174:旅人
超綺麗! 再びトロトロマックス丼に目を向けた時、また大声を出してしまった。綺麗に並べられたツヤツヤ輝く生の魚。よく見ると何種類か色と形と質感がある! このピンクいのなんてすごく……高い肉みたい! 動画で見たことあるよ、こういうの食べてすごいリアクションするやつ!
「……似てる」
「どうした?」
「な、なんでもない」
オババの家で見た人の肉の色を、ちょっと思い出してしまいました。そういえば私、今までいっぱい人の肉見てきたな。うん、とりあえずそれは忘れよう! 今は戦ってないし! 地下室でもないし!
「さぁ食うぞ」
「ど、どうやって?」
「ソドムは辛いのは、あんまり得意じゃないんだよな? ならかるく醤油かけて食ってみろよ。とりあえずこの赤いのから」
「赤いのから!」
色的にピンクからかと思ってた! 薄いから! この色は食べる順番とは関係ないのかな。それともだんだん薄くしていく?
「い、いただきま……!」
「厚切りだから、箸にズシッとくるだろ?」
確かに! 箸に伝わるこの存在感……ただものじゃないよ絶対。マグロさん、Sリーグ選手の私のパワーをもってしても、あなたのオーラは感じるよ。ねぇマグロさん、あなたはもしかしてSリーグ選手より強いのかい? ねぇマグロさん、あなたは私になにを――――。
「そろそろ食べてみたらどうだ?」
「そ、そうだね! いただきます!」
いざマグロ!
「んん……ん……」
こ、これが魚の味? 魚なのこれ! ああ、なんだろう。なんだろうこれ、すっごくすごい。ああ、美味しすぎて味わう前に食べ終わっちゃった! でも美味しい! すごく美味しい! ああ、もう一枚食べちゃおうかな? もう一枚!
「で、お次はこっち」
「ピンクさん!」
ああ、また大きい声を出しちゃった。よし、気を取り直してこっちのピンクを……あれ? なんかだるんとしてる。
「これもマジグロなの?」
「マグロな」
あ、そうだった。ごめんねマグロさん、あなたは全然グロくなんてないです。むしろ、美しいです! メメメスのピンクも可愛いけど、あなたのピンクも素敵ですよ!
「あ、それ、大トロっていう超高級品だぜ?」
「超高級品!?」
高級品、ってことはエビみたいなやつか……。ああ、これが入ってるからトロトロマックス丼なのね! 高級品が一個じゃないから、トロトロって繰り返すことでその素晴らしさを伝えてるわけか。うん、考えられてるね!
「いただきます」
「ああ、心して食え」
心して……。
「~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!」
脳が…………。
「な? すごいだろ?」
脳が…………なにこれ……口の中で溶け…………味が……ふあああん。
「…………あ、あ……消えた……大トロが……消えちゃった」
そう、大トロは私の口腔内で融解し、あっという間に消え去ったのでした。にもかかわらず――――消えないこの感覚は、一体なんだ?
「は……」
ため息が止められた……。ああ、私の脳の輪郭が、今、なにもない空間に存在し大トロを感じている……。時間が止まる……私が、溶ける……私はもう大トロに融合し、消え去るのかもしれない……。
「…………」
「大丈夫かソドム?」
「…………」
「お、おい、大丈夫か?」
「はっ!」
私は今……なにを……。
「すごいうまいだろ?」
「う、うん。すごい……すごいよこれ」
「よし、今度はこっちの中落ちを食ってみ?」
ナカオチさん、あなたは他のマグロさんに比べると小さめで形が整っていないのね。でも、その形状に秘密があるとみた! 私、ソドムはそこにナカオチさんの秘密があるとみたぁあああああああああ!
「し、しっかりしてる! どうしようメメメス、このオチナカ、味がしっかりしてる! なんかしっかりしてる! いや、他のマグロもしっかりしてたけど方向性がなんかしっかりしてる! なんかね、歯が味わったの! ああ、しっかりがいっぱい! いろんなしっかり! しっかり多彩! どうしようメメメス、意味分かんないよこれ! マグロって何種類いるの?」
「うんうん、そうだろそうだろ。部位によって味が違う、そんなマグロの楽しみを丼に詰め込んだのがこの、トロトロマックス丼だぜ!」
「私はマグロトラベラー!」
いやもうなんていうの、マグロ最高!
「あれ? メメメス、ごはんがある! ごはんがあるよ!」
「ああ、丼だからな。ここの店は、飯が見えないくらいマグロをのっけてくれるところもいいんだよなぁ」
まさか、これ……ご飯とともに食べよと私に命じてる?
「ごはんと一緒に食べてみ? また違うから」
やはり!
「そうそう、ちょっとだけわさびもいいぞ? 特にトロにはよく合う」
私の旅は、まだはじまったばかりだ!




