最弱
― 引き続き人間国国都・軍司令部付近 ―
白虎将軍の襲撃は、勇者たちの活躍のおかげで、いとも簡単に失敗に終わった。
「終わりましたわね。あたくしの出番がありませんでしたわ」
金の勇者は、立っているだけで終わってしまった。
「ていうかさ、白場1人で余裕だったんじゃないの?」
青の勇者は活躍したはずなのに、良いところを全部白の勇者に持っていかれたような気がしている。
「そんなことは無い。鉄平の例もある、何を仕掛けて来るか分からない相手には、油断はできんよ」
白の勇者は、相変わらず真面目だが面白味の無い男であった。
――――
― 付近の物陰 ―
「白虎将軍、やられちゃいましたね」
頬杖をついて眺めていたのは、黒犀大佐。
「ふふふ……奴は四天王の中で最弱ですものね」
白虎将軍の死体を眺めて笑うのは、赤河馬参謀。
「ふん、勇者ごときに殺られるとは、我らモフトピアの面汚しよ」
金獅子元帥は漆黒のマントを翻し、早々に戦場となっていた場所に背を向けた。
3人の幹部は強者の口ぶりで白虎将軍を揶揄していたが、すぐに厳しい顔つきになった。
勇者の手強さが、自分たちの予想を上回っていると感じたのだ。
「軍が必要だな……」
金獅子元帥が誰にともなく呟く。
「繋ぎはわたしが……」
前を見据えたまま、赤河馬参謀が答えた。
2人の幹部の思惑は、早くも組織の枠から逸脱しようとしているようである。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 国都・夜の歓楽街 ―
ニヤニヤと、だらしない笑顔をしながら歩いている男がいる。
……俺である。
白虎将軍が勇者に撃破されたとの報告を受けて頭を抱えていた俺は、さんざん悩んだあげくに考えても埒が明かないと気付き、気分転換をすることにした。
そしてどう気分転換しようかと悩んだ結果、奇麗なおねーさんのいる店に行こうと、夜の街へと繰り出すことにしたのである。
「おにーさん、ウチの店はいい娘がたくさんいるよ。どうだい?」
「いや、遠慮しとくよ」
「そんなこと言わずにさ、美人でエロい娘ばっかりだよ」
「今日は止めとくよ、気分じゃ無いんだ」
「またまた~、気分じゃ無いならこんなとこ歩かないでしょ、おにーさん」
うむ、客引きがしつこい。
この街の奇麗なおねーさんのいるお店のシステムは、酒場になっている1階の店でまず酒を飲み、接客してくれるおねーさんが気に入ったら、2階のお部屋で2人っきりの夜を……というシステムである。
当然ながらおねーさんの質はピンキリで、当たり前のようにボッタクリの店もある。
なので迂闊に客引きに付いて行くと、ひどい目に遭ったりするのだ。
まぁ、元の世界でも客引きに付いて行くと、ひどい目に遭うのは一緒なのだが……。
ボッタクリの店だったり、異世界でも無いのにオークが出てきたりとか……ね?
そんな訳で、俺は事前にリサーチして行く店を決めてある。
良心的な価格で、ちゃんと奇麗なおねーさんがいる店。
組織の諜報網をフルに使って、情報収集だってバッチリなのだ!
待っててね~、ギニンニャちゃ~ん♪
なので客引きなんて、無視だ無視。
「店の中だけでもチラ見していってよ~。気に入った娘がいなけりゃ、そのまま出て行っていいからさ~」
「また今度なー」
「ホントに来てくれよ~、サービスするからさ~」
無事客引きを振り切った俺は、黙って後ろ手に手を振りながら思う。
誰が行くかよ、と。
目的地までの道のりに、まだ何人か客引きがいるのが見て取れる。
あれ全部あしらわにゃならんのか……面倒だな。
裏路地でも通って迂回するか。
裏路地は裏路地で当たり前のように治安が悪く、強盗なんかがいたりするのだが、カブトムシ男になればどうということも無い。
簡単に返り討ちにできる。
なので俺は何の不安も無しに、鼻歌交じりで裏路地へと迂回したのであった。
――――
― すぐ付近の酒場・出入口前 ―
「今のは聞いた声だわね……誰だったか……?」
自身の耳の良さと歌声には、絶対の自信を持っているそのおば……女性。
それは、普段は金ぴかの鎧にその身を包んでいる勇者――金の勇者と敵に呼ばれている、金田 正子である。
酒場から出ると、すぐ横で客引きと話していた男の声。
間違いなく聞き覚えのある声なのだが、何故だか顔が思い浮かばない。
会ったことのある人なら、声と顔を忘れたことは無いのに……。
どこで会ったのか、それとも声を聴いただけなのか。
会話をしたような――いや違う、会話を聞いていた?
どんな会話を?
思い出せるのは……そう、笑い声……。
『ふはははは……』
その後何を言った? あの声は、その先は……。
どうでもいいことなのだろうけども、思い出せないとやたら気になるのよね。
あの時の声、言葉が徐々に思い出される。
そうだ、確かあの時あの声はこう言った。
『ふはははは、今回は我々の負けだ――勇者の諸君、また会おう!』
……そうか、あいつだ!
「なんてこと! だとしたらさっきのあいつは!」
思い出したその声は、殺したはずのテロリストの親玉の声。
「生きていた……しかも人間に化けられる?」
だとしたら、テロ対策を根底から見直さなくてはならない。
これは由々しき事態だ。
金の勇者――正子は考える。
応援を呼びに行っては、見失ってしまう。
見失った相手を声だけで発見するのは、不可能に近い。
せっかくテロリストの親玉を見つけたのだ、跡をつけてみよう。
ひょっとしたら、国都内にアジトがあるのかもしれない。
アジトが無くとも、親玉の顔を確認して手配すれば、潜伏は難しくなるはずだ。
危険は無い。
万が一奴に殺されたとしても、自分は【復活】できるのだから。
金の勇者――正子は、敵の親玉を追って裏路地へと向かう。
軍への報告は、後でもいいだろうと考えながら。
――――
― 裏路地 ―
どうも裏路地に入ってから、誰かに跡を尾けられている気がする。
強盗にでも目を付けられたかな?
返り討ちにするにはカブトムシ男に変身しないといけないから、とりあえず人気のないところに向かおう。
こっちの路地に入って、真っ直ぐ進めば……。
ほーら、人気が全然なくなった。
少し開けた場所に着いて、俺はゆっくりと後ろを向いた。
さて、どんなヒャッハーな奴が俺を尾けて……って、何このおばちゃん?
「あのー、何か俺に御用で?」
ひょっとしてこの人、落とし物か何かを届けに来てくれた、親切なおばちゃんとかかな?
「見つかった?――違うわね、最初から気付いていてここまで誘い込んだのかしら? それにしても大した化けっぷりね、まるで普通の人間にしか見えないわ」
何を言ってんの? このおばちゃん。
俺ってば普通の人間なんだけども?
「いや、別に化けてはいないんだが――てか、どこかで会ったことあります?」
なんとなーく見覚えがある気がする。
どこだろう? 組織の定食屋か、はたまた馴染みの蕎麦屋か……。
「ええ、もちろん会ったことはあるわよ。あなたたちを全滅させた時にね」
「全滅?……はっ、まさか!」
「そう、あたくしは勇者よ。久しぶりね、テロリストの親玉さん」
まじか!――いや、思い出したぞ!
このおばちゃんは、金ぴかの勇者だ。
いつもの金ぴかの鎧を着けて無かったから、パッと見誰か分かんなかったよ。
「そうか、あんたは金ぴかの勇者か――ところで、何で俺があの時のカブトムシ男だと分かった?」
この人間の姿に、バレる要素は無いと思うのだが?
「あなたの声よ、声が化け物の姿と変わって無いわ。それに1度聞いた声を忘れないのは、あたくしの特技なのよ」
声か……それは盲点だった。
「ところで、その特技を持っているのはあんただけか?」
「だったらどうする気?」
「説明はいらんだろう?」
「殺そうとしても無駄ですわよ。理由は――あなたも知っているでしょう?」
そう、こいつは殺しても【復活】する。
だが……。
俺は体内のエネルギーの流れを変え、カブトムシ男へと変身した。
「知っているさ、お前が【復活】の魂の刻印を持っていることくらいな。だがお前はこちらの能力を知らない――俺はお前にとって、相性が最悪の相手なんだということもな」
俺は言いたいことを言い終わると、すぐに角で金の勇者の心臓を突いた。
金の勇者は、俺の言ったことを考える間も無く死んだはずである。
※ ※ ※ ※ ※
【魂の刻印:復活】 死後1分で、完全な状態で復活する。
※ ※ ※ ※ ※
これが金ぴかの勇者を復活させられる【魂の刻印】だ。
このままだとあと1分でこいつは復活するわけだが……。
死んだのだから、当然その魂は肉体から抜け出している。
設定的にはほとんど出していないので、たぶん忘れられているかもしれないが、俺の魂の刻印には【魂の管理】というものがある。
これは文字通り、魂の管理ができるというものだ。
本来は神様のところに魂を運ぶための刻印だが、俺はこの刻印の能力を改人作りに使っている。
そして今、金の勇者の魂が目の前にある。
ほい、魂回収。
で、【魂の管理】を使って回収した魂は俺の管理下にあるので、【魂の刻印】を発動させなくすることも可能だったりする。
一応どうなるかは確認してみよう、検証は大事だし。
カップラーメンより短い待ち時間を待つ――1分経過。
死体が復活することは無かった。
予想通りだ。
金の勇者の始末は終わった。
あんたは運が悪かった。
あんたは【魂の管理】を持つ俺にとって……。
最弱の勇者だったのだから。
* * * 敵勇者の数:残り6人 * * *
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 国都・早朝の歓楽街 ―
店を出る、朝日が眩しい。
うむ、ギニンニャちゃんは良い女だった。
いろいろと満たされた俺は、最高な気分の朝を迎えている。
浮き浮きした気分で歩きながら、なにげなくポッケをまさぐった。
あれ? 鍵が無い。
小さな袋に入れてあったはずの鍵が、袋ごと……。
タッキのつまみ食い防止のために作った、秘密の食糧倉庫の鍵が無い。
ありゃー、たぶん店の部屋で落としたんだなー。
仕方ない、取りに戻るか。
…………
店に戻り、鍵のことを店員に話す。
「ギニンニャはまだ部屋にいるはずだから、聞いてみなよ」
そう言われて、昨日泊まった2階の部屋へと向かった。
「そうなの、だから昨日はゆっくり眠れたわ」
この声は忘れもしない、ギニンニャちゃんの声だ。
「いいなー」
この声は知らんな。
たぶん同じ店の女の子だろう、ガールズトークってやつだな。
「また来てくれないかなー、昨日のお客さん」
へ? これって俺のことだよね!
ギニンニャちゃんてば、まさか俺のこと……。
いや、これは俺の夜のスキルレベルがもたらしたものか!
すごいぞ! 夜の俺!
「そんなに弱かったの?」
女の子の声が聞こえる、まだガールズトークは続いてるようだ――てか、弱いって何が?
「弱かったわよー、早いし1回でおしまいだもの。しかもその後すぐ寝ちゃったから、あたしもぐっすり眠れちゃった」
「いいなー、あたしの客なんか一晩中よ。しかもしつこくて、やたらねちっこく触ってくんの、もう最悪」
うん、確かに1回で終わって、そのまますぐ寝ちゃった気はする。
つまり、弱いというのは……アレの話だよね?
あれ? 何だろう……目からしょっぱい水が……。
「おかげで久しぶりに熟睡できたわ、昨日のお客さんには感謝ね」
「そのお客さんは、ギニンニャのランキングだと、どのくらい弱い感じ?」
「そうねぇ……ランキング的には、今年のお客さんで最弱かな?」
「まじ!?……きゃはははは」
「笑っちゃ可哀そうだよ。それにあのお客さん、あたし気に入ってるんだ」
「そうなの? 弱いから?」
「そうよ、だって楽だもん」
可愛い笑い声が響く。
鍵を取りに入りたいが、ものすごく部屋に入り辛い。
がんばれ俺、心を強く持て俺……。
コンコン、と勇気を出してドアをノックした。
「はーい」
ギニンニャちゃんの、可愛らしい返事が聞こえた。
「あー、ギニンニャちゃん? 今朝この部屋に鍵落ちて無かった?」
「鍵? あー、この袋のことかな?」
良かった、鍵はすぐに見つかったようだ。
カチャリとドアが開くと、小さな袋を持ったギニンニャちゃんが出てきた。
「これのこと?」
「そうそう、これこれ」
これこれ詐欺ではない。
俺は鍵を受け取って、帰ろうとする。
するとギニンニャちゃんが、するりと俺の首に腕を回してキスをしてきた。
ゆっくりと……だけどあっという間に流れる時間。
唇が離れると、目の前にいたずらっぽくニコリとした、ギニンニャちゃんの顔があった。
…………
店を出た俺は、ギニンニャちゃんのことを思い出しながら歩いている。
昨日の夜のこと。
さっきのキスのこと。
「また会いに来てね、絶対だよ」
さっきのキスの後のギニンニャちゃんのセリフだ。
会いに来てかー。
でもなぁ……。
ガールズトークのことが頭をよぎる。
『今年のお客さんで最弱かな?』
頭の中でそのセリフが何度もリフレインしているのだが……。
……うむ、ガールズトークのことは、頑張って忘れよう。
俺の夜のスキルが最弱だったということは、記憶から消してしまうことにしよう。
やればできるさ!
なぜならば!
男とは、夜のお店のためなら馬鹿になれる生き物なのだから!
※ 良い子は客引きについて行かないでね。




