開戦前夜
― ハバメフ砦跡の戦場 ―
「よし、俺も能力の試運転をするぞ」
他の改人たちが活躍する中、俺だけが戦っていなかったのでちょっと消化不良。
なので肉団子(仮)の殲滅は、こっちでやらせてもらおう。
拡散魔道砲、発射準備だ!
俺の改人としての現在のスペックを、ここらで紹介しておこう。
俺は再改造で、人間×レインボウドラゴン×オリハルコンゴーレム×拡散魔道砲の魔具の改人となっていた。
あらゆる属性のブレスを吐き、あらゆる属性に耐性を持つレインボウドラゴン。
やや弱点とも言える物理攻撃への防御力を高めるために、オリハルコンゴーレムを交配。
そして拡散魔道砲で、広域殲滅攻撃を追加した改人。
それが俺――改人エデンドラゴンである。
拡散魔道砲の目標は、肉団子(仮)全体。
込める属性は、全属性。
レインボウドラゴンの有り余る魔力が、砲身へと集中する。
「魔力充填120%――発射!」
特に必要は無いが、叫んでみた。
魔力充填のくだりは、ちょっと言ってみたかっただけだ。
巨大な魔力の塊が発射され、拡散される。
拡散されたその力は、大地を蠢く異形の怪物を覆いつくした。
ドドドドドドドドド、と凄まじい総量の魔力がさく裂する。
さく裂した光が収まったそこには、生きている者は残っていなかった。
なんか思ってたより凄い、ここまでの威力とか想定外なんすけど……。
肉団子(仮)の処理も終わったので、俺たちは人間国軍の前に立つ。
さて、勇者らしき人間は――いた、でも二人だけ。
先ほどから【メテオ】を使っていた小豆色の勇者と、毎度おなじみ白の勇者。
たった2人か……。
ついでだから勇者の数を減らそうとか考えていたけど、ここで思いついた。
メッセンジャーに使おう。
話しかけるなら、やっぱ知り合いに。
「やぁ、白の勇者――白場くんだっけ? ちょっといい?」
「誰だ貴様?」
あれ? 何か反応が……。
そうか、この姿で会うのは初めてだもんな。
そりゃ分からんか――ではまず自己紹介でもしよう。
「我らは秘密結社『エデン』――俺はその首領だ。以前お前に殺されたカブトムシ男、と言えば分かるか?」
「あっ……!」
思い出したらしい。
俺は左手を上げて、改めてご挨拶。
「よっ! 久しぶり」
敵に向かってちょっとフレンドリー過ぎたろうか?
「復活したのか……以前と姿が変わっているな」
そう、その通りだよ白の勇者くん。
「あのままだと勇者には勝てそうに無かったのでな、自分を再改良してみた――強さはさっき見せた通りだ」
凄かったっしょ? 拡散魔道砲――俺も驚いたくらいだし。
「で、本題は何だ? 新たな力を自慢しに来たのでは無いのだろう?」
そうだよ、忘れるとこだった。
本題に入ろうか。
「もちろんだとも。提案なんだが――今までのようにチマチマ戦うのは止めにして、全軍をぶつけ合う決戦をしないか?」
「決戦を……?」
うん。
「場所はこちらの本拠地のある、バトラプリ山のふもとでどうだ? あの辺なら一般人に被害も出ないし――あとこれは信用してもらうしか無いんだが、罠も仕掛けないから安心してくれ」
お互い全力を投入した、正々堂々の真っ向勝負といこうじゃないか!
……俺が言うとものすごい今更感があるけど、そこは気にするな。
「そう悪い提案では無さそうだが、俺の一存では返事はできん」
白の勇者――白場が、腕組みをしながらそう返答を返してきた。
そりゃそうか。
「もちろん持ち帰って、ボルホア将軍と相談してくれて構わん――あぁ、返事は軍勢でいいぞ」
というか、どうやって返事を伝えてもらうかとか考えて無かったし。
人間国軍の連中がザワザワしてる。
小豆色の勇者も。
「ハクバ様……」
「白場さん、どうするんです?」
別にいいよね、白の勇者くん。
「もし仮に、この場で断ったらどうなる?」
おや白の勇者さん、お迷いですか?
違うな、この質問はアレだ――部下の手前聞いてみたというやつだ。
だったら『Yes』と言いやすい理由を返してやるのがいいだろう。
「断るならこちらから攻め込む、当然市街戦も辞さない――分かってるとは思うが、我らとお前たち勇者が本気でぶつかれば国都の1つや2つ簡単に消し飛ぶぞ」
これは冗談ではない。
メテオだの拡散魔道砲だの、そんなものバンバン使ったら街なんぞすぐ壊滅だ。
白の勇者が、こちらをじっと見ている。
こちらの真意をしっかりと見極めようとしているのだろう。
「もう1度言うが、罠のような小細工はしないから安心しろ――何故ならば、正面から全戦力をぶつけ合っても、我々が負けない自信があるからだ」
白の勇者の目が変わった。
「分かった、持ち帰って伝えよう」
間違い無い。
あの目は戦闘モードだ、俺は何度もあの目を見ている。
気が早いよ。
「では、良い返事を待っている――ボルホア将軍によろしくな、是非とも1度お目にかかりたいと伝えておいてくれ」
俺はそう言って、仲間に合図を送った。
俺たちは飛び立ち、基地へと帰還する。
これで勇者vsエデンの決戦が実現するだろう。
ボルホアが渋ったとしても、白の勇者が説得してくれるはずだ。
あいつは最高に信用できる敵なのだ。
見送る視線を感じる。
今度その目を見る時は、殺し合いの時だな。
楽しみにしておけ、白の勇者。
次はこっちが殺す番だ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― ハバメフ砦跡地・夜 ―
イザミアが死んだ。
改人に殺された。
バッタマンに変身して全力を出したが、それでも何もできなかった。
イザミアを止めることも。
イザミアを守ることも。
せっかく【身代わり】という能力があったにも関わらず、使う間さえ無かった。
イザミアの代わりに死ぬこともできたはずなのに、俺はおめおめと生き永らえている。
俺は自分がヒーローになれていると思っていた。
だけどそれは、間違いだった。
何がヒーローだ。
俺は無力じゃないか。
そうだよ、俺はそもそもヒーローなんかじゃ無い。
元々は組織に改良された改良人間――改人なのだ。
改人って何だ?
なんでそんな者が、この世界にいるんだ?
ズンクル村から去ったイザミアを利用していたのも改人。
そのイザミアを殺したのも改人。
守れなかったこの俺も改人。
この世に改人などいなければ、イザミアは死なずに済んだのだろうか?
そもそも改人とは、いったい何なのだろう?
いくら考えても、答えは出なかった。
疑問とイザミアとの思い出が、頭の中で取り留めも無く渦巻く。
改人はいつの間にかいなくなっていた。
あいつらが飛び去って行ったのは、向こうの空だったな……。
俺は鉛のように重い足を引きずりながら歩く。
改人なんて、いなければ良かったのだ。
俺自身も改人……だからいなくなればいいのだ。
イザミアとのほんの僅かな想い出が、かろうじて俺を生かしていた。
一緒にいた時間は、宝物だった。
イザミアはもういない。
俺は改人のいるこの世界が、大嫌いだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 秘密基地・畑 ―
「いよいよ明日か」
人間国軍は動いた、なんと30万という大軍勢で。
今は山麓の荒地に集結し、決戦の時を待っているところだ。
「緊張してるのか?」
そう聞いてきたのは、ゴブリン隊の収穫を手伝っている野呂田だ。
正直もう戦闘員であるゴブリン隊を増やす必要も無いと思うが、なんとなく何かしていないと落ち着かないので、俺たちはちまちまと収穫して時間つぶしをしている。
「緊張しているっつーか、落ち着かん」
「だからそれ、緊張しているから落ち着かないんだろう?」
あぁそうか、そうだよな。
「緊張してるのかー、俺は」
「そういうことなんだろ?」
同郷の異世界人である野呂田と俺は、いつの間にやらお互い気楽に話せる間柄となっていた。
元の世界の話題を話せる、というのも大きかったのだろう。
「ところでお前いいのか?」
「何がだ?」
「人間国との決戦に参加することがさ――正直、戦力は足りているんだ。無理にお前が出なくても、十分に勝算はある」
人間国軍には野呂田の顔見知りの勇者もいるのだ、やりにくいのは間違いないはずだ。
「参加させてくれ。これは、何と言うか――けじめだ」
「けじめか……」
野呂田は今まで自分が加担してきた人間国の行いに、思うところがあるのだろう。
でもさ……。
それ言っちゃうと、俺の立場がなー。
悪の秘密結社なんぞ作って、人間を殺しまくってるんだぞ?
けじめなんて取りようが無いっつーの。
つーか、けじめなんて取るつもりは無いぞ、俺は。
悪の組織の首領らしく、開き直って残りの人生を満喫してやる!
俺、この決戦が終わったら、のんびりスローライフするんだ……。
……うむ、これはなんかフラグっぽい気がする。
口に出さないで良かったかもしれない。
そんなどうでもいい考えに浸っていると、野呂田が話を変えてきた。
「なぁ……死んだ勇者は、復活させちゃ駄目なのか?」
知り合いの勇者でも、生き返らせたいのだろうか?
だが、残念ながらそれはできない。
「復活させてもイザミアの【勇者召喚】で洗脳された勇者は、元には戻らない――天使さん経由で神様にも聞いてみたけど【勇者召喚】で呼ばれた魂は、こっちの神様が正式に譲り受けた魂じゃないから、こっちの神様には修正できないんだとさ。だから復活させるとまた勇者やっちゃうから、無理」
「そうか……そうだよな。そんな都合の良いことができるなら、とっくに首領がやっているよな……」
そう、俺だってできるならやってる。
「だから勇者の魂はこっちの神様に頼んで、元の世界の神様に渡してもらってる――やっぱ魂くらいは、元の世界に帰してあげたいしね」
そのくらいのことはさせてもらうさ、大した手間でも無いし。
「元の世界か……元の生活には、やっぱり戻れないんだろうなぁ……」
さて、どうだろうな?
ぶっちゃけ元の世界の神様の手に魂が渡ってからどうなるかは、俺は知らん。
知らんが、希望はあるのではないかと俺は思う。
「そこはダメ元で、元の世界に帰ったら神様にお願いしてみたらどうだ? 神社にお願いするのとは違って、直接なら願いごとを聞いてくれるかもしれないぞ?」
勇者の魂は、異世界に勝手に召喚された魂だ。
神様だって特例で、生き返らせてくれそうな気がしないでもない。
「そうか、そうだな……ダメ元で、神様に頼んでみるか」
「生き返るのが無理だったとしても、転生くらいはさせてくれるだろう」
させてくれるよね、神様?
「転生か……」
野呂田の目が、遠くを見ている。
あぁこいつ、自分が死んだ時のことを考えてるな。
だったら今のうちに、聞いておいたほうがいいだろうか?
「なぁ野呂田、この戦いが終わったらお前、どうしたい?」
この世界で生きていくなら、支援くらいはする。
元の世界に戻りたいなら、それでもいい。
ただこの世界で生きていくなら、ちょっと監視はさせてもらうけど。
元勇者で【魂の刻印】なんてものも持っているわけだし。
「俺は……俺は元の世界に――日本に帰りたい」
ポソッと野呂田が呟く。
「そうか、分かった」
だったらお前の魂を元の世界に絶対に帰してもらえるように、改めて神様に頼んでやる。
お安い御用だ、任せとけ。
さて、そうと決まれば何か食べよう。
腹が減ったわけでは無い。
なんかそんな気分になってしまったのだ。
「ちょっと休憩しようか、確かバナナが食べごろだったはずだ」
バナナの収穫そのものは既に終わっていた。
今はバナナ畑の真ん中に作った室で、熟成中である。
「バナナか……決戦に持って行ってもいいかな?」
野呂田、お前な……。
「遠足かよ!」
「いやいや、長丁場になった場合のカロリー摂取は必要だろう?」
「真面目か!」
もうちょっとネタに付き合ってくれてもいいのにさ……。
つまらん奴め。
「いいよじゃあ持ってけよ、バナナはおやつに入らないから持ってけよ」
「おやつ持って行ってもいいのか?」
「いいよ」
「ポテチの作り置きって、まだあったっけ?」
「甘いぞ、たぶんタッキに食いつくされてるはずだ」
バナナはさすがに食いつくされてはいないよな?
かなりたくさんあったはずだし。
組織で唯一改人ではない非戦闘員である道具博士は、既に故郷である魔人国へと帰した。
なので食料を荒らす住人は、今はタッキだけだ。
そんなこんなで、畑のバナナ地区へ。
うっそうと茂るバナナの木。
甘い濃い香りが、畑を満たしている。
「げふぅ……」
どこからか、ゲップの音がが聞こえてきた。
誰かは見なくても分かる。
あいつめ見ないと思ったら、こんなところでバナナ食ってやがったか……。
「おーい、どこに転がってるんだタッキ。野呂田がポテチの作り置きが残ってるかってさー」
「げふぅ」
「ゲップで返事してんじゃねーよ。どこだー?」
ゲップはすれども姿は見えず……と、いたな。
畑に大の字になって転がってた。
なんでこいつは動けなくなるまで食うかな。
「お前はホントに食い倒れるの得意だな、分けて食うとか考えないのか?」
「だってこれが最後になるかもしれないコンよ……げふぅ……食べとかないとだコン」
いやいや、最後にとかなる予定とか無いから。
「勝つんだから、最後にゃなんねーよ。だからそれは食い倒れの言い訳にはならん――正直に言うが良い」
「……食べたかったんだコン」
「正直でよろしい」
なんで変な言い訳をわざわざするかな、こいつは。
「で、ポテチは?」
「飽きたから残してあるコン」
「だそうだぞ、野呂田」
「じゃあ明日のおやつに持っていきます――バナナどうぞ」
室からバナナを取り出して、野呂田が差し出してきた。
食べごろだな。
ひと口頬張ると、バナナ特有の香りと甘みが口いっぱいに広がる。
1本食べ終わるころには、軽く眠気がしてきた。
どうやら食いしん坊のおかげで、緊張がほぐれたらしい。
寝られそうだし、そろそろ寝るとしよう。
明日は朝から大仕事だ。




