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タッキの戦い



 ― バトラプリ山・山麓の戦場 ―


「魔力充填120%――拡散魔道砲、発射!」


 戦闘開始早々30万の軍勢に囲まれたので、とりあえず大量破壊兵器をぶっ放してみた。

 うむ、視界が開けた――1万くらいは巻き込んだかな?


 アニメとかマンガなら『これはもう戦闘じゃない……虐殺だ』なんて正義面したやつが言いそうな展開だが、生憎こちとらは悪の秘密結社、しかも大軍に囲まれている状況なんでそんなセリフは出ない。


 周りの戦場でも数百・数千単位で兵士が葬られてるところがあるようだが、兵士が引く気配は無い。

 こいつらまるで狂信者みたいだな。


 いや、別に狂信者の戦いとか見たこと無いんだけどさ。

 日本史にあった一向一揆とか島原の乱とかは、こんな感じだったのかね……?


 お前らこんだけ仲間が簡単に殺されてるんだから、退却するとか考えろよ。

 人間国の兵士は引く気配が無いが、俺の心はドン引きである。


 一時的にせよ周囲から敵がいなくなったので、俺は配下の戦闘に目を向けた。

 鉄の鎧を装備したゴブリン隊やオーガ隊は、地味に無双している。


 本当はオリハルコンの鎧とか着せたかったのだが、加工できる鍛冶屋が組織にいないので断念した。

 装備している鉄の鎧は、人間の職人に作らせた物である。

 ひと揃え作らせればあとは戦闘員に着せて量産できるので、装備を生き渡らせるのはけっこう簡単だ。


 ゴブリン隊は人間の兵士に囲まれて見えない。

 あいつら小柄だからな……。

 オーガ隊が無双しているのは見えている。


 ただでさえ人間にとってヤバい魔物なのに、猪とか狼で突進力とか素早さを大幅に上がっているのだから無双も当然だろう。

 あげくに鉄の鎧を装備しているとなれば……あれ? これってひょっとしたら、オーガ隊って初期の改人よりも強いんじゃね?


 無双しているイノオーガの頭上に、黒い何かが出現した。

 闇属性の魔法か何かかな?

 だけどそんな魔法が使えるやつなど――そうか、まだ【魂の刻印】を確認していない勇者がいたな。


 突如として、無双していたオーガとその周辺に居た人間の兵士が消えた。

 消えた!?……違う、吸い込まれた!?

 だったらさっきの黒いのは、まさか!?


「そこだゴール!」

 味方の改人――ゴールドストーンが、おそらく黒いのを出したと思われる相手に突進していく。

 その相手は、黒い鎧を身に着けたオカッパ頭の若い女――着物着せたら、お菊人形になりそうな女だ。


 さっきの黒いのがアレだとしたら、こいつは危険だ。

 すぐに俺は【魂の刻印】を確認する。


 ※ ※ ※ ※ ※


 黒崎(くろさき) 優里亜(ゆりあ)


【魂の刻印:重力穴】 超小型のプラックホールを創り出す。

【魂の刻印:将の器】 配下の能力が25%強化される。

【魂の刻印:黒い霧】 目くらましの黒い霧を発生させる。


 ※ ※ ※ ※ ※


 やっぱブラックホールかよ!


 ゴールドストーンの前に黒いやつ――ブラックホールが現れた。

 いや、何の予告も無くブラックホールとか出すの止めようよ!

 技の名前とか叫んでからにしようよ!


「ゴールドストーン離れろ! それはヤバい!」

「ゴール?」

 ゴールドストーンが俺の声に反応した。


「こっち見なくていいから、早く――」

「ゴ?……」

 遅かった。

 ゴールドストーンは、周囲の兵士ごと消えた。


 残されたゴールドストーンの魂が、何が起こったのか理解できずキョトンとしている。

 へぇー、ブラックホールって魂を吸い込まないんだ。

 初めて知ったこの事実……。

 迂闊な奴めと怒鳴ってやりたいところだが、ここまで付いて来てくれた奴だ……魂は回収しといてやろう。


「油断しおって、ゴールドストーンの阿呆めゴキ! 首領、あの敵は我にお任せあれゴキ!」

 傍らにいた肉壁団長――ゴキーモスが、黒の鎧の勇者へと向かうようだ。

 あと、俺が言いたかったことをよくぞ言った!


「抜かるなよ――あの黒いのには絶対に近づくな、それとやつは黒い霧を目くらましに使う」

「御意――霧ですか……それは我には無意味ですなゴキ」

 助言はした、肉壁団長なら任せても間違いはあるまい。


 肉壁団長――ゴキーモスが黒の勇者へと、人間国の兵士を蹴散らしながら進んでいく。

 その速さ、まるで無人の野を行くが如し。


 う~む……ガサガサというゴキ特有の足音さえ無ければ、天下無双の大将軍みたいなんだけどなぁ。


 ブラックホールがゴキーモスの進行方向に出現した。

 ブォン! という羽音と共に、ゴキーモスがそれを避ける。

「無駄だゴキ! 我が速さを見くびるなゴキ!」


 次々とブラックホールが出現するが、ことごとく――しかも易々と回避してのけるゴキーモス。

 吸い込まれているのは、ほぼ人間国の兵士ばかりだ。

 乱戦で使うと味方の迷惑だよね、ブラックホールって。


「ユリア様、一旦お下がりください! ここは私が食い止めます!」

 なんかモブ兵士がカッコいいセリフを言っているが、もちろん止められる訳も無い。

 ゴキーモスの前に、あっさり散って荒地の肥料となった。


「くっ……!」

 黒の勇者が初めて声を発した。

 なんか『くっ……!』とか言ってるし……。

 これは、オーク隊も作っておくべきだったか?


 黒い霧が黒い勇者の周囲に立ち込め、その姿を隠した。

「それも我の前では無駄だゴキ」

 ゴキーモスが、黒い霧に向かって冷凍ビームを放った。


 肉壁団長――ゴキーモスは、ドワーフ×ゴッドゴキ×ベヒーモス×冷凍ビームの魔具の改人である。

 ゴッドゴキは強靭な生命力を持つ、ゴキ系最強の生物である。

 ベヒーモスは巨大で圧倒的なパワーを誇る、災害とも言える存在の魔物だ。


 ここに物理攻撃ではない、冷凍ビームが加わった改人。

 それが暴力の化身――改人ゴキーモスである。


 黒い霧は、黒いが細かな水である。

 故に冷凍ビームによって、それは細かな氷となった。

 更に空気が冷やされたことによって、地面に向かって降りてゆく。


 黒の勇者は黒い霧を失い、姿をさらけ出すことになった。

 この無防備な隙を、ゴキーモスが見逃すはずも無い。


 ゴキーモスは一気に距離を詰め、鋭い足でその首を一薙ぎした。

 そのまま首を高々と掲げ、全戦場に向けて高らかに宣言をする。


「見よ人間ども! 黒の勇者の首、この改人ゴキーモスが打ち取ったりゴキ!」


 人間国軍に動揺が走る。

 戦況は動き出した。


 * * * 敵勇者の数:残り8人 * * *


 ――――


 ― 戦場・別な場所 ―


「あれは……奴隷の首輪だコン?」

 人間国の大軍に囲まれた戦場の中、タッキはようやく目標(ターゲット)を見つけていた。


 兵士たちが苦戦しているゴブリン隊やオーガ隊を、斬撃を飛ばして倒していた男。

 左足が義足の、真っ赤な鎧を着た勇者。

 タッキの兄の仇である、赤の勇者――辺雅(べが)である。


 仲間であるはずの灰の勇者の【精神状態変更】という魂の刻印により、狂乱(バーサーク)状態になり無差別攻撃をするようになった赤の勇者――辺雅は、これまで人間国に幽閉されていた。

 それが大規模決戦ということで、戦場に駆り出されている。


 狂乱状態を抑えるために、奴隷の首輪で自我を奪われて。

 兵器として機能するよう、命令に忠実になるように。


 奴隷の首輪を着けた赤の勇者は、真っ直ぐに立ったままで斬撃を飛ばしていた。

 元々彼のメイン攻撃である【飛斬撃】は、放つのに特にアクションや発声は必要無い。


 おかげで以前のように馬鹿丸出しで騒いでいるイメージで赤の勇者を探していたタッキは、発見するのが遅れてしまったのである。

「こないだまでのタッキならともかく、今のタッキには雑魚だコンねー」


 現在のタッキは、キツネ獣人×ドラゴン×人間の女の子の改人である。

 その名も自称――改人タッキドラゴン。


 さんざんアピールしているのだが、仲間たちはタッキとしか呼んでくれない。

 それがタッキには不満であった。

 ただそのせいなのかは知らないが、なんでかタッキが変身した時の語尾も『コン』のままである。


「倒すのは簡単だコンけど、とどめを横から取られそうだコンね」

 背中のドラゴンの羽で貧乏ゆすりをしながら、腕組みをしてタッキは様子を見ている。


 乱戦状態で敵味方がごっちゃなこの戦場だと、流れ攻撃でせっかく見つけた仇敵を殺されかねない。

 そう考えたタッキは、赤の勇者を誘導して戦場から引き出すことにした。


「ほーら、あたしは敵だコンよー」

 爪で攻撃すると重症になりそうなので、そこらの兵士の死体が持っていた剣を拾って切り掛かってみた。

 ガキン、と狙い通りに胴体部分の鎧に当たり、赤の勇者が吹っとぶ。


「あ、強すぎたコン」

 タッキは再改造した自分の力が、ここまで強くなっているとは思っていなかったのである。


「どおりで畑仕事が楽だと思ったコン」

 赤の勇者が立ち上がった。

 どうやらうっかり殺さずには済んだようである。

 どうせ殺すなら、しっかりと殺意を持ってなぶり殺したい。


「どうすればこっちを追いかけてくれるように――」

 カチン、と音がした。

 脚に飛んできた斬撃が当たったらしい。

 カチンという音は、タッキの鱗に斬撃が弾かれた音だ。


 にんまりとタッキが笑う。

 どうやら赤の勇者は、タッキを攻撃すべき敵と認識したようだ。

 タッキはわざと背を向け、少しだけ逃げてみる。


 振り返ると、赤の勇者が無表情な顔でこちらを追いかけてきた。

 成功だ!


「ほーら、(オーガ)さんこちらだコン!」

 タッキはおしりペンペンして挑発し、とっとこ逃げ出した。

 邪魔の入らない所へと。


 …………


「ここまでくれば、邪魔も入らないコンね」


 戦場から少し離れた場所、大岩の影に2人はいた。

 赤の勇者――辺雅が先ほどから斬撃を飛ばしているが、今のタッキはドラゴンの鱗に覆われている。

 カキンカキンと当たってはいるが、その鱗には傷一つついていない。


 無駄な攻撃を延々と繰り返す赤の勇者に、タッキは微妙なイラつきを覚える。

「なんか違うコン」

 そう呟いたタッキは、赤の勇者に素早く近づきその右腕を爪で切り飛ばした。

 タッキの速度は、赤の勇者に反応すらさせない。


 右腕を失ったというのに、赤の勇者からは相変わらず斬撃が飛んでくる。

 痛みなど全く感じていないかのように、変わらず無表情で。

「やっぱり、なんか違うコン」


 そう、違うのだ。

 本当はこいつを痛めつけ、苦痛に顔を歪めさせ、悔しがらせ、肉体だけでなく精神もズタズタに切り裂いてから、力の差を思い知らせて殺そうと思っていたのだ。


 たが、こいつは苦痛を感じていない。

 悔しさも感じていない。


「えいっ!だコン」

 今度は赤の勇者の右腕を切り落としてみた。

 切断面から血が噴き出す。


 斬撃がまだ赤の勇者から飛んでくる。

 変わらず無表情で、変わらず真っ直ぐ立ったままで。


 奴隷の首輪を破壊してしまえば、悔しがるだろうか? 痛みにのたうち回るだろうか?

 たぶんそれも無いだろう。


 奴隷の首輪が無ければ、こいつは狂乱状態となる。

 そうなれば痛みなど感じなくなるし、攻撃する――殺すことしか考えなくなる。

 それでは同じことだ。


 少しだけ考えて、タッキは大きく溜息をついた。

「はぁー……もういいやコン」

 タッキは痛めつけるのを諦めた、意味が無いからだ。


 あとできることは、殺す事だけ。

 タッキは心底つまらなそうな顔をして、赤の勇者の胴体のど真ん中に腕を突き入れた。

 吹き出る血、崩れ落ちる赤の勇者。


 あまりにもあっさりし過ぎて、拍子抜けだ。


「あっちもどうせ勝つんだから、もう帰ってもいいコンよねー」

 乱戦になっている戦場のほうを眺めて、タッキは言い訳のようなひとり言を口にする。


 なんでそんな言い訳のようなひとり言を言うかというと、まぁそういうことである。

「はったけっに返って♪ おっやつっだコン♪」

 鬼の居ぬ間になんとやら――タッキは今なら誰にも咎められることなく、畑の作物を食い荒らせると思いつき、それを実行すべく畑へと向かったのであった。


「ドラゴン改人の姿だと、スキップがしにくいコン」

 キツネ獣人の姿に戻り、スキップをしながら。



 ザシュッと音がして、急に視線が下がった。

「あれ? だコン?」


 驚いて周りを見ると、自分の下半身が倒れた。

 下半身?

 気が付くと、自分の上半身と下半身が、きれいに2つに切り離されていた。


 考えられることは1つ。

 赤の勇者の【飛斬撃】だ。


 そう思ってなんとか首を回して見ると、赤の勇者がぴくりと動いた。

 まだかろうじて、息があるらしい。

 だが斬撃は飛んでこない。


 さっきのが最後のあがきだったのだろう。

 すぐに赤の勇者は微動だにしなくなった、きっと今度こそ完全に死んだ。

 だけど……。


「やらかしたコンねー」

 力の入らなくなってきた体に、タッキは死を覚悟しながら思う。


 自分も死ぬだろうけど、仇は取ったんだからいいよね?――と。

 どうせリョーキチが後で復活させてくれるはずだが、絶対怒られるだろうな――と。

 なんせ死んだ原因が、油断と食い意地だったのだから。


「おなか……すいた……コン……」

 タッキは死んだ。

 赤の勇者も死んだ。


 戦場はまだ混沌としている。


 * * * 敵勇者の数:残り7人 * * *

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