悪 vs 悪
― バトラプリ山・麓の荒地 ―
「さすがに30万の軍勢ってのは、壮観だなぁ」
俺は腕組みをしながら、エデンドラゴンの姿で人間国軍の布陣を眺めている。
朝になり、両軍が布陣を整えた。
互いに軍勢を並べた荒地には、バトラプリ山からの火山灰が僅かだが降り続いている。
人間国軍は30万、我が『エデン』は僅か1000。
数の上では圧倒的に人間国軍のほうが上である。
だが人間国の兵士など、この戦場では勇者の目くらまし兼肉壁でしか無い。
またこちらのゴブリン隊や新造のオーガ隊も、我々改人の露払いでしか無い。
戦いの主役は我々改人vs勇者なのだ。
オーガ隊、結局ぶっつけ本番の運用になっちゃったな……。
…………
「そろそろあちらの布陣も整ったようですなゴキ」
すでに改人の姿にに変身している、肉壁団長――改人ゴキーモスが人間国軍の動きを見て言った。
「こちらの準備は?」
そう言う俺も、人間国軍の動きをさっきから見つめている。
「万端に整えておりますゴキ――まぁこちらは数が少ないですから、簡単ですゴキ」
肉壁団長は半ば小勢である自軍への自虐、半ば数など関係無いという自信の笑みを浮かべながら言う。
「だったらそろそろ始めるとするか」
「突撃させますゴキか?」
「うんにゃ、まずはあちらの偉いさんとお話だ」
俺はエデンドラゴンの姿から人間の姿になり、人間国軍へと向かって歩いて行く。
「ほう、その姿で行きますゴキか」
後ろで肉壁団長の声がするが……お前その声は絶対面白がってるだろ?
そう――俺は人間の姿で、人間国軍の前に姿を現してみせたのだ。
俺は30万の人間国軍の前に進み出た。
そして大声で問う。
「そちらにボルホア将軍はおられるか! 俺が秘密結社『エデン』の首領だ! ボルホア将軍閣下と、少し話がしたい!」
人間国軍全体がどよめく。
敵の親玉が自分たちと同じ『人間』であったことが、信じられないのだろう。
やがてそのどよめきの中から、1人の人間が前に進み出てきた。
ついてこようという護衛を制止し、たった1人で我々の前に出てきた男――魔道写真で見た顔、あいつがボルホアだ。
さすが、いい度胸をしているじゃないか。
「はっはっはっはっ! これはさすがの私でも驚いたぞ。まさか我が人間国を脅かしていたテロリストの首領の正体が、人間だったとはな!」
ボルホアが、心底愉快そうに笑った。
これから決戦だというのにこの余裕、やっぱり肝が据わってやがる。
「むしろあんたたちが気付かなかったことのほうが、こちらには驚きだったがな」
そのうち気付かれるだろうなとは覚悟していたんだが、結局最後までバレなかった。
俺の正体どころか、諜報員の1人も疑われてすらいない。
敵は人間以外、という思い込みがもたらした結果であろう。
思い込みとは怖いものだ。
「面白いが気に食わんな……ひとつ聞きたいことがある――どうして貴様は、同族である我々人間を裏切った!」
どうして、と言われてもね。
畑を焼かれたからとか、神様に頼まれたから、とか言っても信じないだろうなぁ。
「裏切ったとか言われても困るなー。それに俺は厳密に言えば、あんたたちの同族では無いと思うぞ」
「同族では無いだと!?」
「俺はそもそもそこにいる勇者たちと同じ『異世界人』だからな――もっとも勇者たちと違って、俺は召喚された訳じゃないが」
そう、俺と勇者たちは異世界から来た人間だ。
厳密に――例えばDNA鑑定でもすれば、実は全く別種の生き物ということもあり得る。
姿かたちが同じだからと言って、それをもって同族とは言えない。
「『異世界』から来たから、同族では無いと?」
「そういうことだ」
「だから裏切ったと?」
まぁ、それもある。
「それとあんたたち人間国のやり口が、俺の癇に障ったんでね。おかげさまで俺が、邪魔してやろうと組織を立ち上げることになったわけだ――この『悪の秘密結社』をな!」
俺は両手を広げて、組織の軍勢を示した。
これが我々、悪の秘密結社なのだ。
「悪の秘密結社だと?」
ボルホアが今更な疑問形で聞き返しやがった。
いままで何度も派手に宣伝したはずなんだけどなー。
おかしい……なぜ伝わっておらんのだ……。
「そうだ、そして今の我々の組織の名は『エデン』――勇者を抹殺し人間国の衰退を企む『悪の秘密結社エデン』だ!」
最後くらいは、正式名称を認識しといてくれよ。
「うはははははは! 聞いたか軍の兵士諸君! あいつらは『悪の秘密結社』だそうだぞ! そうだ、あいつらはつ自らを『悪』だと認めている――つまりは我々が正義だと認めたということだ!」
おお――! と人間国軍が盛り上がる。
ボルホアめ、なかなかやるじゃないか。
ここで兵士の士気を上げやがった。
「あはははははは!」
「何か可笑しいか?」
いやいやすまん、つい笑ってしまった。
「そうか――はははは――お前たちは正義のつもりなのか」
「当然だろう。我々人間国は正義、貴様らは悪――それが真実だ!」
どこが真実だか。
いや、見方を変えれば正義かもしれないな。
我々の歴史を見れば分かる。
古来から、最も殺し合いを扇動してきたもの――それが『正義』なのだから。
だが俺は、目の前のこいつらが『正義』と言うつもりは無い。
【勇者召喚】で赤子の魂を大量に犠牲にし、召喚した勇者で他国を侵略する。
そんなもの、どう理屈をこねまわしても『正義』とは言えんだろう。
だから俺は言ってやる。
「何が『正義』だ――俺に言わせりゃお前らも『悪』、これから始まる戦いは『悪』と『悪』との戦いだ」
人間国も俺たちも、さんざん身勝手な人殺しをやってるんだ。
それが『悪』と『悪』以外の何だというのか。
「我々人間国も『悪』だとぬかしおるか?」
その通り、お前ら人間国も悪だ。
「そうさ、お前たち人間国も俺たちもさんざん自分たちの都合で他人の命を奪ってるんだぜ――だからさ――」
俺たちだってもちろん『悪』だ。
だから俺が作った組織は『悪の秘密結社』なのだ。
俺は人間から、エデンドラゴンの姿へと変身する。
「だからお互い、『悪』の自覚くらい持とうや」
「突撃せよ!」
俺が変身して放った一言が切っ掛けとなり、人間国軍が動き出した。
「蹂躙するゴキ!」
肉壁団長が叫び、こちらの軍勢も動き出した。
人間国軍vsエデン
『悪』vs『悪』の最後の戦いが、ついに幕を開けたのである。




