる間に乾いたのかな。すごく速かったし。
「まぁ、高負荷空域での飛行はあんな感じですねぇ。あんまり海のほうへ進んだらダメですよぉ? 負荷が軽くなってどんどん速度あがっていきますからぁ」
「あれより速くなるの!」
「ええ、どんどんどんどん速くなりますぅ」
し、死んじゃうよそんなの。
「でもまぁ、こんな調子じゃあどんな空でも無理そうですねぇ。代理を頼みますかぁ」
「まったく、最初からわたくしにしておけばいいんですのよ」
え……なんでここに……いるの。
「あなた、ソドムよりメンタル不安定だから嫌なんですよぉ。で、博士は元気ですかぁ?」
「さぁ。わたくしには見込みがないってさっと捨てられましたから」
「でしょうねぇ」
「喧嘩売ってるんですの?」
狂姫……さん……。
「相変わらず弱いですわねソドムは。あなたなんかに空は無理ですわ」
「…………」
「なんですのその顔は?」
ねぇ、狂姫さん。どうしてそんなに疲れた顔をしてるの? 肌のあちこちも黒いし……どうして、どうしてあんなに強かった狂姫さんが……いつも強そうだった狂姫さんが……。
「さ、どいてくださいまし。わたくし、最期くらい華々しく散りたいんですの」
「最後ってどういう……こと?」
「死ぬってことですわよ」
狂姫さんが、死ぬ?
「嘘……」
「そんな嘘ついてどうするんですの? もうわたくしの体は限界なんですの」
「じゃあ……飛んだらだめだよ……休まないと」
ラヴちゃんなら治せるはず。それに、飛ぶ役は私のはず。
「ねぇソドム、わたくしはあなたが大嫌いですわ。愛したスカーレットをとられ、ナノマシンの性能も先を行く。それだけわたくしの人生を馬鹿した癖に、死に際まで――――」
「代打の癖にうるさいですねぇ。ソドムをいじめてないでさっさと飛べばいいんですよぉ、正気なうちに」
まってラヴちゃん、狂姫さんフラフラだよ? そんな状態であんな速く飛んだら……。だからさ、止めないと。
「ちょっと、狭いですわよこれ?」
「あたりまえじゃないですかぁ、ソドムに合わせて調整したんですからぁ。あ、あなたもソドムでしたねぇ、黒き狂気兇器強姫」
「そういうあなたもラヴクラインですわよね、虐殺の愛。ああ、そういえばもう一人いましたわね……ドクター、そんな離れたとこで黙ってないでこっちに来てくださいませんこと? あなたは部外者じゃなく、一番の当事者なんですから」
ドクターは暗い顔のまま、狂姫さんに歩み寄る。ねぇ、どうしてみんなそんな風になっちゃったの?
「ソドムを失うのは怖いかしら? それはラヴクラインを失うソドムの気持ちに比べて、どのくらいつらいのかしら?」
「……すまないが、頼む」
「ひどい顔ですわね」
その時、赤いランプが光り大きなサイレンが鳴った。
「ラヴちゃん! ディスクリミネータがきました! あと数分で都市Z上空に!」
「あらあらソドム-X、そんなに焦らなくていいですよぉ。あなたのことを、暴走しちゃっただけという甘すぎる理由で殺した人がスタンバイしてくれてますからぁ! 名づけて、罪滅ぼし号作戦ですねぇ!」
「その程度で消せるほど、わたくしの罪は安くないですわ」
まって、狂姫さん、私が行くから……。
「さて、ソドム。お別れの前に一つ、大事なことを教えてあげますわ、ソドムはねラヴクラインから逃れられないですわよ? ま、せいぜいがんばって生きるんですわね」
「まっ……」
追いかけようとした私を止めたのは、メメメスだった。大丈夫だよメメメス、あんなに速いの…………追いつけないから。




