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クーデター(前編)

 ― 国都・宰相府執務室 ―


 ドタドタと無遠慮に執務室へと入ってきたのは、人間国将軍ボルホア・キルバニアと兵士たち。


「何事だねボルホア将軍、いきなり入ってくるとは無礼であろう」

 人間国宰相モハツト・ボウムキンが、白く長い髭をさすり顔をしかめる。


 ボルホアはそれに答えず、黙って顎で兵士に指示を出した。

 すると兵士の1人が懐から1枚の紙を取り出し、モハット宰相の目の前で、見せつけるように広げた。

「モハツト・ボウムキン! 宰相の任を解き、国家反逆罪で逮捕・拘束する!」


「何だと!?」

 驚愕するモハットを顎で指し示し、ボルホア将軍が無慈悲な一言を告げる。

「そいつを連れて行け」

 モハットは抵抗も空しく、兵士たちに拘束された。


「ええい放せ! 国家反逆罪だと!? ふざけるな!」

 兵士に両脇を拘束されながら、激昂するモハット。

「知らぬふりをしても無駄だ。モハット・ボウムキン、貴様が宰相の地位にありながらテロリストに資金を流していたのは、既に確認済みである」

 ボルホア将軍は、暴れるモハットを冷たい目で見下ろした。


「ふざけるな! そんなことをわしがする訳が無かろう!」

「白々しい――国の予算から資金をプールしテロリストに流していたことは、お前の部下が既に吐いている。今更無関係を装おうとしても無駄だ」

「拷問して無理矢理言わせたのだろう!」

「失敬な、自白だよ」

「嘘をつけ!」

「嘘ではない、裏も取れている――テロリストの為にプールしてあった資金は、実際に存在し回収済みだ」

「違う! あの資金はテロリストとは無関係で……」

「語るに落ちたなモハット。これであの資金が、お前が国庫から私的に流用するために盗んだものだと証明されたわけだ」

 ボルホアとモハットが互いに睨み合う。


「ふざけるなボルホア! 国王陛下は……陛下はこのことを知っているのか!」

 怒りの形相で、抗議をするモハットであったが。

「当然だろう、その逮捕状を良く見てみろ」

 ボルホア将軍はそう言って、兵士の広げている紙を指差した。


 じっくりとその紙を見つめていたモハットが、信じられないという表情になる。

「こ……これは国王陛下の印綬……」

「理解したか、だったら神妙に縛に着け」

 冷酷な目をしながら、ボルホアが言い放った。


「ボルホア貴様、たかが戦のためにここまでやりおるか!」

 扉の外へ引きずり出される寸前、モハッドが最後の抵抗とばかりに言う。

「たかが戦……? それは見解の相違だな、全ては国家の為だ――連れて行け」

 その言葉に対するボルホア将軍の答えは、もう話すことは無いとでも言いたげな態度での、兵士への命令であった。


 宰相であったモハットが兵士に連行され、宰相執務室にはボルホア将軍1人が残された。

 他に誰もいなくなった執務室で、ボルホア将軍はさっきまでモハットが座っていたイスを見る。

 そしておもむろに、主のいなくなったそのイスに座った。


「ふん、これが宰相のイスか……」

 そう満足そうに呟くボルホア将軍に、人間国の実権は握られた。


 こうして人間国は、軍が完全に実権を握る国家となったのである。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ― 秘密基地 ―


「は? 人間国でクーデター?」

 俺は想定外の事態に驚いている。

 というか何がどうしたと?


「将軍のボルホアが、宰相のモハットを国家反逆罪で捕らえたとのことです」

「これで人間国は、軍に掌握されたと考えて間違いありますまい」

 赤河馬参謀と金獅子元帥からの報告である。


「国家反逆罪?」

「我がモフトピアに、資金を流した容疑を掛けられているようですな」

 何それ? 俺はそんなもん知らんぞ。

「誰か、その資金とやらを受け取ったか?」

「…………」

 皆、顔を見合わせて沈黙している。


「なるほど、えん罪で宰相を引きずりおろしたのか……」

 えん罪まで使って追い落とすとか……そこまでやるか。

「起きてしまったことを考えても仕方ありません。それよりも軍に掌握された人間国への対策を考えるのが先かと存じます」

 確かに、赤河馬参謀の言うとおりだ。


「軍に掌握された人間国、か……」

 あんまりいい予感はしないな。

 軍の動きがこれまでより活発になるということだし、物資が軍に吸い上げられると組織の店以外で美味い物が食べられなくなる。

 つーか、ウチの組織の店だけまともに営業してたら不自然だよなー。

 諜報活動にも影響が出そうだ……。


「これで人間国の他国への侵略が、大規模化するのは間違いありません」

 うんうん、とうなづく俺――だよね金獅子元帥、俺もそう思う。

「組織に必要な物資が、人間国内では手に入りにくくなる恐れがあります」

 うんうん、とうなづく俺――そうだね赤河馬参謀、俺もそれは心配だ。

「だったら人間国の軍隊が増強される前に、人間をやっつけちゃいましょう!」

 うんうん、とうなづく俺――なるほど黒犀大佐くん、それは……ん?


「それは却下」

「なんでですか! 今、首領うなづいたじゃないですか!」

「いや、つい流れでうなづいちゃっただけ」

「そんなー!」

 黒犀大佐くんが抗議の声を上げるが、却下は却下だ。


「首領、先ほどの黒犀大佐の提案、悪くないと思うのですが何故却下なのです?」

 赤河馬参謀が今更なことを聞いてきた――お前だって知ってるだろうに。

「俺たちモフトピアの標的は、あくまで勇者だ。副次的な要素で軍隊も巻き込むことはあるが、それはあくまでもおまけ、軍隊そのものを相手にするつもりは無い」

 そもそもこのモフトピアを結成するときに、その辺は言い含めてあるだろうに。


「ですが、軍が増強され他国が侵略されると、また『勇者召喚』をされる恐れがあります。軍を叩くのは、それを防ぐことにはなりませんか?」

 食い下がるね、赤河馬参謀。


 言いたいことは分かる、でもどこかで手を出す相手に明確な線引きをしないとなー。

 でないと『軍を弱体化させるために、民間人を虐殺して人間国の国力を下げよう!』とか、やっちゃいそうだもの。

 幹部の人たちが、とかではなくて他ならぬ俺がさ。


 線引きしないで何でもありにしちゃうと、無茶苦茶やっちゃいそうで怖いんだよ……俺が。

 目標は勇者だけと決めている今でも、通商破壊して経済を破綻させるとか、田畑に病気とか害虫をまき散らして国ごと飢えさせるとか、水源に猛毒を流してやるとか、ロクでもない作戦を頭の中では考えちゃってるのだ。


 線引きを考えずに何でもアリにしちゃうと、他でもない俺が何をやらかすか分からないのである。

 だから却下。


「赤河馬参謀の言わんとしてることは確かにその通りだと思うが、それでも却下だ。我々モフトピアが倒す対象は勇者のみ、この一線だけは譲れない」

 俺のワガママかもしれないが、分かって欲しい。

「……分かりました。差し出がましいことを申し上げたこと、謝罪いたします」

 たぶん渋々だろうが、ここは赤河馬参謀が引いてくれた。


「いや、組織のことを考えてくれてのことだろう、謝罪はいらんさ――俺は畑に行ってついでに対策考えてくるから、引き続き情報収集頼む」

「はい、行ってらっしゃいませ」

「こちらでも対策を考えておきます」

「首領! 頑張って下さいね!」


 黒犀大佐に何でか『頑張って』と言われたので。

「おう」

 と返事を返して、俺は畑へと向かったのであった。


 ――――


 ― 組織の畑 ―


 そんなワケで、俺は組織の畑で作物のお手入れ中。

 いい知恵が浮かばない時は、畑仕事に限るのだ。

 えーと、ここの作物はあと少しかな?

 あ、あそこには肥料足さないと……。


「しゅりょー、トウモロコシが食べごろだコンよー」

 と言って来たのは、畑の管理を任せているタッキだ。

 タッキのヤツは、いつもつまみ食いを兼ねて収穫ばかりしている。


「つーかおめー、生で食べるのは好きじゃ無いんじゃなかったか?」

「このトウモロコシは、生でも美味しいコンよ」

「じゃあ、サラダにでもすっか」

「サラダ……悪くないかもコン!」

「本当は朝に収穫したヤツのほうが、甘いけどな」

 トウモロコシは夜間に糖分を実に貯えるので、朝が1番甘い。

 もっともこの畑は地下にあるので、朝も昼も関係無さそうな気がしないでも無いが。


「じゃあ朝まで待つコン」

「いや、品質向上してるヤツだから十分甘いだろ。ちょっと俺に食わしてみ」

「ほい、だコン」

 こいつ、3粒しか寄こさねーとか……。


 まぁいい……とりあえず口に放り込んで咀嚼……。

「ふむ、やっぱ十分甘いな。このままサラダにブチ込もう」

 とりあえず、今夜の1品はコーンのサラダに決まったな。


「スイカもできてるだコンよー」

 おぉ、そうだ念願のスイカがそろそろ……って、もう割ってるし!

 で、断面を見てみると……。

「おぉー、奇麗な赤じゃん!」


 これぞまさにスイカの断面!

 奇麗な赤色の中に、ポツポツと種が配置されている――そう、これだよ! これがスイカだよ!

 今までの種がギッシリな断面とは大違いだよ!


 シャリッ

「うん、さっぱりな味だコン」

「だーかーらー、先に食うんじゃねーよ!」

 ツッコミながら俺も1口……ん?――やっぱし甘くないし……。


「どうしたコン?」

 腕組みをして考えている俺を見て、タッキが不思議そうな顔で聞いてきた。

「いや、あとは甘さだなーと思ってさ」

 そう、大きさもまん丸い形も、赤い中身も種の数も、問題は全て解決した。

 あとは甘さだけなのだ!


「また改良だコン?」

「おう、当然だ」

 今度こそこの異世界スイカを、俺の理想のスイカにしてやるのだ!


 まぁ、それはそれでボチボチやるとして……。

 もう1つの問題が残ってる。


 うーむ。

 人間国の軍事国家化、どう対処するかな。


【勇者召喚】に繋がる軍備の増強は避けたいんだけど、だからと言って軍だけを直接叩くのはしたくない。

 本当は勇者の召喚場所である、サヒューモ教の大聖堂を破壊したいんだが……。

 あの大聖堂、物理も魔法も全然効果無いんだよなー。


 うーむ……やっぱ【勇者召喚】のキーパーソンである魔人の女奴隷――イザミアを暗殺するしか無いか。

 でも大聖堂の破壊もしておきたいなー。

 イザミアと大聖堂の両方をなんとかできるのが、一番いいんだけど……。


「おーい、収穫後の処理終わったぞー。この畑って、耕し直すんだったか?」

 と、俺の後ろから声がした。

 収穫後に残った茎や枯れ落ちた葉を取り除くという地味な仕事をしていた、元勇者の人間ということで基地に居づらい野呂田の声である。

 ちなみにここには俺たちしかいないので、人間の姿である――お前もスイカ食うか? 全然甘く無いけど。


「そうそう、そこの畑の土は少しくたびれてきたからな。耕し直さないと品質があんまし上がらなくなっちゃうんだよ」

 俺は野呂田のいる畑に向かいながら、ひょいと神様に貰った鍬を出す。

 見た目ただの木製の、ザ・鍬な1品。


 さて、久しぶりに畑を耕しますか。


 肩に担いだ鍬を見て、野呂田が1言。

「その鍬って、どこから出てきた?」

「えーと、たぶんどっかその辺」

 正直俺にも分からん。


 ちなみにこの世界には、見た目よりたくさん入るアイテム袋とか、ゲーム的な感覚で収納できるストレージなんてものは無い。

 本当にこの鍬は、どこに消えてどこから出て来るのか謎なのだ。


「ちょっと見せてくれるか?」

「いいけど、お前には使えないぞ?」

「使えないのか?」

「俺の専用装備だからな」


 そう、この鍬は神様から貰った俺の専用装備なのだ。

 出すも消すも自由自在。

 しかも、どんな場所でも農地にできるという優れものだ。

 それが砂漠だろうが、岩であろうがだ…………ん? あれ?


 ひょっとしてなんだが……。


 この神様から貰った鍬で、サヒューモ教の大聖堂の床も耕せるのではなかろーか?

 ……耕せるよね、間違いなく。

 ……どんな場所でも耕せるって、神様のお墨付きだし。

 ……うーむ。


 何で今まで気が付かなかったかなー!


 そうだよ!

 この俺が今手に持ってる鍬を使えば、たぶん大聖堂は破壊できたんだよ!

 うわー! 自分のアホさ加減に自己嫌悪だわー!


「おい、どうした?」

 頭を抱えてしゃがみ込んでいる俺に、何ごとかと野呂田が声を掛けてきた。

「この鍬を使えば大聖堂が壊せそうなことに、たった今気が付いた……」

「本当か!?」

 だよねー、そりゃ驚くよねー。


「本当だ。この鍬はどんなところでも耕せる、たぶん大聖堂の壁だろうが床だろうが……」

「耕せる、と……でも、あの大聖堂全部を耕すのは大変そうだな」

 確かに、あの大聖堂全部を耕そうとすればね……だが。


「別に全部を耕す必要は無いんだ。あの大聖堂は内部の魔法陣が複雑に機能して、少ない人間の魔力でも強固な防御を建物に掛けている……つまり」

「つまり魔法陣の一部を耕してしまえば……」

「大聖堂の防御は、普通の建物と変わらなくなる。つまりゴブリン隊でも、大聖堂の破壊は可能だ」

 俺と野呂田は2人で顔を見合わせる。


「凄いじゃないか!」

「今まで思いつかなかったとか、信じられんアホさだけどな」

 あははははーと笑っていると、タッキが不満を言ってきた。


「いいかげん夕ご飯にしないだコン? もう外は真っ暗だコンよー」

「あー、それもそうだなー」

 今は冬なので、陽も短くなっているしな。


 …………


 地下の畑から出ると、やはり外は既に真っ暗であった。

 軽く雪が降ったようで、辺りにうっすらと積もっている。

 雪雲は既に去ったようで、空には満点の星空が見えた。


「冬場だから、空気が澄んで星が良く見えるなー」

 俺は星空を見上げる。

「でも星の配置が全然違うんですよね」

 野呂田が白い息を吐きながら言う、少し感傷的になっているような声で。


「星なんかどうでもいいから、早くご飯にするコンよー」

 こいつには俺たちの感傷など、どうでもいいらしい。


 それじゃメシにするかと、別棟になっている居住区域へ向かおうとしたら、遠くの方で何かが光った。

 光はどんどん強くなってきている。

 やがて光はピークを過ぎたのか小さくなり、再び星の光が夜空を支配した。


「光ったコン」

「光りましたね」

「光ったな」


 何の光だ?

 この方向は……確か、人間国の国都の方向だったか……。


 ん? 人間国の国都の方向で光だって?

「おいおい、まさかだろ……」

 俺がそれを思い浮かべた直後、その考えを裏付ける報告がやってきた。


 黒犀大佐が、息を切らせながら走ってきたのである。

「緊急!…………緊急の報告です!」

 ぜいぜいと息をしながら話す黒犀大佐。


「人間国の国都で、赤ん坊が集められています!」

 あぁ……やっぱりな。

 その結果はさっき見たよ。

 あの光、間違いないだろう。


「やられたな……さっきの光は【勇者召喚】の光だ」

 俺は無表情で、確信したことを口にした。

 冷静なわけでは無い、あまりのことに感情が反応できなかったのだ。


「まさか! だって人間国は、ここのところ他国に侵攻してないはず……」

 すっかり組織や軍について詳しくなっている野呂田が、もっともな疑問を口に出した。

 だが他国への侵攻など、今回の【勇者召喚】には必要無いのだ。

 なぜならば……。


「やりやがったのさ……」

 何を?とも聞かず、全員が俺の次の言葉を待つ。

 ほんの少しの間を置いて、俺は続けた。


「あいつら、やりやがったんだよ……赤ん坊は他国から調達したんじゃない。あいつらは同族の――人間の赤ん坊で【勇者召喚】をやりやがったんだよ! クソどもが!」

 戦争に勝ちたいからって、そこまでやるのかよ!?


 そこまで考えるか?

 それを実行するか?

 頭おかしいだろうよ……。


「人間国内でのクーデターも、これをやる為だろうな。そりゃ、まともなヤツなら同族の赤ん坊の魂を犠牲にして【勇者召喚】しようだなんて許可せんだろうよ――だからクーデターで反対しそうなヤツを引きずり降ろした……」

 考えを口に出しているうちに、推論が確信に変わった。


 間違いない。

 クーデターは【勇者召喚】のためだ。

 いいや、その前の国都への住民の移住から、この計画は始まっていたのかもしれない。


 果たして今回は、何人の勇者が召喚されてしまったのだろう。

 何人の赤ん坊の魂が犠牲になったのだろう。


 そう思って見上げた空には……。


 いつの間にか、奇麗な満月が昇っていた。

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