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追憶の都市

作者: 南沙夜

 命荒ぶ大地を白い鉄塔が照らす。それはその都市だけでなく周辺の町や都市さえも照らし続けている。

 その明かりの中、長い黒髪を振り乱して走って行く少女がひとり。その後を追うは、豪奢なマントを翻す少年がひとり。

 少女は時折振り返りながら、後ろの少年がついてきているか確かめた。体格からして少年の方が年下なのか、子供のあどけなさが残る顔立ち。対して少女は、すでに女の面持ちをその余裕ぶった笑みに載せている。

 鉄塔の光が別の大地を照らす。すると二人の視界は抜け落ちたときのように、何もかも消えた。足音、そして荒い呼吸。それだけがお互いの存在を知らしめるものとなる。

 やがて少年の足がピタリと動くのをやめる。なぜなら少女の足音が消えたからだった。暗闇の、生暖かい空気が動いた気配を、少年は感じる。そして彼の耳に、凛とよく響く声を聞く。少女さなど微塵も感じさせない、威厳と固い意志の集結した言葉は、彼の心を揺らす。


 そして少女は走りだす。何を求め、何を思うのか、ただひたすらに走る少女。

 そして少年は歩みだす。何を成し、何を選ぶのか、ただひたすらに悩む少年。


 二人を照らす鉄塔は、もうすでにおとな一人の大きさでしかない。我先に伸びていた建物の密集地も抜けて、それ以上の言葉もなくお互いの目的のために追う。たとえどちらかがつまずいても手を差し出すことはない。漆黒の靄の、体を包む空気にか、震え始める体を懸命に押さえる少年の両の手。笑みさえ浮かべる、少女が振り返る。少女が、高らかな笑い声をあげながら二人の行き着いた先は、赤系統の花畑。鉄塔が照らす別世界。

 赤く紅く咲き乱れる花の中、よく通る素直な声はついにその意思を開く。いつの日か訪れる予定の、終焉への誘い。ナイフを握り、狂ったように花を散らす少女の説得。善ならざる者への果たし文句。それは力なき少年にとって、生まれを後悔させるものに近い。だから揺れながら口を開こうと筋の通る瞳を上げた。

 音無き暗闇、鉄塔の明かりが照らす一瞬を見逃さないよう細心の注意を払いながら、音無き弾が少女の胸に散った。駆け寄る少年と倒れた少女を再び光が照らす。微かに動く唇。



『貴方の国に栄光を(ナ・タルティアーレ)』



 それを読み取ると、すぐに2発目、3発目を撃ち込んだ。少年にはどれも当たることはなかった。全てを受け止めた少女は、ただ安らかな表情で生きる命の中に眠った。

 静まり返る夜の中で少年は立ち上がる。小さなその手に握り締めたナイフで、唯一、人以外が生きた証を切り払う。少女が生前行ったそれよりも豪快で頼りない。わけもわからず暴れる子供のように、それでも涙は見せず穴を掘る。自分よりも大きく深い真実の闇。少年が取り残されることのないよう、私は立ち上がる。少女の体を少年のもとへ、少年の体を生者の地へ引き上げる。二度と還らぬよう重さをかけ、来年の今頃咲き乱れるであろう同種の種を蒔く。

 私達は帰途につかねばならない。少年の背を押すとその地から遠ざかり始める。

 少年の鋭い眼光が私の瞳を射抜く。それすら私は受け入れる覚悟がある。少年と私を分かつ術の使い方。



「貴方の国に栄光を(ナ・タルティアーレ)」



 聞くとすぐに逸らす視線を、少年は前に置いた。マントを翻しながら闊歩する彼は、嗚呼、あの父親そっくりの背中。同じものをこれから背負っていくのだろう。喪失と出会いを繰り返しながらも釣り合わない体を整えていくのだろう。それは少年がその椅子に座る間にくるのだろうか。

 これだけは間違いなく言える。少年に刻まれてゆく過ぎ去りし日々は、常に少年を蝕み続ける。己の罪を、抗うことのできない運命さだめをいつも真剣に受け入れていくだろう。ガラスのように透き通った心は、その波動に耐え切る力を持っているのか。

 私が掲げるのは、幼い色の旗印のみ。それ以外は全て消し去ってしまおう。現にある頭は、もうすでに終わりを迎える。そんな退化などに興味はない。


 燃えよ、その命。栄えよ、我らの国よ。


 その為ならば同志さえも厭わない。この少年の背を追う者の保護国を。その為の対価なら、いくらでも払おう。


 少年にとってそれは甘き死か。

 少女にとってそれは憂い死か。

 されど、そこに意味はあり歴史を刻んでいくひとつの要。



 立ち止まる少年の背を押す。それでも動かない彼。あの父親にはない純粋な弱さが、その小さな胸中を支配し始めたのだろう。

「歩まなくてはなりません、王よ」

 覗きこんだことが最大の過ちか、少年の手が腹部に触れている。あたたかい命ある証を私は手に取る。

 恐らく少女は今の私と同じことを思って逝ったのだろう。



『貴方の国に栄光を(ナ・タルティアーレ)』







 白い鉄塔が照らす都市。整備された廃屋の群集地。その都市の周りを食い込むように囲む真っ赤な波。唯一昔の状態を保つ花々。

 住民の顔を覆うは生きていく為の術。彼等の心を覆うは行く当てのない怒り。

 少年を包むのは豪奢なマント。柔らかな手。しかし少年の足元には冷たい温もり。その上に立つ少年に、一体幾人の生者が賛同するのだろうか。

 そして、その全てを受け入れる大地は一体何を生かすのだろうか。



「僕の国に乾杯!(ラオ・パー)」



 小さな頭では精一杯の王冠が煌く。その希望に寄せられ、夢見がちな夢が集結する。

 終焉への誘い、そして創造の予告。

 鉄塔の照らす少年の面影。それは嗚呼、あの少女と同様の笑みをそこに貼り付けていた。





結構前に一日で部活用に仕上げたものです。

詩的な小説をに書きたかったので挑戦してみました。

自分の言語能力の足りなさを実感した作品でもあります。


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