125:夜の気配
死ぬかもしれないと、私は思った。私ではなく、ナターシャさんが。
「自然は偉大ですね。何度も戦ってきた私が、暑いだけで死にそうです」
「そうだね……」
笑顔で話すナターシャさんの目は……きっとなにも見ていない。
「もう夜ですか……」
「うん」
真上の太陽が私達を焼く。でもナターシャさんは、すごく涼しそうな顔をしている。
「ああ、そうだ。コヨーテの村に寄っていきましょう。会いたいですよね?」
「うん、泉もあるからお水いっぱい飲めるよ」
「水……水……かは、はひ、水、水っ水うぅううううううううう! 水をっくださかはっ!はっ」
「ナターシャさん! ごめんね、ごめんね、お水は……」
涙も出ない。唾液も出ない。なんだったら飲ませてあげれるの? 今の私にできることは、ナターシャさんと太陽の間に立って日陰を作ることくらいだ。
「……あ、あれ?」
あれ、視界が白黒に……そっか私もだいぶ……ヤバイのか。
「かっ! げっ! げっ!」
ああ、このなにも出ない嘔吐をするのは何回目だろう。苦しい、立ってられないや……。あ、地面の近くで息を吸い込んだせいでまた砂が口に入ったよ。サザリサリ……サリサザリ。もう口の中の砂が濡れることもない。
「あ……」
しまった、つい仰向けに倒れちゃった。眩しいなぁ……。目を閉じても眩しいなぁ……。私なんて、目一個しかないのに、二つあるナターシャさんはもっと眩しいんだろうなぁ。
「……はっ……はっ」
「はっ……はっ……」
私の呼吸と、ナターシャさんの呼吸が少しずれてる。起き上がらないと、頑張って私。
「んぎぎ……」
よし、立てた。ナターシャさんを連れてかないと……。
「うそ……持ち上げれない……」
力が出ない。私、Sリーグ選手なのに?
「ぐぎ、今っ……強くなくていつ――!」
なんとか、なんとかあがった。ああ、体温がおかしいね……触れた背中が燃えてるみたいだ。
「ナターシャさん……行こう」
「ソドム……さん……私は……置いていって……」
「どっち行けばいいか教えて! 私全然わかんないの!」
ナターシャさんは小さな声で「そのまままっすぐ」と言った。うん、まだいけるよね。まだ生きていられるよね。
「はぁ、はぁ」
歩く。とにかく歩く。私は生きる、生き残るんだ。




