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ウッタロ湖の攻防!

 ウッタロ湖。


 人間国が獣人国から奪った地にある、かなり大きな湖である。

 現在この湖のほとりには、人間国軍の前線基地があった。


 人間国軍は、この湖を奪取する時にかなりの兵を損じている。

 獣人の中でも水中行動に長けた者たちが、自在に水中を移動し、奇襲をかけてきたからである。

 そのため前線基地は、獣人国軍の侵入を警戒する意味もあり、湖を背にした布陣となっていた。


 前線基地周辺は深く広い森となっているが、基地から3㎞圏内は奇襲を防ぐ為に大きく伐採されている。

 この地には現在、【爆発物敷設】の刻印を持つオレンジの勇者――橙坂(とうさか) 清見(きよみ)が配属されていた。

 清見の出す爆発物によって、伐採の効率を上げるためである。

 伐採というより、森林破壊であるが……。


 この地にはこれまで、8万の人間国軍が駐留していた。

 現在は増派され、軍勢の数は12万。

 更にはここに、魔人国方面より緑の勇者――緑川(みどりかわ) 小百合(さゆり)率いる3万の軍勢が加わり、獣人国への侵攻作戦が行われる予定なのだ。


 実はこの作戦、獣人国の攻撃作戦の情報を掴んだことによる、逆侵攻の作戦である。

 人間国軍の前線基地で獣人国軍を迎撃し、獣人国軍が退却すればそのまま追撃と侵攻となる予定だ。


 情報の裏付けは、実際に獣人国軍が情報どおりに動いたことにより、取れている。

 このままであれば、遠からず2つの軍は前線基地でぶつかり合うだろう。


 だがしかし、ここに第三者の思惑が加わろうとしている。


 その第三者とは……。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ― 秘密基地のどこか ―


「人間国軍と勇者の誘導、上手く行きましたわ」

「さすがは赤河馬参謀、情報の扱いはお手の物というところか」

「組織の諜報網が思いのほか使えますので、この程度なら誰でも可能でしょう」

「誰でも可能……か――ふむ、では予定通り私はこれから、首領に進言するとしよう」

「お願いします」

 金獅子元帥と赤河馬参謀の会話である。

 どうやらウッタロ湖の軍事作戦に、一枚噛んでいた様子だ。


 ――――


「ほう、ウッタロ湖に勇者が2人ねぇ……」

「獣人国軍との衝突に合わせれば、勇者も打ち取りやすいかと」

 金獅子元帥が、俺のところに軍事作戦案を持ってきた。


「ふ~む……」

 今まで組織を動かしていた中では出撃の要望を出すやつはいたが、作戦案を出してきたやつはいなかった。

 やっぱ元軍人さんは違うなー。

 などと考えつつ、どうしようか悩む。


「獣人国軍の軍事作戦を利用して、勇者を倒そうという訳だな?」

「はい、それにウッタロ湖ならば、先日お作りになった改人たちの能力も生かせるかと」

「なるほど……」

 先日作った改人というのは水泳部――水中での作戦行動が得意な改人たちだ。

『水陸両用』というのは漢のロマンなので、つい作ってしまったやつらである。


 作ってしまったのだが、どうやって使おうか悩んでいたので、この作戦は渡りに船とも言える。

「作戦のご裁可を」

 と言われて沈黙されると、どうにも間が持たないのでついつい……。

「いいだろう、やってみろ」

 と許可を出してしまった。


「では水中行動が得手な、赤河馬(せきかば)参謀に指揮をさせます」

「え、あ、うん」

 まぁ確かに、作戦指揮をさせるなら赤河馬参謀が適任かな。

「では、そのように赤河馬参謀と改人たちに伝え、出撃させます」

「あぁ、じゃあ、よろしく頼む」

「はっ!」


 こうして金獅子元帥が、赤河馬参謀と改人たちを出撃させたのだった。


 ……あれ?


 今回、俺の出撃時の命令シーン、無いの……?


 ――――


「では、あなた方はスッポンゴブリン隊を率いて先行しなさい」

「ヌタ」「ワニ」

 赤河馬参謀が改人たちにテキパキと指示を出した後、金獅子元帥のほうへと振り返った。


「では予定通りに、ウッタロ湖へ向け出撃します」

「テテラ将軍によろしく伝えておいてくれ『こちらは将軍をすっとばして、もう元帥になった』とな」

「お伝えしておきます。うふふ……これでウッタロ湖は、再び獣人国のもの……」

「気が早い、まだ作戦前だ」

「確かに。では、任務を遂行して参ります――我らが獣人国のために」

「頼むぞ――我らが獣人国のために」


 金獅子元帥が見送り、赤河馬参謀が出撃した。


 モフトピアのためではなく、獣人国のために……。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ― ウッタロ湖 ―


 夜。

 空には半月がくっきりと浮かんでいた。

 湖にも静かな波にゆらぎながら、半月が映っている。


 ドオォォォン!

 爆発音ととも、湖面に水しぶきが上がった。

 湖近くにいた兵士たちが、一斉に湖面を見つめる。


 しばらくの沈黙が続いた後、兵士たちの緊張感が緩んだ。

「爆発が続きませんね」

 夜間の巡回をしていた若い兵が、湖面に目を凝らす。

「あぁ、敵兵らしい死体も浮かばん――てこたぁ、また魚が機雷にぶつかったんだろうさ」

 ベテランと思しき兵が、つまらなそうに返事をした。


「反応がいいのも良し悪しですね」

「本当だよ、いちいち魚ごときで爆発するなってーの」

 魚による機雷の爆発は今までに何度もあったようで、兵士たちは気にしないことにした様子だ。


「勇者様の機雷なんですから、文句言っちゃ怒られますよ」

「チクるんじゃねーぞ」

「しませんよ」

 湖中にあるのは勇者の機雷。

 つまりオレンジの勇者――橙坂(とうさか) 清見(きよみ)による【爆発物敷設】によるものだ。


「どうします? 一応報告しときますか?」

「要らんだろ――『本日も平穏也、ウッタロ湖に異常無し』だよ」


 若い兵とベテランと思しき兵は爆発を無視し、何ごともなかったように巡回を再開することにした。


 ――――


 ― 湖中 ―


「あぶねーあぶねー、ひょっとしたらとは聞いてたが、本当に機雷があるなんてなぁヌタ」

 湖中で機雷を爆発させたのは、改人ヌタアント――鹿獣人×ヌタウナギ×メタルアントの改人である。

 腕が4本、足が2本で、頭はウナギで全身がヌルヌルと光沢を帯びており、その頭には鹿の角が生えているという外観を持つ。


 交配されたメタルアントは人間大の蟻の魔物で、外殻がまるで金属のような光沢がある。

 ちなみに硬さは、金属とまではいかないが硬い。


 ヌタアントが、そのヌメヌメとした4本の手を使い、機雷に接触した部分のダメージを確認する。

「ふふ……さすが俺様、何ともないぜヌタ」

 どうやら機雷1つくらいでは、ダメージを負わなかったようだ。


「とはいえ、何発も食らうとヤバいなヌタ――ヌタ発動ヌタ!」

 ヌタアントの全身から、何やら半透明のヌルヌルしたものが出てきた。

 ヌタである。


 このヌタの効果はすぐに分かった。

 再び湖中を進み始めたヌタアントに機雷が接触したのだが、ヌタに絡めとられて爆発しなかったのである。

「なるほど、我ながらこりゃ便利だヌタ」

 機雷を無効化しながら、ヌタアントが進む。


 その後方を、更に2人の改人と数百の戦闘員の影が進んで行く。


 湖畔は、すぐそこである。


 ――――


 湖中から出たヌタアントが、ブルブルと体を震わせた。

 ヌタがベチャベチャと水面に落ちる。

「いけね、つい鹿獣人の時のクセが出ちまったヌタ」


 ザバーンと、2人目の改人が姿を現した。

 その姿はワニっぽい口と尻尾を持ち、頭にたてがみを持っていた。

 馬獣人×ワニ×ヘルハウンドの改人――ワニハウンドである。


 交配されたヘルハウンドという魔物は、黒い大型の狼といった見た目で口から火の玉を吐く。

 獰猛で毛皮の防御力も高い魔物だ。


 湖中から出たワニハウンドが、これもブルブルと体を震わせた。

「あ、やっぱやりやがったなヌタ!」

 ヌタアントが、ニタニタ笑って指をさす。


「やりやがったって、何をだよワニ」

「ブルブル振って、水飛ばそうとしたろヌタ。お前もうワニでもあるんだから、必要無いだろヌタ」

「あぁ、そうかワニ! そういやそうだワニ」

「実は俺もさっきやっちまったんだヌタ」

「お前もかワニ!」

 ぎゃはははは、と笑いあう二人。


 すぐ近くから複数の声が聞こえてきた。

「何だあいつらは!」

「急ぎ報告を!」

「警報を出せ!」

 いつの間にか改人2人は、人間国軍の兵士に囲まれていたのだった。


「やべぇ、任務を忘れてたヌタ」

「お前が余計なおしゃべりをしてるからワニ」

「俺のせいかヌタ!」


「放てー!」

 人間国軍から矢が放たれた。

 ヌタアントに命中した矢は、ペチペチと微妙な音を立てて地面に落ち、ワニハウンドに命中した矢は、毛皮にはじき返された。


「俺の甲殻には、そんなヘロヘロ矢は無駄だヌタ」

「俺の毛皮にも、その程度の矢は効かないワニ」

 2人の改人は、余裕の笑みを浮かべる。


「何を遊んでいるの? 早く仕事をしなさい」

 いつの間にか後ろにいた赤河馬参謀が、呆れたように2人に命じた。


「げっ! 河馬の姉御ヌタ!」

「さ……さぁて、合図を送らないとワニ……」

 ヌタアントが慌てて兵士に突撃し、ワニハウンドが空に向かって火の玉を放った。

 ワニハウンドの火の玉は、合図である。


「あなた方はこのまま人間国軍を蹂躙、勇者を引っ張り出して撃滅なさい」

「ヌタ!」「ワニ!」

 赤河馬参謀が再び命じ、ヌタアントが肉弾戦、ワニハウンドが火の玉をまき散らして兵士を蹂躙し始めた。


「さて……わたしも参加しないとね」

 少し面倒そうにそう呟くと、赤河馬参謀が改人の姿へと変身し始めた。

 脚が4本・腕が4本となり、アラクネという魔物のような姿となる――元が河馬なので、全体的にぶよっとしているが……。

 更に頭から無数のヘビが髪のように生え、爬虫類の尾が伸びる。


 その正体は、河馬獣人×メデューサ×ミメシススパイダーの改人――その名もメデュスパイダーである。


 メデューサという魔物は、人間のような上半身とヘビの下半身を持ち、髪が無数のヘビの見た目を持つ魔物である。

 石化の魔眼を持ち、目を合わせた者はその肉体が石となるという魔物だ。


 ミメシススパイダーとは、擬態の能力を持つ蜘蛛であり、麻痺毒を持つ。

 ちなみに魔物では無い。


 メデュスパイダーは蜘蛛と同じく8つの目を持ち、かなり広範囲の視界を持つ。

 目を合わせた者は石化するので、その8つの目でかなり広範囲の敵を石化に巻き込むことができるのだ。

 つまりメデュスパイダーは、広域殲滅型の改人なのである。

 但し広域殲滅型の弊害として、石化の魔眼の通用しない強者相手だと分が悪いという面を持つ改人だ。


「スッポンゴブリン隊、散開して人間どもを蹂躙なさいメデュ!」

 スッポンゴブリンは、普通にスッポン×ゴブリンの戦闘員である。

 普通に剣を装備しているが、最も強力なのは噛みつき攻撃だ。


 噛む力は簡単に腕や首を食いちぎるほどであり、一度噛みつくと首を切っても噛みつき続けるという恐ろしい性質を持っている。

 当然スッポンのように甲羅を持ち、防御時には器用に手足や頭を甲羅に収納することができる戦闘員だ。


「道を空けなさい、愚かなる人間どもよメデュ」

 赤河馬参謀――メデュスパイダーが進軍を始めた。


 メデュスパイダーが進むところ、無数の石像が転がる。

 3人が上陸した湖畔は、石像で足の踏み場も無くなっていく。

 人間国軍は、大軍を擁しながらも大混乱に陥っていた。


 改人の襲撃に対応できるのは、勇者のみである。


 …………


 ドオオォォォン!

 戦場に爆発音が響いた。


「やべぇ……地雷踏んじまったヌタ……」

 爆発の後には、ヌタアントが倒れていた。


「おい鹿ー、生きてるかーワニ?」

 ワニハウンドが駆け寄ってきた。

「馬か……おかげさんで生きてるヌタよ」

 ヌタアントがよろよろと立ち上がる。


「爆弾かワニ?」

「地雷だわ、こっちは頼むヌタ」

「あいよワニ。お前は少し寝とけワニ」

「起きるヌタよ。寝てたら人間がチクチク攻撃してくるから、うっとおしいヌタ」

「違げぇねーワニ」


 ワニハウンドはケタケタと笑うと、周囲の地面に片っ端から火の玉を吐いた。

 着弾した火の玉に誘爆して、地面に撒いてあった爆弾が爆発する。


「こっちのほうが爆発が多かったワニから、勇者はこっちワニ?」

「じゃあそっちは任すヌタ。俺はあっちで遊んでるヌタよ」

 ワニハウンドは火の玉をまき散らしながら、ヌタアントは兵士を蹴散らしながら、それぞれ思い思いの方向へと向かって行った。


 ――――


「合図を送った時間を考えると、そろそろかしらメデュね……」

 メデュスパイダーは、8つあるうちの1つの目だけを器用に動かして、ある方向を見つめている。


 出ていたはずの半月は、いつの間にか雲に隠れていた。


 ――――


 ドーン! ドーン!

 爆発音がさっきから連続で聞こえている。

「清見の爆弾? 何で?」

 緑の勇者――緑川(みどりかわ) 小百合(さゆり)が、天幕の外の様子を見ようと立ち上がったところに、伝令兵が入ってきた。


「ご報告です!」

「何があった」

「湖から奇襲! テロリストの怪物どもと思われます!」

「怪物ですって!? こんな時に……」


 待てよ――と小百合は考える。

 獣人国と一戦交えようとしている『こんな時に』ではなく、『こんな時』だからこそ奇襲をかけてきたのだとしたら……。


「森林側の兵たちに、警戒を怠るなと伝えて! あと陣形を崩さず、怪物は後方の兵と私たち勇者に任せろと伝えなさい!」

「はっ!」

 伝令兵が天幕の外へ出ようとしたその時、別な伝令兵が天幕に入ってきた。


「ご報告です!」

「今度は何!」

 小百合の剣幕にビビリながら、入ってきた伝令兵はこう伝えたのであった。


「森林方向より、獣人国軍が攻め込んできました! 数は8万以上は確実です!」

「やっぱり来たわね――邪魔よ、そこどきなさい!」

 小百合は伝令兵を押しのけ、天幕の外に出た。

【飛行】の刻印を使い空中に上がって、目を凝らす。


 森林側には獣人国の大軍、湖の側にはテロリストの怪物。

「してやられたわね、まさか獣人国とテロリストが手を組んでるなんて……」


 獣人国軍とテロリスト。

 緑の勇者――小百合は、優先順位を考える。


 判断を間違えれば、人間国軍側が壊滅しかねないのだ。


 ――――


 ウッタロ湖の戦いは人間国側の思惑を、完全に裏切る結果となった。


 数の上では敵を大きく上回り有利だったはずが、奇襲の挟撃によって人間国の劣勢となったのである。

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