173:海が近い
私はもう一度気になって尋ねた。メメメスが入っていた機械について。興味本位で聞いて良いものかどうかわからないけど、聞いておかないといけない気がして。
「これはクローン体に意識を連結する装置なんだ。入っている間本体は寝ているような状態で、まるでクローンの体で生きているかのように感じる。私の場合はさらにそこに、クローン体を使っているという意識をもたないようにする設定を加えたんだ。まぁ簡単に言うなら、自分はクローンじゃない、本当の人間だって思わせたんだな」
「ふむ」
クローンは人間じゃない……ってメメメスは思ってるのかな? うーん、でもメメメスの場合は気持ちは一個だったわけだから……んんん! 難しい! 自分で聞いたくせに難しくて困る! そして同じような話をさっきも聞いた気がする! つまり! これは何回聞いても! わからないパターン!
「そっちの黄色い機械があるだろ? それで脳を刺激して意識を限定したんだよ。そいつは結構な値段するんだぜ? 粗悪品だと脳をやっちまうから、金かけないわけにはいかないんだけどさ」
なんか、結構危ない感じなんだね。でもお金をかければ解決できるのか、すごいなお金って。
「メメメスって結構長く私といたよね? その間本体はどうやって生きるの? 寝てるならご飯食べれないよね?」
よくわかってないくせに、話を聞くと疑問が湧いてくる。新しいことを覚えるって、そういうことなのかもしれない。(あとちょっとだけ本体って言うのに、抵抗を感じた。ちょっとだけだけど。)
「このカプセルの中を、栄養を含んだ溶液が満たすんだ。だから特にそういう問題はないな」
おしっことかはどうするんだろ……と、ちょっと思ったけどさすがにそれは聞かなかった。でもそのせいで私達は少し、無言になる。
「あ……」
いいタイミングで、私のお腹がなる。そして、その音を聞いたメメメスが「この街は海が近い。だから新鮮な魚を食べに行こう」と言った。
「あの窓から見えたのが海だったんだね」
「ああ、綺麗だろ?」
「うん、キラキラしてた! あ、あの海でとれたものを食べるの?」
「遠くの海でとれたものもあるけど、まぁ海はつながってるからな!」
海はつながってるんだ。じゃあ、地面はバラバラなのかな。
「メメメスは魚が好き?」
「私は魚は食い飽きちゃって、鶏肉とかのほうが最近は好きなんだけどさ……今から行く店は、別格だなんだよ! 何回食べても食いたくなる魔性の丼だ!」
ドンだ! ってまたすごい強調してきたね……。でもこれは、期待大?
街は意外と歩きやすくて、私が見て感じていたよりは人が少なかった。歩くために作られた道、カラフルなお店、なにも気にしていなさそうな人たち。なんかキョロキョロしちゃうな、私が今まで見てきたものといろいろ違って。
「よし、着いたぞ。この店だ」
「ま……グロ? マジでグロイって意味? うう、なんか食べるの怖いな」
「いや、マグロって魚の種類だぜ」
看板に描かれている、この巨大で速そうな魚がマグロなのかな? うん、見た目は確かにグロくない。
「そうなんだね、私魚ってサバかイカかエビしか見たことないけど、なんか違うんだね」
「イカとエビは魚じゃないぞ?」
そうなの?
「さ、入るぞ」
「う、うん」
空いてる……人気ないお店なのかな。
「空いてるね、人気ないの?」
「いや、ご飯時じゃないからだな」
なるほど……この街の人はみんな、ご飯食べる時間が同じなのか。変なの。
「そろそろ入っていいか?」
「う、うん!」
店内に入り、椅子に座り――――――メメメスに見せられたメニュー表には、見たことのないものが写っていた。
「あ、赤いよこれ! 肉?」
「いや、魚だ」
にしても、赤一色だよ! どういうこと! サバはもう少し色の数あったもん! あ、イカ! イカは真っ白だからマグロはイカの仲間なんだね! イカの赤いやつ! あれ? でもイカは魚じゃないってさっき……。あれ?
「魚にもイカの仲間がいるの?」
「うーん、まぁとりあえず食ってみようぜ。腹減っただろ?」
「そ、そうだね!」
「あ、今日は私のおすすめでいいか?」
うん、おすすめ以外無理。知識なさすぎて選べないよ。
「すいませーん、注文お願いします!」
赤い魚……赤い魚……。肉魚……。
「ご注文はなんになさいますか?」
「トロトロマックス丼二つで!」
「トロトロマックス丼!?」
な、なにそのインパクトマックスな名前! はぁ、緊張するな。
「この店内は漁船をイメージしてるんだ。いい雰囲気だろ?」
ぎょせんってなんだろ……。ん、なにあれ? 旗……かな? なんで壁に旗を貼ってるのかな? うーん……よくわかんないデザインのお店だけど、この感じちょっと好きかも。
「おお……ざかなって書いてある? 大きい魚? マグロのこと?」
「ああ、あれは大漁って読むんだ。魚って字とちょっと違うだろ? そうそう、その旗は大漁旗っていうんだぜ?」
「大量バター……むむむ…………そういう料理もあるの?」
「あはは、時間はあるんだ。いろいろ勉強していこう、私と一緒に」
勉強か。私、博士にいろいろ教わってたけどあんまり得意じゃなかったな。
「おまたせしました。トロトロマックス丼です」
「あ、全然まってないです!」
「そうですか、ありがとうございます。ゆっくり味わってくださいね」
驚きの速さ! うどんも早かったけど、これもすぐ出てくるね!
「ねぇメメメス……この魚、まさか……生?」
「そうだけど?」
「生はダメって博士が!」
「ゴモラシティのはな。まぁ安心しろ、ここのは超新鮮。安心して食べればいい」
「生に安心とかあるの! すごい!」
なんか一人で騒いじゃって恥ずかしいな……。お客さんあんまりいなくてよかった。




