いつも通りの朝
閉じた瞼がじんわりと温かく感じる。外はよく晴れているらしい。そろそろ起きる時間だろうか、ゆっくりと目を明るさに慣らしていく。隣で枕に顔を押し付けている晴海はまだ夢の中にいる。「ルカ、起きろ。そろそろ時間だ」いつもの様に声を掛ける。コイツの方が先に寝ているのに何故か俺の方が早く目が覚めるのだ。どうせならのんびりとまどろんでいたいのだが、起きてしまうものは仕方ない。カーテンを開けてベランダに出ると大きく背伸びをして全身を起こしてやる。アイツはまだ起きてこない。パンをトースターに放り込んでコーヒーを淹れる用意をしながら部屋の入り口に置いたイーゼルに目をやる。そこにはキャンバスの代わりにホワイトボードが立て掛けてあり、予定や伝達事項が書いてある。生活スタイルが違う俺たちの連絡手段としてなかなか優秀だ。スマホを使うのはどこか息苦しくて好きではない。
ポットからドリッパーにお湯を注ぎながら俺はもう一度アイツに声を掛けた。「いい加減起きないと晩飯がお前の奢りになるぞ」「ん、それは駄目だよルミくん」「じゃあ早く起きて来い」ベッドが軋む音がしてようやく起きてきた。俺より寝ているくせに毎度眠そうなのはどういうわけだろう。「おはようルミくん、いつもありがとう」「おう、ありがたいと思うなら自分で起きれるようになれ」「それは無理な話だよ」「知るか」俺が朝食の用意をしている間にルミは寝癖を梳かして着替えを済ませたようだ。俺はまだスウェット着のままなんだが。「まあいい、朝飯にするぞ」「朝目が覚めるとご飯がある幸せに乾杯~」「…頂きます」「うえぇ」ルカのコーヒーを飲む手が止まる。「ルミくん、苦い」「目が覚めただろ」「何で今日はこんな酷いことをするのさ~」「いつまでも あると思うな 俺と砂糖」「あと牛乳も!」「お前が昨日買ってくるのを忘れたからだろうが」「そうでしたごめんなさい」「今日は忘れるなよ」「善処します!」まぁコイツの言葉は当てにならないので俺が買って帰ることにするか。
「ほうひへばはぁ」「食ってから喋れ」「そういえばさ、洗濯物溜まってるよね?」「そうだな、昨日まで雨でようやく晴れたからな」「じゃあボクが干しておくね」「期待はせずに任せる」「もう!いい加減信用してくれてもいいと思うんだけど!」「今までの結果が全てを物語っているが」きっと俺が帰ってからアイロン掛けをすることになるだろう。濡れている時に服をパンと張ってシワを伸ばしてから干すように教えたはずなんだが。デニムは片足ずつ両側に引っ張ってからウエスト側と裾側を持って引っ張るとシワが寄りにくい。シャツは腋を中心に袖と胴を持ってパンと張るように。最後は左右とも肩口と裾を持って縦方向に張ること。いい加減覚えてもらいたい。
俺の苦労をよそにコイツは寝ぼけた顔でパンを齧っている。「今朝は可燃ごみの日だよね」「ああ、出るついでに持っていく」「ありがと~」さて、オママゴトの時間はこれくらいにして出勤するか。いい天気で気分も悪くない、定時で上がってどこかに寄り道しよう。「なぁルカ、お前夜はヒマか?」「うん、今日は特に予定無いよ」「仕事上がりにちょっとブラつくか」「いいね~、でもルミくんがそんな事言うの珍しいね」「たまには良いだろう」「うん、楽しみにしてる!」「はいよ。じゃあ行ってきます」「いってらっしゃい!」玄関には昨日磨いておいた靴が自分の役目を今か今かと待ち構えている。目が覚めて朝食を摂り仕事に向かう、いつも通りの朝。今日もそれは変わらないはずなのに何故かそわそわと落ち着かない。久しぶりに晴れたからだろうか。いつもより苦味の少ないコーヒーが入ったから、それもある。それ以上に目が覚めてもアイツが居る日常。それが堪らなく愛おしいと感じたからだろう。何を今更と思う気持ちもあるが、嬉しさには到底敵わない。わざわざ言ってやるのは癪だから黙っていよう。いつもより元気に靴を鳴らして、俺は仕事に向かった。