138:狂い虫
その違和感にはすぐに気がついた。そして私も、気がつかれた。
「ソドム。あなたずいぶんと回復が遅いですわね」
「はぁ、はぁ。狂姫は……早くなったね……」
「ええ。Sリーグ選手を作るあの機械、狂い虫のおかげですわ。あら? あなたも同じものを口から入れたはずなのにサードステージに入れないんですの? 相変わらずレベルが低いですわね」
「ぐっ……あ!」
しまっ――た!
「おまけに右目をなくしてる。ああ、そういえばそのブーツは捨てたほうがいいですわ。つま先の金属が変形したら、左足潰れますわよ?」
「え……? げぼっ!」
うあ、足元見ちゃった……。不覚。
「たった数発のやりとりでこうしてわたくしに腹を踏みつけられている。はぁ、弱すぎますわ。それでよく悲劇の主人公が気取れましたわね」
「ぐっあ! げっ! おご!」
ヤバイヤバイヤバイ、そんな何回も踏まれたらお腹の中がっ……。
「それでよくスカーレットに勝てましたわね……本当にどうやって勝ったのかしら? 本当に、本当に! さて、ブーツを潰して、指が戻らないようにしてあげましょうかしらね!」
わざわざブーツの話を二回も……もしかしてすぐ殺す気はない?
「げほっ……私がっ……スカーレットを殺したのが悔しいの?」
「!」
一瞬足が止まった。だから思いっきり地面についているほうの足を殴って転ばせる。ああ、しまった。これじゃあ私の上に倒れてきちゃうよね。
「やりますわね……! ぎあっ!」
体を持ち上げてさ、拳を振り上げて殴りつけようとしたら遅いに決まってるじゃん。(これだけ顔が近いんだから噛みちぎったほうが速いでしょ?)
「はぁっ! はぁっ! ソドムっ!」
「狂姫さんって意外とお上品だよね。うひひ、それ左目見えてる?」
勢いよくいったから上手に噛めたかわからないけど、多分私の口の中にあるのまぶただよね。
「まったく、誰に教わったんですのそんな下品な戦い方」
「生き残ろうとしただけだよ」
「それは抜け出してから言ってほしいですわね」
「ぎゃっ!」
ああ、そうだ。まだ上に乗られたままだった……。ヤバイ、どうしようかな……。
「そう何度も目は狙わせませんわよ」
「目を狙ってるのはそっちだよね」
来た! 私の左目を潰しに!
「ぐっ!」
ギリギリ避けて地面を殴らせた――よし! 今しかない!
「ああっ!」
掴んだ、足のつけ根の太い筋。絶対に離すな私っ!
「私がここを千切るのと、狂姫さんが私を殴り殺すのどっちが先かな」
「わたくしですわ」
「私は死んでも千切るから!」
固いっ……手が押し戻される……。
「まさかあなた、わたくしが優しい優しい狂姫さんのままだとでも思ってるんじゃないかしら? あと気がついてます? さんづけに、戻ってますわよ?」
え、ナイフ……。そんな……。
「ぐっ!」
「ソドムさん! 今のうちに!」
銃声? あ、今撃ったの……ナターシャさん!
「ナターシャさんありがとう! 後は私が戦うから隠れてて!」
「助けに来てくれた仲間の心配とは……ずいぶんと余裕ですわね」
なんとか脱出できた……銃で撃たれてもあんなにすぐ傷が塞がるのか……まぶたも戻りかけてるし……そっか、もっと派手に千切らないと再生しちゃうのか。うん、がんばろう。勝つためにはがんばるしかない!




