野呂田の戦い
― バトラプリ山・山麓の戦場 ―
さて、着実に勝利に近づいているとは思うのだが、1つだけ気になっていることがある。
それは未だに1人だけ【魂の刻印】を確認していない勇者のことだ。
たぶんこの戦場にいるとは思うんだけど、先ほどからそんなまだ見ぬ特別な能力を使っている気配は無い。
何か1発狙っているのか、それとも【魂の刻印】の能力が単にショボいだけなのか……。
先程から俺に近づいてくる敵がいないので、適当に戦場を眺める。
人間国の兵士もけっこう減ったな――残り20万というところか。
普通こんだけ減ったら軍としては瓦解するだろうに……ボルホアって、将軍としてはたぶん有能なんだろうな。
しっかし本当に敵が寄ってこないな。
これはアレかね、首領に敵を近づけまいと味方が頑張っちゃってたりしてるからなのかね。
トコトコとイノゴブリンが1匹近づいて来た。
どした? 伝令でも持ってきたのか?
そのままスルスルっと俺のそばまで来て――。
カチン!
俺の鱗にに剣を突き立てた。
はい?
なんですと?
俺に剣を突き立てたイノゴブリンが逃げる。
もちろん俺は無傷だ。
こいつまさか……。
「ちょっと待て」
即座に始末しようとする火事校長――オリハルドラゴンを制止し、俺は逃げたイノゴブリンを視る。
あぁ、やっぱりな。
※ ※ ※ ※ ※
音無 忍介
【魂の刻印:無音行動】 音を立てずに行動できる。
【魂の刻印:擬態変装】 あらゆる生き物に擬態・変装できる。
【魂の刻印:姿看破】 偽装・擬態・変装などを看破できる。
※ ※ ※ ※ ※
こいつは勇者だ。
しかも諜報活動向きの。
どおりで最近のイザミア捜索競争で、簡単に負けるはずだよ。
だが戦闘向きでは無いな。
ゴブリン隊くらいならなんとかなりそうだが、改人相手では話にならない。
現に俺は、さっきの攻撃程度では無傷だ。
おっ、今度は人間の兵士に化けた――と思ったら、今度は蜂ゴブリンに……へぇー、擬態したら飛べるようにもなるんだ。
忙しいやつだな。
頑張って擬態・変装を繰り返して逃げているが、実は俺には意味が無い。
だってあいつ、勇者だから【魂の刻印】を持っているんだもの。
俺には【魂の刻印】が見える、だからどんなに姿かたちを変えてもバレバレなのだ。
という訳で、現在蜂ゴブリンに擬態して飛び回っている勇者くんには、死んでもらおう。
「火炎ブレス、放射」
火を吐く俺、炎上する勇者。
うむ、また1人勇者が始末できた。
* * * 敵勇者の数:残り6人 * * *
「にしても、さっきから戦ってる気がしないんだよな……」
開戦してから俺は、拡散魔道砲と火炎プレスを1発ずつ発射しただけ。
ブッパするだけの簡単なお仕事しかしていない。
「首領はそのままご観戦下さいオリ、敵は私たちが殲滅いたしますオリ」
近くをウロチョロする人間の兵士をちょいちょい殺しながら、火事校長がそう言う。
そう言うんだけどさ……。
俺としてはもっと戦いたい。
せっかく再改良して強くなったというのに、これではあんまし意味が無いではないか。
でも積極的に前に出ると怒られそうなので、俺はまた観戦モードに戻る。
どこかに良さげなマッチメイクは無かろうか?
あ、あれなんか良さげだな。
緑の勇者vsメタルスライム
メタルスライムは、元ゴーレムエルフである。
そいでもって、エルフ×オリハルコンゴーレム×アシッドスライム×小型連射砲の魔具の改人だ。
メタルスライムと名付けたのは、単純に見た目からである。
ものすごく硬いオリハルコンゴーレム×アシッドスライムの段階で、ぷよぷよしてるくせにアホみたいに硬い謎金属になってしまった。
おまけで触れたものを酸で溶かすという……もう本当に謎金属。
そこに小型連射砲を追加してみたら、当然ながら発射するのは謎金属。
ちなみに発射された謎金属は、自力でメタルスライムのところに戻ってくる。
そんなメタルスライムと、緑の勇者が戦っていた。
「うぬぅ~、何故さっきから吾輩の攻撃が当たらんのだメタ! 避けるな勇者め、卑怯だぞメタ!」
「どこが卑怯よ! てか避けなきゃ当たるでしょうが!」
どうやら小型連射砲をバンバン撃ちまくっているメタルスライムと、空中を残像を使いながら回避している緑の勇者の図が、さっきから続いてるようだ。
「ええい! ちょこまかとメタ!」
緑の勇者の避け方は実に上手い。
普通に回避しているように見えて、さり気なくゴブリン隊やオーガ隊を、ちょこちょこ盾にしているのだ。
おかげで敵に比べて圧倒的に数が少ない戦闘員が、そこそこ削られている。
「【毒の霧】!」
緑の勇者が【毒の霧】を使い、更にこちらの戦闘員を削りに来た。
もちろん人間国の兵士も巻き添えではあるが、元々盾程度の価値しか無いのだから、あちらにとっては許容範囲なのだろう。
「無駄無駄ァメタ! 毒などこの吾輩には無駄なのですよメタ!」
別にお前を狙った毒では無いぞ、とツッコミを入れたいところだが――こいつそんなにおバカだったっけ?
プライドは高かった気はしたが……。
ひょいひょいと連射砲を避け、緑の勇者がメタルスライムへと肉薄する。
そして――ザクッと音がして、メタルスライムに刃傷が入った。
はい? 何ですと?
「うぎゃあぁぁメタ!」
メタルスライムが悲鳴を上げ、更に連射速度が上がった。
「効いたのか!?」
それを見た緑の勇者が、追撃を掛けようと態勢を整える。
ぶっちゃけあんなもんで傷がつくほど、メタルスライムはやわじゃない。
ふむ、だとするとダメージを受けたフリをしたのだろう。
緑の勇者を引き付けるための策だな、たぶん。
「もらったぞ化け物!」
「掛かったメタ!」
連射砲をかわして斬りつけた緑の勇者に、メタルスライムが肉弾丸を放った。
元々メタルスライムは普通のスライムの酸のように、肉体の一部を弾丸のように飛ばすことができるという能力を持つ。
小型連射砲を組み込んだのは、1度に放てる数が少ないのと射程の短かさを補うためである。
緑の勇者は被弾し、落ちた。
「吾輩の勝ちですなメタ」
止めを刺し終えたメタルスライムが胸を張る
勝ち誇るメタルスライムは、キラキラと輝いて見えた。
* * * 敵勇者の数:残り5人 * * *
――――
「【爆裂拳】!」
青の勇者――葵の爆裂拳で、鉄の筒から弾丸が飛ばされた。
ガギン!と、野呂田は翼でそれを叩き落とす。
今の野呂田なら、今の攻撃など棺桶で防ぐほどのものですら無い。
それほど今の野呂田は強い。
ワイバーンの代わりにドラゴン。
アイアンゴーレムの代わりにオリハルコンゴーレム。
それが野呂田を再改良した素材なのだ。
見た目こそほとんど変わっていないが、その力はもう葵程度の勇者の攻撃ならば、怖くはない。
なので野呂田は、わざと無防備に葵の前にその身を晒してみたのだ。
結果は有無を言わさぬ攻撃。
だから野呂田は決心した。
自らの手で、勇者葵を終わらせようと。
だがその前に少しだけ話がしたい。
野呂田は邪魔の入らぬよう、葵を戦場から連れ出すことにした。
バサリと羽ばたき、宙に浮かぶ。
そのまま飛行して、葵の両腕をがっちりと掴んだ。
「何をする!? 放せ!」
葵の声を無視して、野呂田はその場を飛び去った。
「勇者様!」
「アオイ様!」
人間国の兵士たちが、地上で叫んでいる。
その声はすぐに小さく、聞こえなくなった。
――――
「この辺りならいいだろう」
野呂田は掴んでいた葵の腕を放し、そっと地上へと降ろした。
「何のつもり?」
掴まれていたいた腕をさすりながら、葵が睨んできた。
敵を見る目である。
「少しだけ話がしたい――葵、戦いを止めるつもりはあるか?」
たぶん無理なんだろうな、と思いつつ聞いてみた。
勇者だった時の、自分の心の動きは覚えている。
『人間国のため』それが全てを優先するのだ。
命令に逆らえないのではない、それが自分にとっての生きる目的となっているのである。
「野呂田がテロリストを裏切って人間国に付くというのならば、戦いを止めることを考えてもいい」
葵の返事は、野呂田の予測の範囲内。
ダメ元とはいえ、やはり落胆せざるを得ない返事だ。
「それはできない」
野呂田が静かに答える。
「ならば戦うのみ――それが野呂田でも」
葵が拳を構えた。
それに対して野呂田は自然体で立っているだけである。
「知ってるか葵、魂は本当にあるんだぞ」
野呂田は話を続ける。
勇者だった頃は【魂の刻印】というものを持っていながら、魂そのものの存在は実感していなかった。
だが、組織の構成員となって改人が作られるのを見ていて、魂の存在が実感できるようになったのだ。
死んで、魂を回収され、新たな肉体に魂が入る。
そんな光景を見せられては、魂の存在を疑うことなどできなくなるというものだ。
「だから何なの、野呂田?」
律義に話が終わるまで、葵は待ってくれるようだ。
変身・合体中や長々と演説している最中に攻撃しないのが、漫画やアニメのお約束。
それが潜在的に刷り込まれいる、日本人ならではの行動だろう。
「俺たち召喚された者たちが死んだら、この世界の神様が元の世界に魂を返してくれると、ある人が言っていた」
「ある人?」
「そうだ、ある人だ――ちゃんと人間だから安心しろ」
嘘は言ってない、ただ人間だけど悪の秘密結社の首領なだけだ。
「それと元の世界の神様に直接頼めば、ひょっとしたら元の生活に戻れたり、転生できたりするだろうとも言っていた」
「元の生活……に……」
さすがに葵も反応した。
これで分かった、葵も元の世界に帰りたいのだ。
元の生活に戻りたいのだ。
ならば方法は1つ。
魂の存在にしてやるしかない。
「そうだ、だからそれにはまず――死んで魂にならないとな」
「結局それは戦うということじゃないか!【爆裂拳】!」
拳は野呂田に当たらない。
【自動回避】の魂の刻印を持った野呂田は、自動的に【爆裂拳】を回避してしまうのだ。
「すまない葵、その攻撃は俺には当たらない」
「【爆裂拳】!【爆裂拳】!【爆裂拳】――!」
何発打っても野呂田には当たらない。
「言ったろう葵、その攻撃は俺には当たらないんだ」
そう言うと野呂田は葵にゆっくりと近づき、葵をしっかりと抱きしめた。
【自動回避】が発動しないように。
「【爆裂拳】!」
今度は爆発が起きた。
そして【爆裂拳】が命中した野呂田の腹には、大きな穴が開いていた――そう、人間の姿の野呂田に。
「の……野呂田あんた……」
何故野呂田が人間の姿になっているのか、何故人間の姿の野呂田を自分は攻撃してしまったのか――葵は全てに困惑し、動揺した。
答えはすぐに聞けた――葵のすぐ耳元で。
「ありがとう葵……これで俺も……元の世界に帰れる……」
「野呂田っ!」
崩れ落ちそうになる野呂田の背中に腕を回し、葵が支える。
「だからさ……葵……」
ズドン、と葵の背中に何かが突き刺さった。
野呂田の右手には何時の間にか短剣が握られ、葵の背中に突き立てたのだ。
「あ……野呂田……なんで……」
「だから一緒に元の世界に帰ろう……元の世界に……日本へ……一緒に……」
2人は一緒に大地へと崩れ落ちる。
遠くで未だ続く戦いの音が聞こえた。
…………
荒れた大地に、倒れた2人の元勇者の姿があった。
崩れ落ちた2人の腕は、互いの背中をしっかり抱きしめていた。
* * * 敵勇者の数:残り4人 * * *




