99:瞳の奥に
ドクターは私の腕を、何時間もかけて一本取りつけてくれた。本当に何時間もかけて右腕だけ。
「すまない、左腕もさっさとつけてやりたいが今日はこれが限界だ」
かなり疲れてるみたい。なんだかすごく苦労してたな……。こういう作業苦手なのかな?
「あれ、一本は料金代わりって……」
「あ、ああ。あれはなんというか、挨拶みたいなものだから気にするな。そうだな、一度眠らせてもらってから……いや、がんばるか。いやいや、そもそも材料があったか? ああ、だめだな。とりあえず珈琲でも飲もう」
「あ、私……」
「なんだね、淹れてくれるのかね?」
ドクターは少し嬉しそうに微笑んだ。そして私の目をじっと……じっと……見つめ過ぎじゃない……かな。
「ふむ、ちょっと見せてくれ」
「え、え」
ぐいっと指で、私の右目を開く。うう、この人ほんと遠慮しないね。
「右目になにか入れられているな」
「えっと……」
「ほら見てみろ、妙な物が入っている」
鏡を見せられたけど……うーん、目だね。
「もっとよく見てみろ。ん? ああ、すまない。この眼鏡とこのライトで見てみてくれ」
ドクターがかけている眼鏡を借りて、青色の光を目に当てる。う、ちょっと眩しいなこれ。ん……あれ、なんか目の中に浮かび上がっているような……機械? んん、眩しくてよく見えないけどんん……なんかある?(光を当てながら鏡の中の私を見るのは難しい。鏡の中にも光があるし、反射だらけだ。)
「その眼鏡とライトは内部構造がそこそこ見えるように私が改造したものなのだよ。まぁそこまではっきりとは見えんが、簡易的なものとしてみればなかなかだと思わないかね? 元はアンドロイドと人間を見分ける前時代の子供のおもちゃなのだが――――」
「右目だけに入ってる……?」
「そうだな。見てもいいかね? その形状、少し気になる。大丈夫だ、一応麻酔は得意でね」
「うん……。お願いします」
私は受け入れた。会ったばかりのこの人に目を見てもらうことを。
「あ、でも麻酔はなしで」
知らない人の前で、眠ってしまうのは嫌だから。
「わかった。少し怖いかもしれんが我慢してくれ」
「?」
「動くな、大事なところが切れるといかん」
は? スプーン?
「ちょっ! え! なに? ひ……」
「裏側から見る必要がありそうなのでね」
なんでスプーンを目の下にあて……えあ?
「動くなと言っているだろう」
今ポロンって! ポロンって目が! 目が! えああ、えあ。というかなにこれなにこれ、右目だけ、右目だけ変な、変な方向に見える! 目が閉じれないよ! えええ。
「ふむ、……予想通りこれはカメラの類だな。送信システムもついている。どうやら誰かさんがおまえの見たものを抜いていたようだ」
「ソドム・パラノイアみたいな……」
「よく知っているな。あれほど複雑なものではないから安心したまえ。これはただ見たものを送るだけ……そうそう私は、ラヴクラインだが妄想の中にだけある現実から外されている。どうも不出来だったらしい。だから思考を盗まれることもないから安心したまえ」
確かに人の目をいきなりスプーンで取り出すのは不出来だと思う。(安心したまえってそんなに続けて言われると逆に不安だよ?)
「さて、どうするかね? このままだとおまえの目は誰かの――」
「……ああ! もう!」
「おい、待て!」
ブチン。私の右側が暗くなる。なんだ、目のつながってるところって簡単にちぎれるんだね。
「おまえは……恐怖というものを知らんのかね」
「ん、機械なんだよねこれ? それに、ずっとつけてるわけにもいかないでしょ?」
「その通りだが……すまない、私の対応が悪かった」
「私が勝手にちぎったんだから、気にしないでよドクター。えっと……あ! 珈琲淹れるね」
濃いめの、珈琲を…………やっぱりさ、だめだよ。博士と同じ顔なんだもん。喋り方も似てるし。だからさ、珈琲、淹れてあげたくなっちゃうじゃん。(でも私は、泣かなかった。)




