イザミアを倒せ!
― 秘密基地・畑 ―
桃の実が生った。
生ったはいいけど、火山灰をうっすら被っているので洗わないとならん。
やっぱ畑は地下に移そうかな……。
ズンクル村がイザミアの魔法陣と小豆色の勇者の【メテオ】で壊滅してから、早くも半月が経過した。
俺は今後の方針を決めかねて、あれからずっと畑で悩んでいる。
「これから――もぐもぐ――どうしたもんですかねー」
「種は――もぐもぐ――このカゴに入れるだコン」
一緒に収穫をしていたタッキにそう言われたが……いや、そうでなくてさ。
俺は桃の種をどうするかでは無く、組織の今後のことについて悩んでいるのだ。
勇者と今すぐ決戦してもいいのだが、イザミアが気になって仕方ない。
サヒューモ教の大聖堂を破壊した今、【勇者召喚】の可能性はイザミアを殺せば完全に無くなる。
これまで2度も【勇者召喚】をされて、それまでの努力をひっくり返されていた身としては、何とかしてその可能性を0にしたいのである。
だが肝心なイザミアには逃げられて、まだ行方は掴めていない。
ぶっちゃけるとなんかね、こんな中途半端な感じで勇者と決戦とかしたくないのよ。
どうせなら勇者との決戦に勝利した時に、全部スッキリとした気分になりたい。
よっしゃ終わったーー!! みたいな気分になりたい。
そのためにイザミアを、しっかりと始末しておきたいのだ。
ついでだからにそれまでの時間で、新規に召喚された勇者たちの【魂の刻印】を全て確認しておきたい。
確認できているのは、銀の勇者と小豆色の勇者2人だけ。
残り2人はまだなのだ。
ちなみにこないだのどさくさで確認した、小豆色の勇者の【魂の刻印】はこんな感じ。
※ ※ ※ ※ ※
小豆畑 兵八
【魂の刻印:メテオ】 隕石を召喚し落下させる。射程1852m
【魂の刻印:変わり身】 自身を中心とした半径333m以内の人間と、自身の位置を入れ替える。
【魂の刻印:温度変化無効】 温度変化によるダメージを無効化する。
※ ※ ※ ※ ※
【メテオ】の威力は、この前見た通り。
【変わり身】は、回避に使われると厄介そうだ。
【温度変化無効】ということは、火とか冷凍とかの攻撃は効かない。
こいつは前もって周囲の人間を排除しとけば、なんとかなりそうな気がする。
【メテオ】は一応気を付けておこう。
残りの2人も確認したい。
だが人間国軍がどこかに隠しているらしく、なかなか居場所が判明しない。
おかげで見に行けず【魂の刻印】を確認することができないのだ。
このままイザミアが見つからないようなら、いつものごとく勇者の人数を削りにいこうかな……。
そんなことをボーっと考えていたら、肉壁団長が畑までわざわざやってきた。
どしたん?
「首領、イザミアの所在が判明しました」
おぉ!それは朗報ではないか!
「どこだ?」
「それが……」
歯切れが悪いね、どした?
「イザミアは、獣人国――金獅子元帥のところへ逃げ込んだようです」
はい? なんですと?
「何がどうしてそうなった?」
何だろう、頭は痛く無いのに頭痛のポーズを取ってしまったぞ。
「詳しい経緯は、まだ分かっておりません」
という肉壁団長の説明だが、ちょっとした疑問が。
「しかし、良くイザミアが金獅子元帥のところにいると特定できたな」
獣人国には、諜報員は僅かしかいないはずなのに。
「それが……」
いや、まだ何かあるんすか……。
「人間国の村が2つほど獣人国に襲撃され、村人が例の怪物化したとの報告がありましたので」
マジかい……。
「それでイザミアの居場所が分かったと……?」
「はい……そして獣人国軍と怪物化した村人が、金獅子元帥の支配下であるハバメフ砦に戻っております」
なるほど――それで金獅子元帥のところにイザミアがいる、という報告になったわけだ。
ふむ……。
ちょっと引っかかる。
「ところでその情報、どこから入ってきた?」
「はい、人間国軍に潜入させている諜報員からですが……」
どうしてそれを聞くのか? と、顔で俺に聞く肉壁団長。
「人間国軍は、どうやってその情報を手に入れたんだ?」
俺は、半ばひとり言のように聞いた。
「目撃者が多数あったようで――どうかされましたか?」
別にどうもしない。
あぁ、そういうことかと腑に落ちただけだ。
「たぶん罠だな、しかも単純なやつ」
「人間国軍をおびき寄せる、ということでしょうか?」
うむ、たぶんそうだ。
「ハバメフ砦は確か谷間を塞ぐような関になっていたはずだな?」
そう、ハバメフ砦は山と山の間――渓谷の間にある道を塞ぐように、人の流れを堰き止めるようなダム型の砦となっている。
「はい、元々が攻略困難な砦な上、金獅子元帥が率いる元モフトピアの改人が加わったことで、難攻不落となった関砦となっおります。
肉壁団長、説明セリフをありがとう。
「俺だったら、敵が殺到する砦の前にイザミアの魔法陣を、広範囲に展開しておくだろうな――ついでに勇者の1人でも巻き込めりゃ最高だ」
「なるほど……更に兵士を怪物化すれば、戦力の増強にもなりますな」
「人間国が引っかかればだけどね」
イザミアの魔法陣が人間を怪物化したのは、人間国軍も知っている。
何と言っても、あの場に人間国軍も勇者もいたのだから。
だから無警戒に攻め込むとは、考えにくい。
だが、ハバメフ砦を拠点に人間国内の街や村を襲われ、例の怪物――肉団子(仮)を増産されるというのは、人間国軍としても避けたいだろう。
だからと言って、周辺の街や村の全てを軍と勇者で守るという消極的な策は、大量の軍の配備が不可欠となるので、そうすると他の地域の戦線が薄く脆くなってしまうのだ。
必然、人間国軍としてはイザミアの籠る、ハバメフ砦の攻略に乗り出さざるを得ない。
イザミアの魔法陣を避けてハバメフ砦を落とすには……遠距離攻撃の弓矢とかバリスタ程度では、落ちる物も落ちないよなー。
ん? 待てよ……。
「そうか、小豆色の勇者の【メテオ】があったな」
【メテオ】を砦目掛けてガンガン落とせば、ハバメフ砦くらい簡単にブッ壊せる気がする。
つーか、攻城兵器としては最高なんじゃないか?【メテオ】って。
「なるほど、それがありましたな」
考えた末に俺が出した結論に、肉壁団長がうなづいた。
そうなるとアレだ。
「イザミアが砦の破壊に巻き込まれて死んでくれれば、人間国軍の勝ちなんだが……」
もうここまでくると、どっちがどこまで読んでるかで勝負は決まるんだが――最終的にどうなるかさっぱり分からん。
「で、我々『エデン』はどう動きますか?」
そう言われて気付いた。
肉壁団長め、俺の考えが纏まるように相槌を打っていたな……たぶん。
良く出来た幹部だ、俺には勿体ないくらい。
「どうもこうも無いさ――魔法陣を避けて、空からイザミアを殺しに行く。人間国軍の攻撃に合わせれば、こちらの動きも読まれずに襲撃できるはずだ」
魔法陣の発動キーはイザミア自身なので、必ず近くにいるはず。
なので俺たちは、そこを狙うのだ。
「では、そのように皆に伝えておきます」
「頼む――今度こそイザミアの首を取るぞ」
悪の秘密結社『エデン』の方針は決まった。
人間国軍のハバメフ砦襲撃に合わせて、イザミアの首を狙う。
名付けて『油揚げを狙うトンビ作戦』だ!
……ふつうに『漁夫の利作戦』とかのほうがいいかな?
☆ ★ ☆ ★ ☆
― テンジェの街 ―
街の人たちが噂話をしている。
「モッキ村とソシンク村が、獣人国にやられたってよ」
「なんでも村の人たちが化け物にされたって話よ、怖いわねぇ」
村の人たちが化け物に……ひょっとして、イザミアが……?
俺――本号隼太は、ズンクル村でイザミアを見失った後、彼女を探して近くの村や街を転々としていた。
そして辿り着いたこのテンジェの街で、ようやくイザミアに関係すると思われる噂を耳にした。
噂話が本当なら、イザミアは獣人国の軍にいるのだろうか?
まさか今度は獣人国に捕まって、利用されているのでは!?
俺は居ても立っても居られなくなる。
だがどうすれば……どこへ行けばいい。
「近々、軍が討伐に向かうらしいわよ」
「そうなの? 頑張ってほしいわねぇ」
引き続き、噂話が耳に入ってきた。
そうなのか、軍が……。
だったら軍の向かうところに、イザミアがいるのかも!
まずは軍の動向を探ろう。
どこへ向かうのか調べて、先回りをするのだ。
そして、必ずイザミアを救い出す!
命に掛けて救い出す!
イザミアは、俺に感謝してくれるだろうか……。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― ハバメフ砦付近・上空 ―
「動きませんね、首領オリ」
すぐ隣を飛んでいるオリハルドラゴン――火事校長が、待ちくたびれたのか話しかけてきた。
正直、俺もダレてきている。
きっと、他の仲間も同様だろう。
出撃している仲間は前回同様、火事校長の他に元蝙蝠エルフのソニックパイア、元蜂ドワーフの女帝ビー、元キノコドワーフのゴールドストーン。
俺を含めて、計5名である。
地上部隊は、今回は呼んでいない。
イザミアの魔法陣に引っかかって、むざむざと敵戦力になってしまうのを防ぐためだ。
我々5名で十分という、自信があってのことでもある。
俺たちは人間国軍の動向を見守りつつ、ハバメフ砦の戦況を見守っている。
今朝からずーっと、高高度で。
おかげで昼飯を食い損なった。
「昼間の内には動くと思うんだが……」
人間国軍だって、イザミアは取り逃がしたく無いはずだ。
だったら明るいうちに仕掛けてくるはず……。
人間国軍は、ハバメフ砦から離れた小高い丘の上に布陣している。
しかしながら、布陣したままで動く気配が未だに無いのである。
ふいに、空の色が変わった。
少しだけ、オレンジがかった黄色に。
来た――メテオだ。
「始まったぞ、みんな当たるなよ」
落下する5つの隕石。
それらは全て、ハバメフ砦を目指していた。
ドオオォォォン!ドオオォォォン!と音を立てて、隕石が砦に次々と命中した。
穴が開き、亀裂が生じ、崩れ落ちる砦。
5つの隕石が命中したハバメフ砦は、何の抵抗もできずに全壊した。
ハバメフ砦は落ちた。
「落ちましたねゴール……」
ゴールドストーンが、ちょっと驚いた風に呟いた。
それほどハバメフ砦は、あっけなく落ちた。
「どうしますソニ?」
と、ソニックパイア。
どうしますって言われてもなー。
「しばらく様子見しておこうか」
様子見しながら考えるさ。
「交代で監視致しますかビー?」
女帝ビーの提案だが……。
「いや、何があるか分からんから全員で――そうだ、腹が減ってるから悪いけど眷属に命じて、その辺の木の実でも運ばせてくれるか?」
女帝ビーは、ドワーフ×キラービー×皇帝蜘蛛×障壁の魔具の改人である。
最凶の蜂と言われるキラービーに、蜘蛛の群れを率いて狩りをする皇帝蜘蛛、そこへ防御として障壁の魔具を交配した集団戦を得意とする改人である。
最大の特徴は、あらゆる蜂と蜘蛛を眷属として操れる能力だ。
この世界には、人間にとって恐ろしい脅威となる蜂や蜘蛛が存在する。
女帝ビーは、それら天然の戦闘員を大量に動員することができるのだ。
「では、適当に何か運ばせますビー」
「頼む」
俺たちは蜂たちの持ってくる食料をちびちび食いながら、人間国軍の動きを待つ。
まだ春も半ばというのに、食べられる木の実や草の実というものは、けっこうあるものだな。
だが蜂たちよ、イモムシを持ってくるのはちょっと止めてくれ。
確かに火魔法で焼いたら、イモの味がする――そこそこ美味い、それは認める。
だけどやっぱし、気持ち悪いんよ。
…………
そうこうしているうちに、ようやく人間国軍が動き出した。
おそらく崩壊したハバメフ砦の確認と、がれきの撤去が目的で。
ハバメフ砦さえ無ければ、渓谷の間は通過し放題となる。
人間国軍は、獣人国に攻め入る玄関口を手に入れたのだ。
慎重に砦跡を調査しながら、がれきの撤去を始める人間国軍。
これまで何事も起こらない。
やがて人間国軍は、全軍を挙げてがれきの撤去に取り掛かった。
その時、それは起こった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― ハバメフ砦の渓谷の上 ―
見つけた! イザミアだ!
俺――本号隼太は人間国軍の動向を探って、軍の攻略目標がハバメフ砦だということを突き止めた。
まさか俺に、情報収集の才能があるとは……。
そんなことはどうでもいいな、話を戻そう。
ハバメフ砦にイザミアがいるにしても、まさかに正面から探しに入れる場所では無い。
俺はまず渓谷に登って、上から様子を見ることにした。
夜になったら、隙を見て飛び降りるつもりで……。
ところが、その様子を見るために登ったはずの渓谷の上で、軍と思しき少人数の集団を見つけたのだ。
そしてその中に彼女はいた。
見間違えるはずが無い。
イザミアだ。
話声が聞こえる。
「人間国軍は、予想通り全軍でがれきの撤去を始めました」
「やはり掛かったか――イザミア殿、予定通りだ」
伝令役と思しきパンダの獣人の報告に、司令官然としたライオンの獣人が返事をした。
まさかイザミア……またアレをやるつもりなのか!
駄目だ! そんなことをしちゃいけない!
君はそんなことをする人では無いはずなんだ!
気が付いたら、俺はイザミアの前に飛び出していた。
「止すんだイザミア! そんなことはしちゃ駄目だ!」
「人間だ! 止めろ!」
「近づけるな!」
俺とイザミアの間に、兵士が立ちはだかる。
「邪魔だ! どけ!」
俺はバッタマンに変身して、兵士を蹴散らした。
邪魔をするな!
ドン!と、衝撃が走った。
俺が飛ばされている――何に!?
「邪魔はさせないツノ!」
俺にぶつかってきたのは、長い角を持った……犀?
犀のくせに羽がある――こいつまさか、改人か?
「首領の差し金ですヘル?」
狼のような頭と、大きな竜種の翼を持った奴が言った。
間違いない、きっとこいつも改人だ。
「首領か……あり得るな――ふん!ならばこやつは、とりあえず凍らせておくかヒド」
いつの間にかライオンの獣人が、7つの長い爬虫類の首とモコモコの丸く白い胴体を持つ怪物となっている。
その7つの口から、白いブレスが吐かれた。
ブレスが俺を覆う。
これは……冷たい! 動けない!
「冷気のブレスだヒド。貴様はそこで我らの力を目に焼き付け、首領に報告するが良いヒド――我らがどれだけの力を得て、どれだけ迂闊に手が出せぬ存在となったかをな」
俺を凍らせた奴が何か言っているが、何のことだかさっぱりだ。
「では、始めてもよろしいか?」
「始めてくれ、人間どもに目に物見せてやろうヒド」
イザミアの体に描かれた魔法陣が光り始めた。
駄目だイザミア! それはやっちゃいけない……光らせちゃいけないんだ!
渓谷下の砦跡に、光が移る。
光は大勢の人間国軍の兵士を包み込み、大きく輝く。
光が収まったその場所には、大量の異形の怪物が蠢いていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― ハバメフ砦付近・上空 ―
「首領、 光りました! イザミアの魔法陣ですゴール」
ゴールドストーンが、人間国軍を包み込んだ光を見て叫んだ。
「目を凝らせ! 近くでイザミア本人が光っているはずだ、絶対に見逃すな!」
俺は全員に指示を飛ばす。
もっとも、そんな指示など無くても全員が必死にイザミア本人の光を探していたが。
「見つけましたソニ! 右側の渓谷の上、砦のほぼ真上の位置ソニ!」
でかしたソニックパイア! 俺も見つけたぞ!
「よし! この機を逃さずイザミアを討つ! 邪魔する者は駆逐しろ!」
俺たちは、一気にイザミアを目指す。
今度こそ逃がしはしない。
…………
急降下して、俺はイザミアの前に降り立った。
「さて、初めましてだったかな? イザミア。それと――」
俺は周りにいるいくつかの見た顔に目をやった。
金獅子元帥に黒犀大佐、あとはヘルバーン……生き残りは、こいつらだけか。
「裏切り者の諸君、久しぶりだな」
「うおおぉぉぉーツノ!」
ツノサラマンダー――黒犀大佐が、突撃してきた。
恐怖にでも駆られたか?
――阿呆が。
ガキンッ!と金属音がして、黒犀大佐が弾き飛ばされた。
「無礼者め。お前ごときが首領に敵意をむけるなど、100年早いオリ」
俺の親衛隊を自称する火事校長――オリハルドラゴンが、黒犀大佐の前に立ちふさがったのだ。
黒犀大佐の自慢の角は、根元からへし折れていた。
オリハルドラゴンは、エルフ×オリハルコンゴーレム×スケイルドラゴン×魔防障壁の魔具の改人だ。
……長いな。
オリハルコンゴーレムは、そのままオリハルコンでできたゴーレム。
スケイルドラゴンは、全身を強靭な鱗で幾重にも守られているドラゴン。
魔防障壁の魔具は、地水火風光闇全ての属性を防ぐ障壁を張る魔道具である。
これらを交配したオリハルドラゴンは、つまり防御に特化した改人なのだ。
黒犀大佐の突進程度では、びくともするものでは無い。
「まったくですよ……こいつはおいらが処理しておきますゴールね」
少し遅れて降りてきたゴールドストーンが、黒犀大佐の首をストンと落とした。
ゴールドストーンは、ドワーフ×ゴールドゴーレム×ストーンドラゴン×送風機の改人だ。
なんで送風機? とか思うかもしれないが、交配によって強化された送風機の風は、荒れ狂う暴風・竜巻並みの威力となるのだ。
ゴールドゴーレムは、もちろん金でできたゴーレム。
ストーンドラゴンは、外皮が石のような硬さで代謝が早く、何重もの石の鎧を着こんでいるようなドラゴンだ。
動くたびにポロポロと落ちる石の外皮は、ドラゴン由来なのでそこそこ価値がある。
ぶっちゃけると、改人化すると外皮が石ではなく金になるので、落ちるのは石では無く金となる。
つまりゴールドストーンは、組織の金策のために作った改人なのだ!
金策のために作った改人だが、一応ドラゴン系の改人だからかなり強い。
黒犀大佐程度では、相手にならなかったのを見れば解るだろう。
「ヘルバーン! イザミア殿を連れて――」
「無駄ソニ」
金獅子元帥がヘルバーンに何事か命じようとした、たぶんイザミアを逃がそうとでもしたのだろう。
だがソニックパイアがそれを妨害すべく、ヘルバーンの前に立ち塞がった。
「邪魔だヘル!」
ヘルバーンが火の玉を吐いた。
だがソニックパイアはその身体を黒い霧と化し、火の玉は素通りをする。
ソニックパイアは、エルフ×バンパイア×ソニックドラゴン×偏光サングラスの改人だ。
バンパイアは言わずと知れた吸血鬼、先ほど黒い霧となったのはその能力。
そしてバンパイアの最大の弱点である太陽の光を防ぐのが、偏光サングラス。
ソニックドラゴンは、ドラゴンとしては珍しい音波ブレスを吐くドラゴンだ。
「だから無駄だと言ってるソニ」
ソニックパイアがヘルバーンに向かって、音波ブレスを吐いた。
「お、あ……」
ヘルバーンの肉体は、強力な音波――つまり空気の振動で、瞬く間にボロボロになった。
「これで終わりソニ」
ソニックパイアがその鋭い爪でポロポロになったヘルバーンを真っ二つにして、勝負はあっけなくついた。
ヘルバーンは、ソニックパイアの敵では無かった。
「……くっヒド! まさかここであんたに復讐をされるとはなヒド」
金獅子元帥が俺を睨む。
「復讐? 別に俺は、お前たちに復讐してるつもりは無いぞ」
「何をおっしゃられるやら……現にこうやって――」
「俺はイザミアを処分したかっただけで、お前たちがそれを邪魔してきたからついでに処理しただけだ」
「な……ヒド」
金獅子元帥が言葉を失った、こいつ本当に俺が復讐に来たと思ってたらしい。
確かにいずれ処理するつもりではあったけどね。
「だからまぁ……ここは黙って、イザミアを殺させろ。お前だってイザミアのヤバさは知っているだろう?」
黙ったまま、金獅子元帥がさらに険しい目で俺を睨んだ。
睨んだところで、こいつには何もできまい。
「殺れ」
俺は女帝ビーに向かって、イザミアを殺すよう命ずる。
だがしかし……。
女帝ビーが動く前にザクッと音がして、イザミアの胸から剣が突き出た。
へ? 誰が?
女帝ビーは、まだ動いて無い……よね?
ドサリとイザミアの死体が崩れ落ちた。
その死体の後ろにいたのは……。
「カメレオンドワーフ!? おま……何でここに?」
イザミアを殺したのは、まさかのカメレオンドワーフであった。
「何でって、諜報活動で潜入してましたオン」
「何でイザミアを殺してんの?」
「いや、だって、首領が命令したんじゃないですかオン。そこにいた自分にオン」
そこは俺と女帝ビーの中間地点、イザミアのすぐ横だった。
あれ? お前そんなとこにいたの?
あぁ、保護色使ってたのか……いや、全然気づかなかったよ!
「えーと……まぁ、それならそれでいいや。うむ、良くやったぞカメレオンドワーフ」
とにかくこれで、イザミアの脅威は排除された。
めでたしめでたし。
「首領ビー」
「ん? 何だ女帝ビー」
女帝ビーが、何か言いたそうだ。
「わらわだけ、出番がありませんビーわ」
わらわだけって……いや、俺も特に出番が無いのだが。
ふむ……。
「じゃあ、それでも処分しとけ――裏切り者だし」
俺は金獅子元帥をアゴで指し示す。
「承りましたビー」
女帝ビーがニヤリと笑顔を見せて、金獅子元帥を見た。
脱兎のごとく逃げ出そうとする金獅子元帥。
そりゃそうだろう、黒犀大佐とヘルバーンがあっさり潰されたんだ。
これだけの戦力差を見せつけられたら、逃げる以外の選択肢は無いだろう。
「う……動けないだとヒド!?」
逃げようとした金獅子元帥の動きが、急に鈍くなりジタバタし始めた。
「逃がすと思いましたかビー?」
あぁ……女帝ビーの糸に絡めとられたか。
「こんな糸など!」
金獅子元帥――ヒドラフロストの7つの首が、冷気を吐いた。
糸を凍らせて弾力性と伸縮性を奪い、力づくで砕くつもりなのだろう。
しかしながら、冷気が効果を発揮する前に蜂と蜘蛛の大軍が襲い掛かった。
女帝ビーの眷属たちである。
大量の毒針と糸が、金獅子元帥に襲い掛かる。
「うおぉぉ! くんぬぅ!」
纏わりついて攻撃してくる蜂と蜘蛛を、なんとか振り払おうとしている金獅子元帥。
「時間が掛かり過ぎビーね」
それを見ながら、女帝ビーは数本の細い糸を飛ばす。
クイッと、その糸を女帝ビーが引くと、金獅子元帥――ヒドラフロストの7つの首が、ポトポトと落ちた。
俺を裏切った者たちは、これで全滅となった。
また空の色が変わった。
再び、少しだけオレンジがかった黄色に。
小豆色の勇者の【メテオ】だ。
大量に生み出された肉団子(仮)を、叩き潰そうというのだろう
下を見ると、半数ほど残っていたはずの人間国軍が、さらに半分になっていた。
肉団子(仮)も半分近く減っていたので、勇者もかなり奮闘しているのだろう。
隕石が落下した。
落下した周囲は大混乱だ。
あんなんで、ちゃんと肉団子(仮)を殲滅できるのかね?
ちょっと心配になったので、俺たちも参戦するとしよう。
ついでだから、勇者も少し削っておこうかな。
「みんな、下に降りて肉団子(仮)を殲滅するぞ」
もうここには、用は無いしな。
そう、用は無い。
用は無いんだけど、ちょっと気になってることはある。
さっきから気になってはいたんだが……。
バッタ男よ、お前なんでそんなとこで氷漬けになってんの?




