168:あるところに
『私は安眠するのが苦手だ。だから眠る前には良い夢をと言ってくれ』
その一言とともに、世界をラヴクラインが支配したらしい。その方法はややこしくて、聞いてもよくわかんなかったけど……。
「ねぇオババ、博士は……ラヴクラインは人間じゃないの?」
「いや、今はもう人間じゃ。あやつがつくった人間判定。それにより人間の定義が変わった。まぁ儂が思うにそんなのはただの建前だと思うがのう」
「……博士にもいろいろあるんだね」
そうだ。博士にはきっと目的がある。私を置いていった理由、私をSリーグ選手にした理由。もしかして博士は私を捨ててなんか――――。
「なにを考えとるか知らんが、ラヴクラインとは縁を切ることじゃ。おぬしらソドムはラヴクラインへの愛情を植えつけられておるから難しいかもしれんが……」
「愛情を……植え……つけ……う……ウゲぇええ!」
「そういうことじゃ。おぬしらソドムは、自分のラヴクラインを根本から嫌うことはできん。おぬしの嘔吐や失禁は、ラヴクラインに拒絶されたことで起きたエラーのようなものじゃな」
私が吐いているのは、オババの話を受け入れたくないから? 違うよ、これは精神汚染。ナノマシンのサードステージの悪影響だよ。
「だがそれでも断ち切らねばならん。おぬしがおぬしとして生きたいのなら。ラヴクラインはろくでもないからのう」
「なんでそんなこと……言えるの? 決めつけないで!」
「例えば、人間が作った工業製品の固有名の禁止。あれは他人が言えないことを言えるという、特権階級を作る意思の実験じゃ。ラヴクラインの実験本能。あやつらは実験をし続けることで人類に復讐を――」
だめだ私、拳を握るな。オババは別に悪い人じゃない。
「ねぇオババ、それって本当に全部のラヴクラインの話なの? 私の知ってるドクターって呼ばれてたラヴクラインは、世界を守りたいって泣きながら言ってたよ? 大切な人がいるって言ってたよ! そんなこと実験したいだけで思うかな! 全部のラヴクラインが同じだとは限らないんじゃないかな!」
ああ、大きな声出しちゃった。地下室だからすっごくうるさく聞こえる。
「そうじゃな。そうじゃなそうじゃな。儂としたことが歳をくいすぎて頑固になっていたかもしれん。おぬしの言うとおりじゃ。おぬしも他のソドムと違うかもしれんのにのう」
「えっと……私こそおっきな声出してごめんなさい」
「かまわんかまわん。ババアは耳が遠いからのう」
それから私達はまた上の部屋にあがり、スープを飲んだ。それから急に眠くなって……オババのベッドで子守唄を歌ってもらった。最初のラヴクラインが生まれた時にあった、日本っていう国の歌を。もうなくなっちゃった、国の歌を。あれ、そういえば……私と同じ顔もいっぱい……いたような……。




