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畑にて

 戦いは終わり、悪の秘密結社の首領の日々も終わった。


 全て終わったと判断した俺は、回収した改人たちの魂や今まで頑張ってくれた諜報員たちを、元の体に戻して故郷へと帰した。

 けっこう諜報員という仕事にやりがいを感じていたやつら――主に食事処勤務――もいて名残惜しんでいたが、そのままにしておく訳にもいかないのでそこはちゃんと帰ってもらった。


 そして当然ながら俺も、元の人間――田畑(たばた) 良吉(りょうきち)として復活している。

 悪の秘密結社も改人も関係無い、ただの人間として。


 復活してからは魔人国で、とある貴族の世話になっている。

 名前はノルトロス・O・ヤッサン男爵、組織の諜報員でバッタ男の監視をしていた魔人だ。


 彼が諜報員となった経緯は、こうである。

 自らの領地に侵略してきた人間国と戦い、捕虜となり奴隷となったノルトロスは、やがて使いつぶされて死んでしまった。

 その直後にたまたま死体と魂を回収し、組織に勧誘したのが俺なのだ。


 諜報員として改良されていたノルトロスだが、全てが終わって元の魔人へと復活した。

 そして故郷でもある自分の領地に戻ったのだが、戦場で捕虜となり奴隷となったはずの領主が帰ってきたことで、大騒ぎとなった。


 領地自体は彼の14歳になる長男が継いでいたのだが、そこに死んだと諦めていたノルトロスが帰ってきたのだ。

 大騒ぎになるのも無理は無いだろう。


 で、戻る際に俺も一緒に連れて行ってもらい、俺をノルトロスを助け出した恩人ということにして男爵家に入り込み、今は使用人として屋敷に付属した畑の管理を任せてもらっている。

 人間国は大荒れな状態なので、実はこの生活はかなり助かっていたりする。


「おーいリョーキチくん、コーヒー豆はそろそろできたかな?」

 従者と一緒に馬でやってきたのは、男爵位に復帰したノルトロス・O・ヤッサンその人だ。


「まだですよ。品種改良には10日は掛かるって言ったじゃないですか、まだあれから7日ですよ」

「そうだったか? いゃあ、待ちきれなくてなぁ」

 ノルトロス男爵は諜報員だった頃の偽装で、喫茶店を営んでいた。

 元々世界各地からコーヒー豆を集めて、趣味で自らブレンドするほどのコーヒー好きだった彼は、全てが終わった時に俺を抱え込めば、品種改良したオリジナルのコーヒー豆を作れると思いついたのだ。


 そのノルトロスの思い付きと、今後の生活をどうしようと考えていた俺の思惑が合致して、こうしてヤッサン男爵家の使用人としての俺が誕生したというわけだ。


「あと3日待ってください。ちやんと注文通りに改良したコーヒー豆を収穫してみせますよ、領主様」

「う~む……やっぱり首領に『領主様』とか言われるのは、なかなか慣れんなぁ」

「慣れて下さい――あと首領は止めてくれませんか? 今は使用人ですから」

「あぁ、すまん。つい習慣で――では3日後、また様子を見に来る」

 つい最近まで上司と部下が逆だった俺たちは、まだちょっとぎこちなかったりするが、関係自体は良好だ。


「あとで収穫した作物を、屋敷に届けておきますねー」

 馬に乗って去っていくノルトロス――領主様の背中にそう声を掛けると、振り返ってこちらに手を降った。

 俺の作る作物は男爵一家にも、もちろん好評である。


 男爵家の畑の手入れはこのくらいにして、次は自分の畑へと向かおう。

 俺はノルトロス男爵から、自分用の土地を与えられているのだ。


 今日の収穫は、スイカだ。

 待ちに待った、異世界スイカを改良した、俺にとっては普通のスイカ。

 残る改良は甘さだけ。

 今回の改良で、きっと甘さだって向上して――。


「げふぅ……だコン」

「てめぇ、俺が楽しみにしてたスイカを先に食ってんじゃねーよ!」

 食べ散らかしたスイカの皮の横で、大の字になってお腹を膨らませている狐獣人の女の子――タッキである。


 こいつは獣人国へ帰らず、俺にくっついてきた。

 俺の畑で採れる作物はそこらの作物より美味しいので、それが目的とのことだ。


 でも俺は作物目当てだというのは、半分本気半分言い訳だと思っている。

 きっと馴染んだ相手と別れるのが寂しいのだろう、なんだかんだで子供だし。

 俺もなんだかんだで重宝してるから、無理に故郷に帰れと言うつもりは無かったりする。


「リョーキチさーん、お昼ですよー」

 俺たちの家のほうからやってきたのは、緑色の髪をなびかせたエルフのおねーさん。

 そのエルフさんは、元火事校長さんである。


 なんかね……ついてきちゃったのよ。

 で、一緒にノルトロス男爵の世話になって――一緒に住んでたりする。


 嫌なのかと聞かれれば、そんなことは無いと答えよう。

 ……美人だし。

 むしろ嬉しかったりする。


 これは……リア充の仲間入りをしたと考えていいんだよね?


「ありがとうエフェミア――今日はサンドイッチか、美味しそうだ」

 エフェミアというのは、火事校長の本名である。


「タッキちゃんは食べないの?」

「げふう……取っといて」

「タッキのやつ、スイカで腹いっぱいなんだよ。とりあえず放っとけばいいさ」

 ということで、サンドイッチを頂くとしよう。


 ふむ、肉野菜サンドと――こっちはフルーツサンド、中身はイチゴとキウイだ。

 肉野菜サンドの肉はローストビーフで、けっこうスパイスが効いていて美味しい。

 フルーツサンドもさすが俺が育てた果物、これも美味い――あ、噛んだら果汁があふれて、口からポタポタ(こぼ)れてしまった。


「あらあら――もう、リョーキチさんたら、汁が零れてますよ」

 火事校長――エフェミアがハンカチを出して、俺の口の周りを拭いてくれた。

 うわー、なんかこっ恥ずかしい……。


「リョーキチがニヤけてるコン」

 まだ大の字のまま転がってるタッキが、ニヤニヤしながら茶化してきやがった。


「うるせーよ。つか、いつまでも寝っ転がってないでスイカでも切りやがれ」

「ハイハイ、お邪魔虫は遠く離れたスイカでも収穫してくるだコンよー」

「いや、そこのスイカでいいから切れ」

「せっかくの気遣いをコン……」

「そういうセリフはまず起きてから言いやがれ」

 タッキは未だに大の字に寝っ転がったままである。


 …………


 そんな即席の家族ごっこみたいなやり取りをしていると、来客がやってきた。

 小柄で髭もじゃで、背中に背負子(しょいこ)を背負ったドワーフ。


「首領ー! ご注文の栗と柿の種、ついでにカカオの種も仕入れてきましたよー!」

「おおー! マジか! ありがとさん!」

 このドワーフの名はゴンダーラ、元カメレオンドワーフである。


 改人時代に諜報活動を主任務?にしていたカメレオンドワーフは、情報収集するのが楽しくなったらしく、元のドワーフに戻った今も行商をしながら、俺たちに各地の情勢を教えに来てくれているのだ。

 ついでに俺個人の畑で採れた作物を仕入れて稼ぎの足しにしているので、こっちも遠慮なく情報を聞けたりする。


「で、人間国の様子はどうよ」

 俺はゴンダーラ――元カメレオンドワーフの持ってきた荷物を吟味しながら、勇者のいなくなった人間国のことを聞いてみた。


「まだ絶賛大混乱中ですね。ついこの間まで奴隷にしていた連中の軍がやってきて、自分たちの国で幅を効かせ始めるとか、人間にとっては悪夢でしょう」

 我々の戦いに決着がついてすぐに、人間国に侵略されていた各国は軍を動かした。

 各国ともに、なかなか素晴らしい情報収集能力である。


 俺たちとの戦いで勇者と将軍、更には30万の軍勢を失った人間国には、各国の大軍勢に抵抗できる軍事力など残っておらず、人間国は瞬く間にドワーフ国・エルフ国・獣人国・魔人国の蹂躙する処となった。

 それでも人間国そのものは滅ぼされることもなく残り、今は各国と人間国で今後の国の在り方を話し合うことが決まっている。


「人間国にいたら、今頃俺の生活もキツかったろうなー」

 ノルトロス男爵の世話になっておいて、ホント良かったよ。

「ですねー。今まで他国の人を奴隷としてひどい目に合わせてきましたから、人間たちは占領軍の兵士にさんざん虐められてますよ」

「それでも、奴隷にされた人たちよりはマシなんだろうけどな」

 人間たちの今の現状も酷いのだろうが、実際に奴隷にされた人たちを見てきた俺としては、ついついそんな感想を持ってしまう。


「それでも見ていて気分のいいもんじゃありませんがね。やっぱり誰かが誰かを一方的に苦しめるってのは、見ていて反吐が出ますよ」

 ゴンダーラ――元カメレオンドワーフは、そう言い切った。

 自分は人間国に奴隷にされ殺されたというのに。


 そうだよな――そういう奴らだから、俺の作った組織の理念に賛同して、改人にまでなって勇者と戦ってくれたんだもんな。

 ゴンダーラに限らず、仲間だった奴らはみんなそういう奴らだった。


「だったら、そうだな――このまま人間への迫害が続くようなら、今度は人間を助けるための『悪の秘密結社』でも作ってみてもいいかもな」

「いいですね、それ! やるんなら自分にも絶対声掛けて下さいよ、絶対参加しますからね!」

「それなら私も参加しますわ」

「しょーがないから、タッキも手伝ってあげるだコン」

 半分冗談で言ってみただけなのだが、ゴンダーラもエフェミアもタッキまでも参加表明してきた。


「いやいやいや、仮の話だからな――このまま人間への迫害が続くようなら、考えるって話だからな!」

 そんな焦って言い訳がましいことを言っている俺を、ニヤつきながら眺めている3人。


 ありがとう、その時は頼りにさせてもらうよ。

 本当、こいつらの心は頼りになる。


 今のとこ、やる気無いけどね。


 …………


「それじゃあ、男爵様のとこにも行かなきゃいけないんで、とりあえず自分は失礼しますね」

 ゴンダーラは、ノルトロス男爵のところにも情報を持って行っている。

 こちらは俺のと違って有料だ。

 もっとも、情報の質も政治的なものだったりするので、俺に持ってくるようなものとは違うけど。


「あ、ゴンダーラにスイカ食わせてやるの忘れてた」

 異世界スイカを改良して日本産スイカに近づけた俺の畑産のスイカは、もはやこの世界では未知の食べ物みたいなものだ。

 ゴンダーラに持たせてやれば、いい商売になるだろう。

 プレミアがついて、いい稼ぎに繋がるといいな。


 せっかく作ったので、俺もいいかげんスイカを味見しよう。

 タッキに切らせて、俺はスイカを頬張る。


 シャリっという食感とともに、スイカの風味と甘さが口いっぱいに広がる。

 うむ、これこそがスイカだ。


 俺はスイカの出来に満足する。

 でもやっぱり、スイカは夏の暑い盛りに食べるのがいいよなぁ。


 今はまだ春。

 もう少し季節が進めば、夏がやってくる。


 今は春の終わりなのだ。

 つまり――。



【迫る初夏】



 なのだ。

 ……いや、なんでもない、気にするな。


 青空が見えているのに、小雨が降ってきた。

 ここのところ晴れ続きだったから、作物にとっては有難い雨だ。


 俺は雨を吸って黒くなった畑の土を見ながら考える。

 今度は何を植えようか……。


 柿と栗とカカオはもう決まっている。

 異世界品質のワサビとニンニクも品種改良したい。


 やりたいことはたくさんある。


 俺たちのスローライフはこれからだ!



 雨上がりの空を見上げると、ぽっかりと雲が浮かんでいるのが見えた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『異世界で★悪の秘密結社★を作ってみた』


 ~ お し ま い ~

これにて完結となります。


青息吐息でしたが、なんとかここまで辿り着きました。

『ちゃんと読んでるよ』『続き読みたい』と言って下さった方々のおかげです。

イヤ、本当に(^^;

そういう方がいなければ、適当な打ち切りエンドにしてしまうところでした。

ありがとうございます。


あと、完結まで読んで頂いた皆様も、ありがとうございました。


解説っぽい何か:【迫る初夏】ってなんのこっちゃ? と思われた皆様へ

この物語は、初代仮面ラ〇ダーにインスパイアとかオマージュとかリスペクト的な影響を受けて書かれた物語です。

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[良い点] これは素晴らしい小説 テンポも落ちも良い
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