【燃えろ魂】
「あとはお前たちだけだ、覚悟しろ――改人ども!」
そこにいたのは、バッタ男であった。
「なんで貴様がここにいる――いや、何をやったバッタ男!」
まさか!……まさか貴様!
「何をやったか?――俺は改人を倒しただけだ。そしてお前たちも倒して、改人をこの世界から消し去る!」
違う! そうじゃ無い!
俺が聞きたいのは、そういうことじゃ無い!
その赤く光り輝いた体、有り得ないほど増大しているその力――お前、まさか……。
「他の改人たちはみな倒されました! 私もそう長くは持ちませんオリ!――首領! 早くお逃げをオリ!」
逃げる?――すまん、それはちょっとできそうも無い。
何故ならこれは、全て俺の責任だからだ。
こいつを改人にしたのは、俺だ。
殺した時に魂を神様に届けなかったのは、俺だ。
俺のせいでこいつ――バッタ男は、ここまでやっちまったのだ。
バッタ男は元々は勇者だ。
だから【魂の刻印】を3つ持っている。
バッタ男の魂の刻印は、【勇者召喚】の洗脳を無効化した【支配無効】
他人のダメージを肩代わりする能力である【身代わり】
そして――。
「バッタ男、貴様――【燃えろ魂】を使いやがったのか!」
【燃えろ魂】――それは魂を燃やして能力を大幅に上昇させるという、バッタ男の持つ【魂の刻印】
しかしながらそれは、使用すると自らの魂を消滅させてしまう諸刃の剣なのだ。
「その通りだ、俺は最後の切り札である【燃えろ魂】を使った――全てはお前たち改人を、この世界から消し去るために!」
やはりそうか、使っちまったのか……この馬鹿野郎が!
「首領! 早くオリ!」
火事校長が必死に防戦し、俺を逃がそうとしているが――。
「すまんな、火事校長。俺は逃げるわけにはいかんのだ――そいつからだけは」
俺のせいで魂を燃やしちまった、そいつからだけは……。
「……了解しました、時間稼ぎは必要ですオリか?」
「頼む、あいつと話がしたい」
「善処しますが、長くは持ちませんよオリ。魂の回収、お願いしますオリ」
「任せとけ」
会話をしている間にも、バッタ男の猛攻は続いている。
元々攻撃に向かない火事校長――オリハルドラゴンは、防戦一方だ。
オリハルコンより硬い何重もの鱗に加え、魔道障壁を展開していてもバッタ男の攻撃は防ぎきれない。
「【燃えろ魂】を使う意味が分かってて使ったのか、バッタ男よ」
せっかく火事校長が命を張って時間稼ぎをしてくれているのだ、バッタ男と話を続けよう。
「もちろんだとも、俺の魂と引き換えにお前たちを滅ぼす力を手にできる!――それが【燃えろ魂】だ!」
「正気か!? 魂が消滅するんだぞ!」
「そんなものは百も承知に決まっているだろうが!」
バッタ男の拳が、ついにオリハルコンの重装甲を破った。
火事校長――オリハルドラゴンが倒された。
俺は火事校長の魂を回収して、次に来るであろう俺への攻撃に備える。
「簡単に言うな馬鹿野郎! 魂が……魂が消えちまったら、それで終わりなんだぞ!」
「それがどうした!」
それがどうしただと?
魂が消えるってのは、死ぬのとは違うんだぞ!
死んでも魂は残るんだ。
最後じゃない、まだそこから先があるんだ。
生まれ変わったり、俺みたいに違う世界に行ったり……次の命に繋がったりするんだ。
でも魂が消えたら、それで終わりだ。
そこから先には何も無いんだぞ!
あぁ……俺がこんなに人間を殺してもけっこう平気だった理由は、これだったのかもしれない。
死んでもその先には魂がある。
それを実感として知っていたから、死というものに対する罪悪感が軽くなっていたのかもしれない。
それが証拠に――。
俺はバッタ男の魂が消滅することに、こんなにも動揺している。
きっとそうだ。
【勇者召喚】を止めるのに躍起になったのも、勇者が増えることを阻止したかったからでは無い。
赤子の魂をエネルギーに変換されるのが、どうしても嫌だったからだ。
馬鹿だよなぁ……今頃そんなことに気付くなんてさ。
「魂を粗末にするんじゃねぇ!」
俺はバッタ男にブレスを吐く。
「さんざん人の命を奪ってきた、お前が言うな!」
軽々と躱すバッタ男。
「命と魂じゃ全然違うんだよ!」
今度はブレスを連射してみた。
「俺にとっては同じだ!」
バッタ男が避けるが――よし、1発かすった!
バッタ男のターンが始まった。
一直線に俺に向かって――速い!
避け損なって拳を食らった俺は、後ろへ吹き飛んだ。
「痛てえな――効いたぞ、おい」
「まだこれからだ――死ね、改人」
また一直線に突っ込んでくるバッタ男。
避けきれないのは分かっているので、今度は自分から後ろへと思い切り飛んでみた。
ガツン!と、それでもダメージを食らう――さっきよりはマシなダメージだが。
「くそったれが……だいたい何だって貴様は、魂を犠牲にしてまで俺たち改人を倒そうと――」
「改人が悪だからだ!」
バッタ男が叫んだ――心の奥底からの、魂の叫びだった。
「改人は殺すだけだ! 壊すだけだ! 不幸を創り出すだけだ!――誰も生かせない! 誰も助けない! 誰も守れない!――――そんなもの、この世界には要らない! 改人は、滅びなきゃいけないんだ!」
バッタ男がラッシュを仕掛け、俺の肉体がボロボロになっていく。
まだ死なねーよコンチクショウ!
ラッシュされてるってことはゼロ距離だ――これは避けられまい!
「貴様だって、改人だろうに!」
喰らえ!拡散魔道砲!
さすがに命中して、吹き飛ぶバッタ男――ちくしょう! やっぱ効いてねぇ!
「だから俺も要らない――俺も、滅びるんだ」
呟くように言ったそのすぐ後に、バッタ男が殴り掛かってきた。
俺も殴り返す。
バッタ男の拳が、俺のオリハルコンより硬い鱗を次々と叩き壊す。
俺のドラゴンの爪は、バッタ男を押し戻すことはできるがダメージを叩きだすことは出来ない。
「この大馬鹿野郎!」
俺はそんなことは関係無く、バッタ男を殴る。
意味など無い――やりきれない感情をぶつけているだけだ。
やがてバッタ男の拳が俺の鱗を貫通し、肉体を破壊した。
俺は拳を振るうことも立っていることもできなくなり、ついにその場に崩れ落ちた。
俺は負けた。
自分の命の終わりが感じられる。
「あぁ……イザミア……」
バッタ男の呟きが聞こえた。
辛うじて残っていた最期の力で目を開けると、そこには満足そうな顔をした1人の男が、立ったまま死んでいるのが見えた。
その死体からは、魂が出て来ることは無かった。
そして俺は死んだ。
――――
ドオオォォォン!と、再びバトラプリ山が大規模噴火を始めた。
巨大な噴煙が昇り、大量の溶岩が流れ出す。
降り積もる火山灰と流れ出る溶岩は、秘密基地を、畑を、戦場の全てを、いつしか何も無かったかのように覆い隠した。
勇者は全滅した。
悪の秘密結社は滅びた。
争いの種は消え去り――。
ようやく世界は、あるべき姿を取り戻すことができたのである。




